第006話 フルード式魔道具
トーマスは夢の中で、廃材屋との会話を思い出していた。
あれはそう、フルード式魔道具の「浮遊船係留アンカー」をタダで貰った時のことだった。
「今の浮遊船はアンカーやケーブルなんて、いらないんですよね。
もう十年間、誰も使ってないんで。でも何かに使えないかと持っててご覧の通りで」
そう言って廃材屋が渡してきたアンカーは、まだ使えそうな代物だった。
トーマスが子供の頃は、港に浮遊船がケーブルを何本も垂らしていたものだ。
そうやって空に浮いて係留されていたのだ。
しかし現代の浮遊船はフラフラ動かないし、ケーブルも使わない。
「そうだよな、今時の浮遊船はアンカーなしでも空に静止できる」
トーマスが昔を懐かしみながら言うと、廃材屋は頷いた。
「今の貴族さんたちは、フルード式魔道具なんて恥ずかしくて使わないですからねえ」
「カジキとか鯨でも捕まえるなら使えるかもしれんが、鯨なんて食べないしなあ」
「隣国では、これを浮遊船に打ち込んで落とすのに使うってさ、戦争の多い国は嫌ですねえ」
「まったくだ、何かに使えるかもしれん。十本ともくれ」
———
バシュ! バシュ! バシュ! バシュ! バシュ!
何かが連続射出される音で、トーマスを目を覚ました。
意識がはっきりしてくると、脳裏に物騒な妄想が浮かんだ。
……地面からアンカーが次々と撃ち出され、空を飛ぶ浮遊船に突き刺さっていく。
コントロールを失った船がいくつも墜落し、地上で大爆発をする。
その騒ぎの中心で、レジーナが高笑いしているのだ。
「ああ、そんなバカな……!」
トーマスは布団の中でガタガタと震えた。
窓の外に視線を向けると、レジーナが何か作業をしているのが見える。
地面が開き、庭の三方向からケーブルのついたアンカーが次々に飛び出てくる。
それらは高さ五十メートルの弧を描き、庭の反対側の地面に突き刺さった。
フルード式魔道具の「浮遊船係留アンカー」だ。
「よし! 念のため追加二本できた! 合計五本できたわ!」
レジーナの叫ぶ声が聞こえる。
「また何か始める気か……まさか戦争を」
トーマスはカーテン越しにその光景を覗きながら、身震いした。
しばらくそうやって見守っていると、レジーナは後片付けをして家に戻ってきた。
「あー、寒い!」
「さっきは何を……船をどうするつもりだ?」
「パパ、何を言ってるの? ここは港じゃないわ」
「そうだな……俺も自分で何を言っているのかわからん」
「それより、ご飯にしよう!」
トーマスは静かに頷くと、
「今日は俺が作ろう」
そう言って台所に立った。
フルード式魔道具の様子を見ながら、まずは野菜スープを作る。
それが済むと、チーズとパンをスライスし、食卓に並べていく。
寒冷な地域で生まれ育っただけあって、トーマスの味付けは塩辛い。
しかしその方が食が進むらしく、レジーナは美味しそうに頬張っていた。
「ん~。これこそ実家の味だよねえ。美味しい」
「それならよかった。あまり料理は自信がなくてな」
「手先が器用な人は、料理も上手いと思うよ」
雰囲気が和らいだところで、トーマスはずっと気になっていたことを切り出してみた。
「なあ、アトミオス王子から来ていた大学費と寮費の件、やっぱり考え直さないか?」
レジーナはスープを飲み干してから言った。
「いーや踏み倒す。こっちには契約書もあるんだから」
力強い口調だった。
レジーナはそこで話を打ち切ると、「寝る」と言ってリビングから出て行った。
トーマスは腕組みをして考えこむ。
レジーナが幼い頃、飲み物をこぼした時に、
「ティッシュはないの?」
と言い、何のことか分からず驚いたことを思い出していた。
「レジーナは昔から不思議な子だった。小学校に入る前から読み書きも計算もできていた」
フルードのタンクを見つめる。青く光り、機械を動かす燃料。
温めたり、火をつけたり、何かを回したり、光らせることはできる。
でも、人の体を治したり、魔物から身を守ったりはできない。
高度な魔法回路を動かすには、フルードではなく魔力が必要だ。
「俺にも魔力があればな…」
トーマスはじっと自分の手を見ていた。
その夜。
トーマスは玄関に、整然と並んでいるものを見つけた。
錆だらけだったはずの「浮遊船係留アンカー」が、新品同様に磨かれてあるのだ。
「あの子は何に使うつもりだ……」
青ざめたまま自室に向かうと、こっそりアトミオス王子宛に、
『大学費と寮費を払うので、新居に置いてるレジーナの家具や服を返してください』
と手紙を書いた。
そこから先は、疲れ果てて眠りこけてしまった。
だからレジーナが灯籠を手に部屋へやってきたことには、気付かなかった。
「アンカーで何をするつもりだ……」
レジーナが悪夢を見てうなされている父の額に手を置くと、寝言がぴたりと止んだ。
そして、静かになった部屋でアトミオス王子宛の手紙を拾い上げると——
ためらうことなく破り捨てた。
「前世と真逆の親だけど、過保護すぎる親も困ったものね……」
読んでいただきありがとうございました。
次回は明日20時10分に投稿します。




