第002話 さようならスカイリア島
「スカイリア島なんて、もう絶対来ねー!」
婚約破棄という、悲惨な状況にも関わらず、レジーナは元気に罵倒を繰り返していた。
本音を言えばスカイリア島の暮らしにめちゃくちゃ未練はある。
が、ここで意地を張らなければ女がすたるというやつである。
だがアトミオス王子と浮遊船の係員が、レジーナを実家行きの浮遊船へと押し込んでいく。
「入れろ入れろー! 押し込め!」
「ねぇこれ、ほんとにちゃんと飛ぶの⁉︎ なんかガタガタしてるんだけど!」
「静かにしないか、魔力ゼロのフルーダーめ」
「その呼び方やめてってば!」
浮遊船の係員が淡々と告げる。
「レジーナさん、婚約破棄になったので、もうスカイリア島には立ち入り禁止です」
「実家に戻されるのは構わないけど、仮にも公爵令嬢なのに扱いが雑じゃない?」
「それではー、極寒のレジーナさんの実家がある平民区行き、一名乗船になります」
「私は一応、魔法大学で筆記は首席だぞ! 魔力ゼロでここまでする?」
レジーナは両手を腰に当てて、ぷりぷりと怒った。
公爵令嬢で魔法大学で実技を除いて一番成績が良かった女でも、スカイリア島は平然と捨てる。
理不尽なアトミオス王子と縁が切れた途端に、ここまで待遇が変わるとは。
「魔力ゼロってだけで人生ハードモードすぎない?」
浮遊船の係員は、まったく同情する様子もなく、無言で浮遊船を発進させた。
「はぁ……これで、スカイリア島ともお別れかぁ」
見送りに来る友人もいない冷たい上流社会、見た目だけきらびやか。それがスカイリア島。
魔力持ちばかりのスカイリア島では、努力の価値を理解してくれる貴族はいなかった。
それでも、どこかでまだ信じていたのだ。
自分の知識が何かの役に立つ日が来ると。
浮遊船が実家近くの上空に到着し、地上まであと数メートルに迫った瞬間——
そんなセンチメンタルな感情も、あっさりと吹き飛んだ。
「それでは、着陸しますので——お降りください」
「え、階段とか、ないの?」
次の瞬間、係員がレバーを引いた。
船底が、ぱかんと開く。
「ちょっ、ちょっと待って!?」
軽い悲鳴とともに、レジーナの体がふわりと宙に浮く。
雪混じりの風に吹かれながら、白い世界へ真っ逆さまに落ちていった。
ドサッ。
地上の雪原に尻もちをついた瞬間、衝撃が背中を突き抜ける。
「い、痛たたた……。ちょっと! おろすってそういう意味!?」
見上げれば、浮遊船はすでに上昇を始めているところだった。
レジーナは勢いよく立ち上がると、空に向かって中指を突き立てた。
「二度と乗るか!」
威勢よくケンカを売ったはいいものの、ついさっきまで温暖なスカイリア島の舞踏会場にいたのだ。
レジーナの服装は半袖のドレスだった。
極寒の地元で過ごすにはあまりにも薄着である。
すぐに凍てつくような寒さが襲いかかってきた。
肩をすくめて身を震わせていると、雪をかき分けるようにして人影が駆け寄ってきた。
「空から女の子が! ——レジーナ?」
「パパ! あの船をアンカーケーブルで撃ち落としてよ!」
「お前は何を言ってるんだ⁉︎」
「私もよくわからないわ!」
駆け寄ってきたのは、雪まみれのコートを羽織った中年男性だ。
マフラーをオシャレに巻いた、整った目鼻立ちの紳士である。
その名もトーマス・クレオコール。
レジーナの父にして、公爵である。
しかし、魔力がゼロなのでスカイリア島では暮らせず、平民と共に暮らす庶民的な貴族だ。
「お前……こんな風に地上に下ろされたってことは、まさか婚約破棄されたのか……?」
「よくわかったね」
「ああ! やっぱりそうか! 俺のせいなんだな! 俺が魔力ゼロなばかりに!」
「違うよ、『僕のママが反対するから結婚できない』って言ってた」
「ママ? いやいや、大人の男がそんな言葉使いをするわけないだろう。お前は何を……」
レジーナが無言で目をそらすと、何かを察したトーマスは「嘘だろう」と目を丸くした。
「と、とりあえず家で話そう。冷えるからな」
トーマスは着ていたコートを脱ぐと、娘の肩にかけた。
そのまま親子二人、並んで歩き出す。
「パパ、眉毛に雪積もってる。そこも雪かきしたら?」
眉をこするトーマスと一緒に、雪道を進む。
「そういえば、浮遊船係留アンカーはまだ納屋に置きっぱなし?」
「ああ、まだ五本ぐらいある」
「捨てるんでしょ? 私が使っていい?」
「構わないが……何に使うんだ、うちの庭に浮遊船でも繋ぐ気か?」
笑いながら尋ねるトーマスに、レジーナは「まっさかー!」と笑顔で返す。
そうやって話し込んでいるうちに、懐かしい木造の家屋が見えてきた。レジーナの実家だ。
元は豪華な屋敷だったそうなのだが、年季が入った建物はところどころ傷んでいる。
(平民とほとんど変わらない住宅環境だわ)
その時ふと、レジーナは胸の奥にしまっていた、家庭教師の言葉を思い返していた。
『卒業論文にそれはまずい。魔力ゼロの平民が浮遊船を捕獲するなんて、貴族がひっくり返る!』
今はもう貴族に遠慮する必要もないんだし、好き勝手に暴れちゃおう。
「こんな不条理もういらない! 魔力ゼロの私が気持ちよく過ごせる世界に作り替えてやる!」
読んでいただきありがとうございました。
次回は明日20時10分に投稿します。




