第004話 愛されトーマス
翌日。
日が高くなり始めた頃、レジーナは庭に出向き、スコップで雪をかき分けていた。
「あったあった」
埋まっていた赤いロープを見つけ出すと、ぐっと引っ張る。
すると地面がぱっくりと開き、フルード式魔道具「浮遊船係留アンカー」が一本、
バシュッ!
と音を立てて射出された。
それは上空百メートルまで到達したところで落下を始め——
ドンッ!
庭の反対側に着地し、地面に深々と突き刺さった。
「これなら三本あればいいかな?」
満足げに頷くと、レジーナは腰のポーチから図面を取り出して広げた。
そこに書いてあるのは、自宅周辺の地形図だ。
複数の箇所にバツが付けてあり、浮遊船が庭の中央部分に書いてある。
よく見ると侵入経路を示す矢印も書き記されていた。
「あっちの木を切って、入りやすいようにしたほうがいいわね」
レジーナは図面を見ながら呟く。
そんな光景を、父、トーマスは不安そうに眺めていた。
「レジーナ……何を始める気だ……パパには教えてくれないのか……?」
いつも一人で勝手に娘を心配したがるトーマスは、
アンカーを使って大暴れする娘を想像して、不安に震える手でコーヒーをすすっていた。
作業を終えたレジーナは自宅に戻り、昼食の準備に取りかかる。
フルード式魔道具のコンロに火を点けて鍋を沸かしていると、
「ごめんくださーい」
玄関から声がした。来客だ。
「はーい! 今行きまーす!」
誰だろうと思って向かうと、『桃猫トマトの宅配便』の配達員だった。
「こちらレジーナ様宛となっております、ご確認ください」
そう言って渡してきたのは、一通の手紙だった。
送り主は……元婚約者のアトミオス王子。
「げ。あのマザコン、今度は何の用よ」
その名前に反応したのか、トーマスも恐る恐るといった様子で手元を覗き込んでくる。
レジーナは封を切り、その場で中身を取り出して読み始めた。
『君の大学費と寮費は、僕の実家が援助していたのを忘れないように。
僕が婚約を破棄したから、今まで出してやったお金を僕に全部、返すべきだ。
今までおごった食事代もついでに請求するから、きちんと確認するように。
ママと相談して、書き漏らしのない完璧な請求書を送るから、楽しみにしてろよな。
もしも支払わないようなら、新居に置いてあるお前の家具や服は返さないからな』
読み終えるなり、レジーナは笑いながら破り捨てた。
「パパ、これ捨てといて。読む必要のない文章だったみたい」
「金に関することだろう? いいのか?」
レジーナが台所に戻ろうとすると、トーマスは慌ただしくリビングへ向かった。
何をするのかと思えば、さきほど破り捨てた手紙を繋ぎ合わせようとしているのだ。
しかもその横には新しい手紙があって……
『支払います。分割にさせていただくことは可能でしょうか』
と書き始めているではないか。
トーマスは地上での暮らしが長すぎて、弱気になっているのかもしれない。
レジーナはペンを取り上げると、威勢よく告げた。
「いーや踏み倒す」
「なんだって?」
「パパだって知ってるでしょう! あいつが私に何を言ってきたか」
『いかなる場合も例外なく全額を出すから、僕のメンツのために魔法大学に行けー!』
と、しつこく頼んできたのはアトミオス王子なのだ。
「契約書だって残ってるしね。弱気になる必要はないわ」
何か言いたそうなトーマスから手紙を取り上げると、破いてストーブに入れてやった。
「……いや、これでよかったのかもしれないな」
燃える手紙を眺めながら、トーマスは頷いたり唸ったりを繰り返している。
相手が情けないマザコン男だと知ったら、心配しすぎだと理解できるのだろうか。
そのあたり、じっくり親子で話し合った方がいいのかもしれないとレジーナは思う。
「そういえば、私がおしるこのレシピを教えてあげたカフェのオーナーは元気にしてる?」
「ああ、あの甘いスープか」
「そうそう。寒い時期にはぴったりなのよ」
「餅が年寄りには食べ辛いが、美味いと評判だぞ。繁盛してるようだ。久しぶりに行くか?」
「だめよ、パパがお餅で喉つまらせたら大変」
「そんなこと、あるはずないだろう」
父は笑っているが、レジーナは前世の記憶を思い返していた。
正月になると、毎年のように餅を喉に詰まらせるニュースが流れていたことを。
ちょうど今のように、雪が積もる時期の風物詩だったはずだ。
窓の外に目をやり、降りしきる雪を眺める。年寄りには堪える寒さだろう。
父にはあまり、無理をさせない方がいいのかもしれない。
レジーナは「今日は私が買い物に行くわ」と声をかけ、街へと向かった。
「行ってきます」
「気をつけてな。風船をあげるからおいでというピエロがいても無視するんだぞ」
「パパ、そんなピエロいるわけないじゃない! じゃあね!」
そう言うトーマスの方こそ心配だ、とレジーナは思う。
自分にとっては、たった一人の父親なのだから。
商店街に向かうと、
「トーマス公爵はお元気?」
と通行人のおばさんに声をかけられた。
「おじさんっぽくなったけど元気よ」
「あら。渋くていい男じゃないですか。うちの旦那もああいう歳の取り方をしてくれたらね」
「娘の私から見ると、普通のおじさんなんだけど」
「ご立派な方ですよ。あの方が解決した揉め事はいくつもあるんですから」
「パパ、そんなことしてたの?」
「ええ。水や農地の取り合いで揉めている地域を、よく仲裁してらっしゃるんですよ」
このおばさんが言うには、トーマスはなかなかのやり手なのだそうだ。
いわく、あの人がやってくると話が進みやすい。
しかも公爵なのに威張らないから、みんなに好かれているらしい。
「パパ、ちゃんとかっこいいところもあったんだ……」
「そうですよ! お父様を大事になさってください。そっくりな親子なんですから」
「えっ。私、パパと似てる?」
「よく似てらっしゃいますよ。……そのうちレジーナ様も、何か大きなことをなさるのかも」
レジーナは、
(性格はあまり似ていないと思うのだけど)
と言いたいところをぐっとこらえて、立ち話を切り上げた。
(まあ、大きなことを企んでるのはその通りなんだけどね)
確かにそこは父親譲りかもしれないと思いながら、家具屋へと向かう。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、女性店主が愛想よく挨拶をしてきた。
レジーナは「おはよう」と返すと、興味深そうに陳列された商品を眺め始める。
なかでも特に興味を引かれたのは、フルード式魔道具の灯籠だった。
「これは?」
「以前レジーナ様が作り方を教えてくれた、紙で作ったランプですよ」
「ほんとに作ってくれたんだ!」
「ええ。貼り替えたり、作り直していくと愛着がわきますね。持ってみてください」
店主は、ガラスのランプにはない軽さが気に入っていると笑った。
「軽いので、持ち歩きやすいし、お客さんにも大評判なんですよ」
「でしょ?」
「この間なんて、飲食店から二十個も受注がありましたの」
「すごいじゃないの!!」
「ええ、冬場には助かる臨時収入です。レジーナ様のおかげです」
「私も一つ、買っていこうかな。設計者として完成度が気になるし」
「ありがとうございます!」
店主は陳列棚に置かれた灯籠を、うっとりとした目で眺めている。
「この優しい光……こいつを浴びるだけで、本当に治癒魔法がかかればいいのにと思います」
レジーナは少し考えてから言った。
「いいね、将来作ってみようかな? 浴びるだけで治癒効果と加護効果のある灯籠……」
「いやあ、フルード式魔道具で治癒や支援の魔法はできないでしょう、夢のまた夢ですよ」
冗談を言っていると思ったらしく、店主は笑っていた。
レジーナも微笑み返したが、その目は真剣だった。
その日の夜。
寝息を立てるトーマスの寝室にそっと入ったレジーナは、布団をかけ直してやると、
『パパも使ってね』
書かれた手紙とともに、灯籠を枕元に置いた。
これが後にレジーナが作る、
『家にあるだけで一家全員の体調がよくなる魔道具「灯籠」』
のきっかけであった。
読んでいただきありがとうございました。
次回は明日20時10分に投稿します。




