第8話 秘密の囁き
公演を終えた夜、劇場の裏口。
ファンの人たちが出待ちをしている正面とは違い、この裏通りは静かで暗かった。
それでも、いつ誰が通りかかるかわからない。僕は落ち着かない気持ちで立っていた。
しばらくして、ドアが開く音が響いた。
出てきたのは、普段の煌びやかな舞台姿から一転して、ラフな私服に身を包んだ美玲さんだった。
帽子を深くかぶり、周囲をさっと見回す。
「……待たせちゃった?」
「いえ」
僕が小さく首を振ると、美玲さんは安堵したように微笑んだ。
ほんの一瞬、街灯に照らされたその笑顔は、舞台の上よりもずっと近くて、ずっと儚げで――僕だけに向けられたものだとわかった。
彼女は小声で囁いた。
「……ねえ。絶対に秘密にしてね。劇団のみんなにも、ファンのみんなにも。私たちのことは……」
その声は甘く、けれど必死さも混じっていた。
僕は頷き、彼女の瞳をまっすぐに見つめた。
「わかってます。誰にも言いません。僕とあなたの宝物にします」
その言葉を聞いた瞬間、美玲さんの表情が少し揺れた。
そして彼女はまた周囲に視線を走らせ、人影がないことを確かめると――ふっと僕の胸元に身を寄せた。
次の瞬間、唇が重なった。
最初は短い口付けかと思った。
けれど彼女の吐息が熱を帯び、次第に甘く長く、そして深く絡み合っていく。
僕の背筋をぞくりと震わせるほどの、激しいキス。
「……っ、ん……」
美玲さんの吐息が耳にかかり、僕は思わず腰に手を回した。
彼女も拒まなかった。むしろ、細い腕を僕の首に回し、さらに強く唇を重ねてきた。
世界から切り離されたような暗がりの中、互いの心臓の音だけが響く。
長い口付けを終えたとき、二人は息を切らし、額を寄せ合っていた。
「……誰にも、知られちゃダメよ」
彼女は甘い吐息混じりに、もう一度囁いた。
その声音は、愛の告白よりも強く僕の胸に響いた。
僕は彼女の腰を抱いたまま、静かに答えた。
「約束します。僕だけの秘密にします」
その夜、僕らの秘密はさらに深く、強く結ばれた。
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