12話、エリー奪還3
エリーの姿を求め、エドラ、スノウ、サリーの三人はオルトロス本部を駆け巡っていた。交錯する怒号、乱れ飛る足音。迫りくる団員を次々と薙ぎ倒し、片端から扉を蹴り開けていく。
だが、どこにもエリーはいない。
「くそ……! ダメだ、これじゃキリがない!」
歯噛みするエドラに、スノウとサリーも無言で頷いた。状況の膠着を打破するため、三人は一度、中庭へと飛び出す。
陽光が差し込む開けた場所。だが、そこで三人の足がぴたりと止まった。
噴水の縁に腰掛け、日差しを避けるように傘を差して佇む少女——アクア。
——だが、三人が感じ取ったのはその儚げな外見ではない。
溢れ出る魔力の奔流。
肌を刺すような殺気。
三人の背筋に、氷の刃のような緊張が走った。
「あなたたちが、アジトを荒らす侵入者ね……」
アクアが静かに立ち上がった瞬間、噴水が轟音を上げて噴き上がり、巨大な水の壁が中庭を覆いつくした。
視界を塞ぐ水壁を前に、スノウは即座に判断する。
(……っ。厄介だ……この魔力……俺やサリーより上だ)
「ここは、俺が引き受ける」
「スノウ!?」
「相手は水魔法使い……氷の俺の方が有利だ」
覚悟を感じ取ったエドラとサリーは頷き、水壁へ向かって駆け出した。スノウはその背中を押すように氷矢を次々と生成し、速射で放つ。
鋭い氷矢が水壁に触れた瞬間、瞬時に凍りつき、粉砕される。
砕け散る氷片の向こうで、アクアがわずかに目を見開いた。
「……っ!」
その一瞬の隙に、エドラとサリーはアクアの脇を駆け抜ける。
「ま、待っ……!」
伸ばされた手の横を一本の氷矢がかすめ、アクアの頬に冷気が走る。
「お前の相手は俺だ」
スノウの声が背後から響いた。
「侵入者……止めないと……団長に怒られる……」
レスターの冷たい声が脳裏に蘇り、アクアの身体は震える。しかし、スノウを見据えたその瞳は決意を帯びていた。
「せめて……あなた一人だけでも倒さないと……!」
「悪いけど、仲間のために倒れるわけにはいかない」
スノウの短弓がきしりと鳴る。
中庭を回り込みながらスノウは氷矢を連射した。一矢、二矢、三矢——鋭い氷の礫がアクアへと降り注ぐ。
アクアは傘を広げ、それらを受け止めた。
砕け散る氷の音が、ガラスが軋むように響く。
だが、防ぎ終えたアクアの視界から、スノウの姿は消えていた。
「かくれんぼ? 私、見つけるの得意なんだよね」
アクアは傘を天に向かって掲げる。
その生地からほとばしった大量の水が、意思を持つ刃となって中庭全体を切り裂いた。
(……やばい……想像以上だ……!)
隠れていたスノウは息を呑む。
水の斬撃が壁や地面を深く抉り、水煙が視界を白く染め上げる。
「もう一回!」
二撃目が放たれた瞬間、水の刃がスノウの腕を裂いた。
「っ……!」
血の匂いが広がる。
「見ーつけた!」
獣のような声を上げて突進してくるアクア。
スノウは姿を現し、掌に氷の魔力を宿して迎え撃つ。
「つまんない。すぐ見つかるかくれんぼなんて」
アクアは傘を閉じ、石突きから水玉を飛ばす。
スノウは短弓を下ろし、片手を差し出した。
飛来した水玉は空中で凍りつき、床に落ちて砕ける。
「嫌な魔法……」
「お互い、相性の良し悪しがあるみたいだな」
スノウの余裕に、アクアの苛立ちが膨れあがる。
「うるさい! 侵入者のくせに調子に乗らないで!」
高圧の水線が撃ち出された瞬間——。
(……!! まずい!)
スノウは直感で飛び退いた。
凄まじい水流がアジトの分厚い壁を貫通する。
(……あれは、氷矢で迎撃した方がいい……)
背中を冷汗が伝う。
「おとなしくしてよ、侵入者!」
二撃目が放たれる。
スノウは短弓を構えた。
「——終わりだ」
「そんなので防げるわけ……!」
アクアの声が、その瞬間凍りつく。
氷矢は一本の光のように走り、水線に触れた。
次の瞬間、水線が凍りつき、その凍結は石突きから傘、そしてアクアの身体へと伝播していく。
「え……な……?……」
アクアの体が半分、青白い氷に覆われた。
「勝負は終わりだ……」
「ま……けた……。わたし……負けた……」
中庭の噴水の前に倒れ込んだアクアは、手から滑り落ちた傘を見つめていた。心が冷えきったかのように何も感じない。
だが、耳にはあの声が幻聴のように蘇る。
——なんて弱いんだ。
——鈍くさいぞ、間抜け。
——お前がもっとしっかり使いこなしていれば……
脳裏に浮かぶのは舌打ちをする団長レスターの顔。
そして嘲笑する団員たちの冷たい視線。
(また……失望される……)
アクアは目を固く閉じた。
背を向けたスノウが静かに呟く。
「それにしても、予想通り……けっこう強かったな」
「え……!?」
アクアが驚きに目を見開く。
「お前は、あれだけのものを使いこなしていた。だから、俺は今、こうしてお前の前に立っている」
(……けっこう、強い……?)
その言葉がアクアの胸の奥で静かに反響する。
いつも責められてきた。
もっと強く、もっと完璧に、と。
しかし今、彼女を倒した相手が「強い」と言ってくれた。
(……違う。私は……)
アクアはゆっくりと瞼を開く。
スノウはただ、静かな瞳で彼女を見下ろしていた。
そこにあるのは嘲りでも失望でもない。
強敵と戦った者が向ける、静かな敬意。
「じゃあな。俺は仲間を探しに行く」
スノウはそう言い残し、アクアを覆う氷を解除して駆け去った。
アクアは腰が抜けたように座り込み、激しく脈打つ胸を押さえながら、その背中を見つめた。
凍りを解き、自分を見捨てなかった少年の迷いのない背に——
アクアは生まれて初めて、「この人の隣に立ちたい」と願った。
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