10話、エリー奪還1
男に連れられ「オルトロス」本部へとたどり着いたエリーは、重厚な扉の奥にある応接間へと案内された。
豪華なドレスを着せられ、髪をきつくまとめられた姿は、いつもの飾らない受付嬢の面影とは程遠い。革張りのソファに身を沈めても、彼女はどこか落ち着かず、客人として差し出された高価な茶菓子には指一本触れようとしなかった。
視線はただ、磨き込まれた床に落ちる自分の影へ。
嵐の後に取り残された小動物のように、怯えた静けさがその背中にまとわりついていた。
沈黙を破ったのは、背後に控えていた男――ヴァイルだった。
「……なぁ。貴族の娘が、なんで家に帰ろうとしねぇ」
ぶっきらぼうな口調の奥に、どこか探るような声音。
さっきまで任務と割り切ってアジトを半壊させ、エリーを連れ去った男とは思えない。仮面の隙間から覗く、本来の人間味のようなものがあった。
エリーは一瞬だけ顔を上げたが、すぐに深く伏せる。
「……姉たちはね、若いうちにみんな上級貴族に嫁いでいったの」
声は震え、途切れ途切れにこぼれ落ちる。
「でも、私は興味がなかった。ただ独りでいたかっただけなのに……。それだけで、両親には疎まれたのよ」
空間魔法が発現したのは、ちょうどその頃だった。制御できない魔法が実家を破壊し――。
「元々疎まれていたのに、それが決定打になった。家族は私を追い出そうとしたの。大喧嘩して、家を飛び出して……なのに、なんで今さら、こんな場所に連れ戻されるの」
震える声を、ヴァイルは黙って聞いていた。
「……もし、その“捕まえろ”って依頼を出したのが両親で……仲直りしたいって言ってたら、どうする」
ぶっきらぼうな言い方の奥に、わずかな気遣いが滲む。
「両親が……?私を?こんな乱暴なやり方で……仲直り……?」
理解と共感を含んだ言葉が、エリーの心の底を揺さぶる。
(仲直り……? 嘘よ。あんなに拒絶したのに……こんな欠陥品の私を、今さら必要だなんて……?)
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緊迫した空気を切り裂くように、応接間の扉が乱暴に開かれた。
『オルトロス』団長、レスターが飄々と入ってくる。
「ごきげんよう、ミセス・エリザベス――いや、ミス・フェルフィーナ嬢とお呼びすべきかな?」
口髭を優雅に撫でつけながら、わざとらしい笑顔で近づいてくる。その作り物めいた表情に、エリーは反射的に顔を背けた。
舌打ちをひとつしてから、レスターは向かいのソファに腰掛ける。
「さて。我々は依頼通りあなたを見つけ、ご家族へお連れしました。あとは、ご両親がこちらに来れば依頼は完了です」
エリーは冷ややかな声で言い返す。
「ご親切にどうも。私一人を連れ去るだけで良かったはずでしょう? どうしてギルドのアジトを半壊させるような真似をしたのかしら」
レスターは肩をすくめる。
「商売ですからな。多少の騒ぎも必要というわけです。結果、あなたがこうして姿を現したのですから、費用対効果は申し分ない」
エリーの皮肉も、彼には効かない。
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「さて、私は退散します。ヴァイル、あとは家族水入らずで」
「はい」
レスターが出ていくと同時に、エリーの両親が入室した。
「おお、エリザベス! 無事で何よりだ!」
「私たち、ずっと心配していたのですよ!」
芝居がかった声色と表情。
続けて父は、妙に弾んだ声で言った。
「そうだエリザベス! お前を気にかけてくださる由緒ある領主様がいてな。なんと“ぜひ見合いを”と申し出があったのだ!」
ヴァイルには一見、娘を気遣う両親の再会に見えただろう。
だがエリーは、瞬時に悟っていた。
(違う……違う!)
(この人たちが喜んでいるのは、娘が見つかったからじゃない。
“貴族としての体裁”を守るための道具が戻ったこと……それだけ……!)
エリーはぎこちなく笑い、相槌を打つ。
その痛々しい表情を見て、ヴァイルはかすかな希望を砕かれた。
(仲直り……なんて、なかったな……)
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再会という名の悪夢が終わり、ヴァイルはエリーを客室へ案内する。
扉を閉めると、低い声で告げた。
「……今ここにいるのは俺とお前だけだ。俺は“護衛する”という仕事をしてる。だから、何も聞こえないし、何も見ない」
不器用だが誠実なその言葉に、エリーの張り詰めた糸はぷつりと切れた。
ベッドに身を伏せた。そして、堰を切ったように大粒の涙を流し始める。
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一方その頃。
エドラたちは街中で住民への聞き込みを続けていた。
酒場に集まった情報を基に、アリアは店主に少額の“情報料”を渡して話を引き出す。
「『オルトロス』……か」
「まさか他ギルドの依頼でエリーさんが連れ去られるなんて!」
「俺たちのアジトだけじゃなく、エリーさんまで……許せねぇ!」
怒りに拳を震わせるエドラを、スノウが制止する。
「落ち着けバカ! 他ギルドとの争いはご法度だ。向こうに喧嘩売ったら、こっちが潰れる」
「そんな……!」
「だからってこのまま黙ってろっていうのかよ!」
アリアは深く息を吸い、眉間の皺を押さえる。
「……エドラ、スノウの言う通りだ。ただ闇雲に挑んでも不利になるだけ」
「アリアさん!」
「でも――ギルド間の掟にはもう一つある。“正式な手続きなしに他ギルドの団員を引き抜くことなかれ”。依頼であっても、団長と副団長の承諾は必須。奴らはそれを破っている」
「おお!」
「もし交渉してもダメだったら?」
「ルールに従って――“力強く”で連れ戻す」
希望を見いだした一行は、そのまま「オルトロス」本部へ向かった。
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静まり返る廊下を通され、応接間へ。
現れたのはオルトロス副団長・エヴァン。
「ようこそ。副団長のエヴァンです」
アリアは一歩前へ。
「掟に従った退団手続きも、身内との面談手続きも行われていません。これは明確な違反です」
「ああ、その程度のことは後でいいでしょう。我々も大変だったんですよ」
あしらうような態度に、アリアの瞳が鋭く光る。
「……話になりませんね。交渉は終わりです」
踵を返し、短く言う。
「力ずくでエリーを連れ戻します」
「それはルール違反では?」
「人質を救出する行動は――抗争とは呼ばない!」
その言葉が合図となり、エドラたちは一斉に駆け出した。
「止めろ! 抗争だ! 規則違反だぞ!」
叫ぶエヴァン。
オルトロス団員たちが立ち塞がり、廊下で激しい戦闘が始まる――。




