第53話 伝説のタカラジェンヌは僕の妻になった
宝塚での生活を終え、僕と美玲さんは表参道へ引っ越した。
高層マンションの一室。窓からは都心の夜景が広がり、遠くに東京タワーが見える。
華やかで人が多い街の中にあっても、ここは僕らだけの小さな城だった。
社会人になって一年。結婚してからは、まだ一週間。
生活は大きく変わった。
舞台で輝いていた美玲さんが、今は僕の隣で「妻」として笑っている。
それは奇跡のようで、現実感がなかった。
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朝。
目覚めると、キッチンから音が聞こえる。
立ち上がってそっと覗くと、エプロン姿の美玲さんが、慣れない手つきで卵を割っていた。
舞台で大階段を降りていた人と同じだなんて、にわかに信じられない。
僕は後ろから近づき、その背中に腕を回した。
「わっ……颯真! 危ないわよ、油が跳ねるから」
「でも、抱きしめたくなったんです。……美玲さんが妻になったんだって、思うと」
彼女は一瞬驚いたように振り返り、頬を赤らめてから小さく笑った。
「……本当に、あなたって人は」
その笑顔が胸に焼きついた。
――そうだ。伝説のタカラジェンヌは、今や僕の妻なのだ。
その事実を思うたび、誇りと喜びが全身を駆け巡る。
ただ、会社ではその気持ちを悟られぬよう、必死にデレデレを隠している。
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ルクシアに出社すると、既に結婚したことは社内に報告されていた。
氷室結衣社長、橘理沙副社長、取締役員全員から「おめでとう」と祝福されたが――相手が誰かは秘密にされている。
同期は百人以上。その中で、五、六人がこっそりと声を掛けてきた。
「颯真、本当に結婚したのか? でも相手は誰なんだよ」
「もしかして……芸能人とか?」
「いやいや、颯真に限ってそんな……でも笑ってる顔が幸せそうだな」
「羨ましいけど、祝福するよ。絶対に幸せになれよ!」
「……ヒントだけでも教えろって!」
質問攻めに苦笑しながらも、心の奥では「実は伝説のタカラジェンヌなんです」と叫びたくてたまらなかった。
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そんなある日。
エレベーターで、社長専属秘書の宮原絢さんと二人きりになった。
いつも冷静沈着で表情を崩さない彼女が、ふいに口元を緩める。
「結婚、おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
「社長がお呼びです。すぐに社長室へどうぞ」
その一言に、心の奥まで温かいものが広がった。
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社長室――氷室結衣社長の自宅を兼ねたオフィス。
扉を開けると、社長は書類を閉じて僕を迎えた。
「颯真くん、まずは結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
「詳しくは聞かないわ。秘密を抱えるのも愛の形だから。……その代わり、大切にすることを忘れないで」
その凛とした言葉が胸に刻まれた。
そして同時に、僕には新しい大型プロジェクトの任務が与えられた。
「重い責任だと思うけれど、信頼しているからこそ任せるのよ」
「……必ずやり遂げてみせます」
結婚の祝福と、仕事の重責。
その両方を背負うことで、僕は初めて「一人前になった」と感じられた。
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その日の午後。
同じ総務部の後輩、村瀬翼が僕をひっそり呼び止めた。
「先輩、実は……俺も秘密を抱えてるんです」
「秘密?」
「……氷室結衣社長って、僕の同期の瀬川陽翔と結婚してるんです」
耳を疑った。だが翼の表情は真剣そのものだった。
後日、僕は勇気を出して社長に言葉を伝えた。
「……社長、ご結婚おめでとうございます。お相手は陽翔くん、ですね」
一瞬、社長の顔が固まる。
「……どうしてそれを」
「翼くんから伺いました。でも、僕も秘密を抱えてます。だから絶対に誰にも言いません」
社長は驚いたあと、ふっと微笑んだ。
「……ありがとう。あなたも“秘密を守る夫婦”の仲間ね」
その言葉に、胸が熱くなった。
僕たちは互いに、誰にも言えない愛を抱えた同志になったのだ。
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――伝説のタカラジェンヌは、僕の妻になった。
この事実は世間には隠されている。
けれど、それは決して弱さではなく、ふたりの誇りだった。
僕は心の奥で何度も繰り返す。
「美玲さんが妻であることほど、幸せで誇らしいことはない」と。
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