11話、エリー奪還2
エドラ、サリー、スノウの三人は「オルトロス」本部の廊下へ踏み込み、エリーの姿を求めて奥へ駆けていった。
その背を視界の端で捉えながら、副団長エヴァンは応接間を出て追おうと足を踏み出す。だが――。
カン、と鋭い音が響く。
出入口の前に立ちふさがるように、アリアが槍を半身に構えていた。
「勝手に拠点内を駆け回られるのは困りますね、アリア殿」
焦りを必死に飲み込みながら、エヴァンは笑みを崩さない。アリアはその貼り付けた笑顔を静かに観察し、挑発するように言った。
「……何か、見られては困るものでも隠しているのですか、エヴァン殿?」
その一言が引き金になった。
エヴァンの袖口から閃光のように暗器ナイフが飛翔する。しかし、アリアは迷いなく槍の柄で弾き飛ばした。
「機密情報を知られると不味いのですよ。あなた方には、少々――眠っていてもらわねば」
次の瞬間、エヴァンはもう片方の袖からダガーを抜き、低く構える。
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(槍の間合いは保てている……だが油断すれば懐に潜り込まれて終わりだ。小回りの利かなさを突かれる前に――)
アリアの思考が刃のように研ぎ澄まされ、地を蹴った。
突き出された槍が直線の閃光となってエヴァンの心臓を射抜く。
しかし――狙いは空を切る。
エヴァンの姿は、まるで煙のように掻き消えていた。
「……上か!」
アリアが即座に天井を見上げると、宙を舞うエヴァンの影を捉えた。
槍の柄を床に突き刺し、その反動でアリアも高く跳ぶ。
空中。互いに逃げ場のない一瞬。
アリアは迷いなく槍を突き出そうとする――が、エヴァンの指先が閃いた。
二本の暗器がほぼ同時に投擲される。
アリアは咄嗟に突きを中断し、槍の柄で暗器を薙ぎ払った。
(……読まれたか)
エヴァンは舌打ちを飲み込みながら着地し、アリアも衝撃を殺しながら床へと着地する。
静寂が応接間に戻る。だが空気は張りつめたままだ。
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「あなた、言いましたよね?」
エヴァンが嘲るように口を開く。
「『人質を救出する行動は抗争とは呼ばない』と。――詭弁ですよ。あなたは我々のやり方が気に入らないだけだ。正義の使者を気取り、御託で正当化している。……吐き気がするほど不愉快だ」
アリアは真正面からその軽蔑を受け止め、静かに言い返した。
「その通りだ。私はただ正当化していただけだ……だから訂正しよう」
アリアは槍を構え直し、目だけでエヴァンを射抜いた。
「――シンプルに、お前たちが気に食わない。それだけだ」
その言葉を聞いたヴァイルは、初めてアリアの“感情”の色を知り、息を飲んだ。
「それで充分ですよ、アリア殿」
花瓶から一枚、花弁が落ちる。
次の瞬間、二人の姿が掻き消えた。
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応接間に金属音が炸裂する。槍の長い間合いをエヴァンは紙一重で回避しつつ、暗器で中距離を支配する。アリアは槍の射程に引き込む機会を伺うが、あと一歩届かない。
(どうにか……槍の範囲へ、無理やりでも引きずり込む……!)
アリアが一瞬考えに沈んだ、その僅かな隙をエヴァンは逃さなかった。
(……貰った!)
影のような動きでアリアの背後に回り込み、暗器を抜き放つ。
だが――その瞬間。
アリアの口角が、ほんのわずか動いた。
すでに読まれていた。
「……なっ――!」
槍の穂先ではなく、重い柄がエヴァンの喉を強打した。
予測不能のカウンターに、エヴァンは棚へ吹き飛ばされ、激しく崩れ落ちる。
影が差す。アリアが立っていた。
「な……ぜ……」
掠れた声に、アリアは淡々と告げる。
「『なぜ?』という顔をしているな。お前が私の隙を窺っているのは分かっていた。だから――わざと隙を作った」
淡々と告げると、エヴァンはそのまま意識を失った。
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アリアは一度だけ深く息を吐き、戦闘で乱れた空気を整える。
(……あの男の言葉。単にオルトロスのやり方が気に入らない――という話ではない。もっと別の、騎士団どころか……誰の目にも触れさせられない“何か”を隠している……)
思考がまとまると同時に、アリアは応接間を飛び出した。
「エリー……どこにいる?」
槍を握り直し、ギルド内を駆け抜ける。
救うべき彼女を探すために。




