13話、エリー奪還4
エリーとの交流で変化するヴァイルの心理描写を書いてたら少し長くなりました。申し訳ないです。
勇者の弟子 第13話:澱の増幅
アリアがエヴァンと交戦する少し前、貴族の娘が閉じ込められている部屋の廊下。ヴァイルは部屋に視線を送り、扉越しに語りかけた。
「……大丈夫か」
「もう……大丈夫。ありがとう……」
男の不器用な気遣いに、エリーは小さく言葉を返す。
「ねえ……うちの両親はどこに行ったの? 私を引き渡して帰る手筈なんでしょ?」
わずかな間を置いて、ヴァイルは答えた。
「二人は……見合い相手、いや、領主へ報告しにすでにアジトを出た」
「そう……」
エリーには分かりきっていた事実だった。“貴族としての体裁”を保つためなら手段を選ばないあの二人にとって、娘への愛は二の次、三の次だった。
両親や見合いのことから意識をそらすように、エリーはヴァイルに話しかけた。
「ねえ、なんで私にこんなに優しくするの?」
「さあ、俺には分からない。今まで通り仕事だと割り切ろうとしていたのに、お前の不憫さを見たら、どうにも……踏ん切りがつかない」
「私たちのアジトを半壊させた時みたいに、いつもあんな汚い仕事させられてるの?」
「仕事である以上、ただ請け負うまでだ。私情でなら、あんな真似はしない」
(この人、汚れ仕事を平然と引き受けるのに、本当は真面目でいい人なだけでは?)
「なんでそんな汚れ役を簡単に引き受けるの? 他にもっといい仕事があるのに」
「それ以外の生き方を知らないだけだ」
その時、轟音が拠点内に響き渡った。
「⁉」
(もしかして……スカイホークのみんな!)
エリーはその轟音と騒ぎから、スカイホークの面々が自分を助けに来たのだと悟る。嬉しい、と同時に、自分がいるせいでギルドに迷惑がかかるという思いが頭をよぎる。エリーは複雑な感情に顔を曇らせ、葛藤した。
「おい! ヴァイル! スカイホークの奴らが攻め込んできた! 恐らくその女が目的だ!」
一人の団員が息を切らし、ヴァイルに伝えた。事態を瞬時に理解したヴァイルは、部屋の鍵を開け、葛藤するエリーの意思を無視して手を引っ張った。
「ちょ、ちょっと! 何するのよ⁉ 離して!」
「……奴らの目的は、お前だ。俺は最後まで『お前を護衛する』という仕事を貫く。行くぞ」
ヴァイルはエリーの手を引いたまま、早足で廊下を駆けていく。
「行くぞってどこに行くのよ!」
「アジトを出て、その領主の所までお前を連れて向かう」
「汚れ仕事ばっか優先してたら、そのうち身を滅ぼすわよ!」
男のアイデンティティを踏み抜かれたヴァイルは、エリーの声に足を止めた。
「うるさい!一端の貴族の家出娘が、俺の何が分かる!」
「分かんないよ!──でもあんたは、今の『汚れ仕事』に疑問を抱き始めていることだけは、はっきり分かるの!」
「......!?」
エリーと出会い始めてから、ヴァイルは徐々に素の自分を引き出され始めていることに戸惑っていた。その動揺をエリーに見抜かれ、彼は言葉を詰まらせた。
何も反論できないヴァイルは、止めていた足を動かし、荒々しく再びエリーの手を引っ張った。長い廊下を出たその先、広大な大広間に入ったところで、彼は二度目の足を止める。
彼の眼前にいたのは、息を切らし、こちらを真っ直ぐに見据えるエドラとサリーだった。
「エドラ.....サリー.......!?」
エリーは、二人の姿に込み上げる熱いものを必死に堪え、耐えるように顔を下に伏せた。
「テメー、エリーさんをどこに連れてく気だ!」
エドラの怒気に満ちた眼差しが、ヴァイルを鋭く睨みつける。
「こいつの家族を合わせに行く」
毅然とした表情で、ヴァイルは淡々と答える。
エドラは手に持っていた剣を強く握りしめ、刃先にゆらりと炎を纏わせた。
「俺たちに何も言わずにそんなことして許せると思うなよ」
言葉と同時に、赫い炎をまとった斬撃が、ヴァイルめがけて一閃する。
「サリー.....エリーさんを!」
「うん!」
土埃が舞い上がる一瞬の隙に、サリーはヴァイルに悟られぬよう身を低くして急ぎエリーの手を引っ張ると、その場を後にした。
「なんで.....彼女を追わない?依頼なんだろ?」
焦る素振りを見せないヴァイルの態度に、エドラは少し冷静になった。
「昔の俺だったら、迷わずお前を始末してあの女を取り返していただろう。命乞いの一つもさせずに、な。......なのに、途中から、この仕事がどうでもいいことになってきた。こんなことは、これまで一度もなかった!」
エリーと出会い、彼女に干渉されたことで、己の信念は大きく揺らぎ始めていた。そして、直前の言葉が止めとなり、彼は完全に自分を見失っている。
「だから、せめて。このわけのわからない、胸の奥の澱のような気持ちを......お前にぶつけて晴らさせてもらう」
「そんな訳の分からない八つ当たりあるかぁ!」――エドラはそう叫ぶと、言葉と共にヴァイルの前に飛び込み、剣を一気にフルスイングした。
ヴァイルは、一切の迷いなく左手を盾のように前腕で剣で受け止める。その瞬間、前腕から噴き出した血が瞬時に硬質化し、エドラの腹部に直撃。彼は勢いよく吹き飛ばされた。
硬質化した血は赤黒い輝きを放ちながら、見る間に巨大な大鎌状へと姿を変える。
「血の.....魔法....?」エドラは立ち上がりざま、思わずそう呟いた。
「そうだ、俺の魔法は血を操る。多才な能力でな、普段は微細にコントロールして暗殺に使うが……お前のような脳筋の猪突猛進バカには、この大鎌で十分だ」
「猪突猛進でも、同じ手で前に突っ込まなければ良いだけだ」
――エドラは素早く間合いを取り、低く構えた剣を鋭く突き上げると同時に、赫い斬撃を飛ばした。
しかし、ヴァイルが大鎌を軽々しく一振りするだけで、斬撃は血の刃に弾かれ相殺し、消え去る。
ヴァイルは嘲笑うように指先を少し動かす。すると、先ほど付着したヴァイルの血痕が付着した礫や瓦礫が宙に浮かびあがり、エドラめがけて無数の弾丸のように高速で射出された。
「グッ……ウッ、ハァッ……!」
迫りくる瓦礫の猛攻を剣と全身で受け止めながら、エドラは苦痛の混じったうめき声を上げる。その一瞬の隙を逃さず、ヴァイルは「遅い」と一言。
瓦礫が全弾エドラに直撃した瞬間、一気に距離を詰めた。彼の掌には、血が一瞬で赤黒い鈍器のように硬質化しており、それをエドラの胸部にめり込ませる掌打を放つ。
強烈な掌打で背後の壁に叩きつけられたエドラは、白目を剥き数秒間だけ意識が飛んだ。ヴァイルにとって、その数秒は決定的な隙であった。
彼は容赦なく壁際のエドラの懐にすぐさま入り込み、籠手のように硬質化した赤黒い両腕で、一方的に殴りまくる。
「俺の中にあった澱が消せた事を感謝するよ。これで少しは仕事に集中できる」
エドラの抵抗が途絶え、静かになったと勝利を確信したヴァイルは、殴るのを止めて血の魔法を解除した。服に着いた埃を軽く払い、エリーの元へ静かに向かう。
しかし、次の瞬間、ヴァイルは背筋にひんやりとした殺気を察知する。振り返った瞬間、放たれた赤黒い斬撃がヴァイルの頬を鋭く掠めた。
頬を伝う一筋の血。ヴァイルは驚愕に目を見開く。
(なぜ....俺の魔法が...?)
荒い呼吸を切らしながら、エドラは立ち上がっていた。
「ボコスカ殴ってくれたなぁ!まあおかげでやっと、お前の魔力を吸い取ることは出来た」
彼の握る剣は、先ほどの赫い炎ではなく、ヴァイルの血を模した赤黒い魔力を纏っていた。
「なぜ、俺の魔法が使える⁉」
「フッ、俺の魔法は相手の魔力を一部吸い取り、それを武器に纏わせその属性として還元するのさ。ただ、お前の魔法に触れさせなきゃ意味がないんだがな」
ドクン──ドクン──と、ヴァイルの胸奥で何かが脈打った。
(おかしい……!心の中の澱が、消えるどころか熱を持って増殖している)
「お前を完膚なきまでに叩きのめさないと、もう、気が済まないな」
小さかった感情はさっきと比べて熱と怒りへと増大し、制御不能な苛立ちがヴァイルを突き動かす。
ヴァイルは怒りに任せて身を屈め、両腕を血で赤黒く硬質化して一気に距離を詰めていく。
エドラは、吸い取った魔力を纏った赤黒い剣を天に掲げた。剣は唸りを上げ、赤黒い血によって禍々しい大槌へと変化する。
「俺の前から消え失せろ!」
「お前の個人的な事情なんか知るか!アジトを壊した事、仲間を連れ去った事、俺は許さねぇ!」
エドラの叫びと共に、大槌が容赦なく振り落とされ、ヴァイルの背部を地面に叩きつける。
大槌の重みに、そのまま意識を失うヴァイル。
「他の奴が許そうが、俺は許さないからな」
そう吐き捨てて、エドラはそのまま剣を軽く払い鞘に納め、サリーの後を追った。




