第007話 過保護すぎる親
朝。
レジーナが身支度をしていると、トーマスが不安そうに話しかけてきた。
「やっぱりアトミオス王子へ大学費と寮費を払おう……」
「踏み倒すって言ったはずだけど?」
「親族に頭を下げて、どうにか工面してもらおう。屋敷も売ればなんとかなる」
「弱気になる必要はないわ。こっちには手紙も契約書も残ってるんだし」
もう何度目かわからないこのやりとりに、レジーナはすっかり不機嫌になっていた。
トーマスもまずいと思ったのか、
「気晴らしに東の国風カフェに行かないか」
と提案してきた。
過去にレジーナが前世知識で生み出したレシピを提供したことがある、和風のお店だ。
「いいよ、行こう。ちょうど甘いものがほしかったしね」
親子二人、並んで家を出る。
カフェに到着すると、入るなり店のオーナーが話しかけてきた。
「レジーナ様! おしるこはおかげで大繁盛ですよ!」
「それはよかったわ! じゃあ、おしるこ二つ」
トーマスは席に着くと、コートを脱ぎながら質問してきた。
「玄関にあった旧式の『浮遊船係留アンカー』は何に使ったんだ」
レジーナは笑って答える。
「え、いらなかったんでしょ? まだ使ってないわよ?」
「い、いや……いいんだ」
トーマスはまだ何か言いそうにしていた。
しかし店員がおしるこを持ってきたため、関心がそちらに移ったようだ。
「とりあえず食べようか」
「パパ、餅で喉つまらせないでね!」
スプーンですくいとった餅を、勢いよくかきこんでいく。
しかし、その食べ方が良くなかったようだ。
「うっ……!」
トーマスは喉元を抑えると、みるみる顔色が青ざめていった。
レジーナは最初、冗談かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
本当に餅を喉に詰まらせたようだ。
「パパ? どうしちゃったのよ!」
こんな時、どうすればいいのだったか。
そういえば前世では、掃除機を使って救助する報道を見かけた気がする。
「すいません! フルード式魔道具の掃除機はありますか!」
血相を変えた店員がすぐさま持ってきた。
だが思っていたよりも餅が喉の奥に入り込んでいたらしく、なかなか吸い出せない。
「む、ぐ……っ」
トーマスはついに、もがく力すら失い始めている。
本気でまずいと思ったレジーナは、ポケットから自作の魔道具を取り出した。
これはLv999の治癒魔法が使える性能だが、魔力ゼロの自分では使えない。
また、寒冷地にいる平民たちは魔力を持たないため、彼らを頼っても無駄だ。
「もう! 私に魔力さえあれば! すみません! フルードのタンク貸してくださーい!」
フルードの入ったタンクをつなげてみた。
しかし、『フルード、デハ、魔力ガタリマセン』と音声が再生されるだけだった。
やはり通常の魔道具を使うには、魔力持ちでなければ動かない。
「誰かー! 魔力持ちの領主様はいませんかー! 救護が必要なんです!」
レジーナは店外に出て、必死になって魔力を持った人間を探す。
すると、ここミリオングラード領の領主を務めるルキアス伯爵が、空から降りてきた。
黒い髪と海色の瞳を持ち、すらりと背の高い美青年である。
甘く端正な顔立ちをしていて、平時であれば思わず見惚れるような容貌だろう。
だが今は、人の顔をジロジロ見ている場合ではない。
「レジーナ公爵令嬢! 大声で私を呼ぶなといつも言ってるだろう?」
「やっぱり居たのね、ルキアス伯爵!」
「何があった! いつもの変な魔道具の実験か?」
「ルキアスこそ、また屋根の上を歩いて、街の見回り領主してたの?」
「君こそ、まさか父君に餅を食べさせていないだろうな⁉︎ あれほど忠告したのに!」
「どうでもいいわ! 早く来て!」
高所で様子を伺っていたなら、呼ぶ前に来て欲しい。
「助けるのはいいが、何となく嫌な予感がするぞ!」
「この魔道具にありったけの魔力をこめて! 早く!」
ルキアスが警戒するので、レジーナは無理やり手を掴んで魔道具にタッチさせた。
「うわ! 待て! 強引に魔力が吸われている感覚があるぞ!」
「私は平気だから心配しないで! ほら、怖くない!」
レジーナがルキアスの手を押さえていると、魔道具から音声メッセージが流れた。
『高イ魔力ヲ検知! 魔力ドレイン開始シマス!』
「今まさに危険性を自白したように聞こえるが……⁉︎」
魔道具から伸びた十本のアームが、ルキアスを絡めとる。
「何だこれは、うわー!」
青年は全力で逃げようとするが、魔道具は飛びついて首に吸着した。
この魔道具は、レジーナの入念な作り込みで、一度見つけた魔力は、絶対に逃さない。
「ま、魔力が……レジーナ、君はいつも強引に魔力を…」
ルキアスが倒れそうになる。
レジーナは彼の体を支えてカフェの椅子に横たわらせた。
「ルキアス、魔力ありがとう! これからもよろしくね!」
魔道具を首から引き剥がし、トーマスの体に当てる。
これで治癒魔法が発動するはずだが。
『生命ノ危険! デスガ魔法ハ必要アリマセン! 背中ヲ叩ケバ大丈夫!』
「そっか、背中を叩けば良かったんだ! この魔道具いらない!」
レジーナは、ぽいっと魔道具を投げ捨てた。
そして、トーマスの背中を叩くと、口から餅がぽーんと飛び出した。
「本当に餅が詰まった……」
「パパ、もう大丈夫そうね」
父の無事を確認すると、レジーナは気絶しているルキアスの髪を撫でた。
「ごめんね、魔力持ちの領主ルキアス……でも、また呼んだら来てね?」
レジーナは会計を済ませて店員に、
「領主が起きたら、発煙筒を持って私の家に来るよう、言っておいてください」
と言い残し、トーマスを連れて店を出た。
トーマスは心配そうに言う。
「またルキアス伯爵から魔力を奪って気絶させてないだろうな…?」
「ルキアスは領主だから疲れてるのよ! 私は平気だから心配しないで!」
「レジーナ、やっぱりアトミオス王子へ大学費と寮費を…」
「何を言ってるの? もう大丈夫よ! パパは家に帰ったら休んでね!」
この時、世界はまだ知らなかった。
王国をひっくり返す最強の二人、ルキアスとレジーナが動き始めたことを。
読んでいただきありがとうございました。
次回は明日20時10分に投稿します。




