第55話 彼女のファンとの遭遇
表参道での新しい暮らしに慣れ始めた頃。
休日の午後、美玲さんと二人でスーパーに寄った帰り道、思いがけない出来事が起きた。
並木道を歩いていると、向かいから若い女性二人組が楽しそうに談笑しながらやってきた。
年齢は二十代後半。シンプルで上品な服装に、休日らしいリラックス感が漂っている。
すれ違うその瞬間――。
一人の女性がふと立ち止まり、美玲さんの横顔をじっと見つめた。
次の瞬間、瞳が大きく見開かれる。
「……あのっ、す、すみません! もしかして……美玲さん、ですか?」
その声は震えていたが、確信を含んでいた。
隣の女性も慌てて振り返り、驚いたように口を押さえる。
二人の視線が、舞台から降りた“伝説の娘役”を一瞬で捉えていた。
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美玲さんは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに人差し指を唇に当て「しーっ」と合図した。
女性たちはハッとして、慌てて口を両手で押さえる。
けれど、抑えきれない感情は瞳から溢れていた。
そして――偶然の奇跡が重なる。
28歳の女性がバッグを探ると、中から一本のマジックペンが出てきた。
さらに26歳の女性は「たまたま今日持ってきていたんです」と言いながら、カバンから美玲さんの退団記念フォトブックを取り出したのだ。
「す、すみません……本当に偶然なんですけど……」
「もしよかったら……サインしていただけませんか?」
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美玲さんは一瞬だけ僕と目を合わせ、静かに頷いた。
「内緒ですよ?」
そう囁きながらフォトブックを受け取り、丁寧にページを開く。
マジックペンで滑らかにサインを書く姿を、二人の女性は息を呑んで見守っていた。
そしてサインを受け取った瞬間――彼女たちは抑えきれずに涙をこぼした。
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28歳の女性が声を震わせる。
「……ありがとうございます……! 退団公演、本当に感動しました。
最後の“愛は永遠に”の歌声、今でも耳に残っています。
私は仕事で辛い時期があったんですが、美玲さんの舞台を見て“もう一度頑張ろう”って思えました。
今日こうして直接お会いできて、言葉を交わせて、サインまでいただけるなんて……夢みたいです。宝物にします!」
続けて26歳の女性も涙を拭いながら言葉を重ねる。
「私、美玲さんにずっと憧れてきました。
どんな役でも真剣に演じて、笑顔で舞台に立ち続ける姿……本当に尊敬しています。
退団の日は、観客みんなが泣きながら“幸せになってほしい”と願っていました。
だからこうして偶然お会いできただけでも奇跡なのに……サインまでいただいて、本当にありがとうございます♪
このフォトブック、一生の宝物にします! どうか芸能界でも頑張ってください‼︎ 私たち、ずっと応援しています!」
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美玲さんは二人の言葉を聞きながら、静かに微笑み、深く頭を下げた。
「……ありがとう。本当に嬉しいです。皆さんが応援してくれるから、私はここまで来られました。これからも、一歩一歩大切に歩んでいきます」
二人の女性は「ありがとうございます!」と声をそろえ、何度も何度も頭を下げながら去っていった。
手にしたフォトブックを胸に抱きしめながら、涙と笑顔を同時に浮かべていた。
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去っていく背中を見送りながら、僕は美玲さんの手をそっと握った。
――彼女は舞台を降りても、確かに人の心に生き続けている。
その誇らしさと、そんな彼女を「妻」と呼べる喜びに、胸が熱くなった。
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