第5話 秘密のデート
待ち合わせの場所は、都心の繁華街にある大きなショッピングモールの前だった。
平日の午後、人波は多いはずなのに、僕の視界には時計の針とスマホの画面しか映っていなかった。
約束の時間より十五分も早く到着してしまった僕は、ベンチに腰掛けて落ち着かない足を揺らす。
「変に浮いた服装じゃないよな……?」
白のシャツにジャケット、シンプルな黒のパンツ。何度も鏡で確認したコーディネートだが、不安は拭えない。
そんなとき、背後から聞き慣れた声がした。
「……ごめん、待った?」
振り返った瞬間、息が止まった。
そこに立っていたのは、舞台で見た華やかさをすべて隠し、控えめなワンピースと帽子に身を包んだ彼女――朝倉美玲。
化粧も薄く、髪もまとめられているのに、彼女が歩くだけで周囲の空気が変わるように感じた。
「い、いえ! 僕も今来たところです」
慌てて立ち上がり、精一杯の笑顔を作る。
彼女は小さく笑って、サングラスを外した。
「よかった。……こうやって外で会うの、ちょっとドキドキするね」
僕は大きく頷いた。
「僕もです。……夢みたいで」
二人で並んで歩き出す。
彼女は人目を避けるように帽子を深くかぶりながら、それでも楽しそうに店のウィンドウを覗き込んでいた。
「学生のときはね、こういう場所でよく友達と買い物したの。今はもう、なかなかできないけど」
「……そうなんですか」
「だから今日はちょっとだけ、その頃に戻った気分」
彼女の横顔を見ながら、僕は心の奥で強く思った。
――この時間を絶対に大切にしよう、と。
ショッピングモールを抜け、夕暮れ時になったころ。
僕たちは遊園地の観覧車の前に立っていた。
巨大なゴンドラが静かに回る姿は、夜の光を受けて幻想的に輝いていた。
「……乗ってみる?」
彼女が小声で囁いた。
僕は息をのみ、ただ頷くことしかできなかった。
改札を通り、二人だけのゴンドラに乗り込む。
扉が閉まり、静かに空へと上がっていく。
外の街灯りが次第に小さくなり、夜景が広がっていく。
「綺麗……」
窓に顔を寄せ、彼女が呟いた。
その横顔に、僕はしばらく言葉を失った。
――そして、この観覧車の頂上で、ふたりは初めての口付けを交わすことになる。
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