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第52話 家族だけの小さな結婚式


 退団からしばらくが経ち、ようやく落ち着きを取り戻した頃。

 僕――篠原颯真と美玲さんは、両家の家族だけを招いて小さな結婚式を挙げることになった。


 舞台のような豪華さも、大勢の祝福も必要ない。

 ただ大切な人たちに見守られて、互いに「生涯を共にする」と誓えれば、それで十分だった。



 会場に選んだのは、木造の温もりを感じるチャペルだった。

 高い天井に差し込むステンドグラスの光が床に反射し、まるで天使の羽のように揺れている。

 控室で最終の準備を終えると、扉の向こうから両家の談笑が聞こえてきた。


「えっ……お母さん同士が、小学校から高校まで同級生だったって?」

 僕が驚いて顔を上げると、母・由美子と美玲さんの母・玲子が懐かしそうに微笑み合っていた。


「そうなのよ。いつもテストの点数で一位と二位を争ってね。お互い絶対に負けたくなかったの」

「でも結局、受験のときは励まし合ったりして……不思議な縁よね」

 二人は顔を見合わせ、「娘と息子がこうして結ばれるなんて、世の中狭いですね」と声を揃えて笑った。


 父同士もまた、思わぬ繋がりがあった。

 父・圭一と美玲さんの父・秀明は、会社は違えど取引先の関係で顔見知りだったのだ。

「いやぁ、以前からお世話になってますよ」

「こちらこそ。まさか家族になるとは……ははは、これからは仕事以上に関わりが増えそうだ」

 固い握手を交わす二人に、場の空気が和やかに包まれていった。



 やがて式の扉が開き、純白のドレスを纏った美玲さんが入場する。

 退団公演の大階段を降りる姿とは違う。

 舞台の女神ではなく、一人の女性として僕のもとへ歩いてくるその姿は、何倍も美しく、胸を震わせた。


 弟の悠人と駿は、その姿を見た瞬間、顔を真っ赤に染めて目を逸らした。

「うわ……姉ちゃん、やばい……綺麗すぎる」

「直視できない……けど、やっぱり見ちゃう……」

 二人の素直すぎる反応に、両家の親族から笑いが起こり、緊張がほぐれていく。


 さらに、三人の姉――美佳、真央、美沙が揃って口を開いた。


「まさか、妹に先を越されるなんてね」

「しかも、これまで誰にもバレずに交際してたなんて……よく隠せたわ」

「颯真さん。うちの妹を本当に幸せにしてくださいね」


 その真剣な眼差しに、僕は深々と頭を下げた。

「はい。必ず、命をかけてでも守ります」



 牧師の問いかけに、互いに「はい」と答え、指輪を交換する。

 美玲さんの瞳には涙が溢れていたが、笑顔は崩れなかった。

 指輪が彼女の薬指に収まった瞬間、全員から温かな拍手が送られる。


 キスを交わしたあと、静かな拍手と涙に包まれたチャペルは、舞台の千秋楽以上に温もりに満ちていた。



 式の後は、家族だけの会食が開かれた。

 母同士は「昔はテストの点数で争ったわね」と昔話をし、父同士は杯を交わしながら「今後もよろしく」と笑い合う。

 弟たちは恥ずかしそうに「姉ちゃん、幸せになれよ」と口を揃え、姉たちは「これからも支えるから」と肩を叩いてくれた。


 舞台上で浴びた大歓声や華やかな拍手よりも、この小さな祝福が何倍も心に沁みた。

 ――これが、僕と美玲さんの新しい始まりなのだと実感した。



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