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第36話 舞台復帰


 冬の冷たい風が吹きすさぶ朝。

 僕は、重たいコートの襟を立てながら劇場へと足を運んでいた。

 ――美玲さんの舞台復帰。

 その一報を聞いたときから、胸の鼓動は高鳴り続けていた。


 彼女はつい先日まで高熱で床に伏せていた。

 だから本当に大丈夫なのか、不安がなかったと言えば嘘になる。

 けれど同時に、彼女なら必ずやり遂げると信じてもいた。



 開演のベルが鳴り、客席が一気に静まり返る。

 暗転ののち、スポットライトが降り注ぎ、舞台中央に立つシルエットが浮かび上がった。


 ――美玲さん。


 その瞬間、会場全体がざわめきと拍手に包まれた。

 白いドレスに身を包み、凛と背筋を伸ばす姿は、病み上がりだなんて到底思えなかった。

 彼女が一歩踏み出すたびに、観客の目は釘付けになる。


 歌声が響いた。

 それはまるで澄み切った冬空を切り裂くように、力強く、そして温かかった。

 僕は思わず息を呑み、目を潤ませながら聞き入っていた。

 ――大丈夫だ。やっぱり彼女は舞台の人だ。



 舞台が進み、物語は激情と愛に満ちた展開を見せる。

 鳳城蓮華と美玲さんの息の合った芝居は観客を圧倒し、幾度も大きな拍手が湧き起こった。

 蓮華が彼女の手を取るとき、切なげに見つめ合うとき――観客は熱狂し、舞台は喝采の渦に包まれる。


 けれど僕の胸には、複雑な感情があった。

 誇らしさと嫉妬。

 羨望と不安。

 そのどれもが渦巻きながら、視線は一瞬たりとも彼女から離れなかった。


 ――でも、わかった。

 舞台の上の美玲さんと、僕だけが知る美玲さんは違う。

 彼女が客席を見渡したとき、ほんの一瞬、僕と視線が交わった気がした。

 その刹那だけで十分だった。

 僕は彼女の「特別」なのだと、胸の奥で確信した。



 カーテンコール。

 観客全員が立ち上がり、割れんばかりの拍手が鳴り響く。

 彼女は深々と頭を下げ、花のような笑顔を見せた。

 僕はその姿を見つめながら、頬を熱いものが伝うのを感じていた。


 ――やっぱり、僕の好きになった人はすごい。

 そう誇らしく思いながら。



 終演後、観客が次々と劇場を後にしていく中、僕は裏口へと回った。

 冷たい風が吹き抜け、夜の空気は張りつめている。

 しばらく待っていると、私服に着替えた美玲さんが現れた。

 マフラーに顔を半分埋め、頬を赤らめながら僕を見つけて微笑んだ。


「……来てくれてたんだ」

「はい。すごかったです。本当に……」

「ふふ。ありがとう。あなたが見てくれてるって思ったら、不思議と力が出たの」


 彼女は周囲に人影がないことを確かめ、そっと僕に近づいてきた。

 そして、手袋越しに僕の手を握った。


「今日はこれだけで十分。……だって、温もりを感じられるから」


 その手は少し冷たかったけれど、僕の胸には熱が広がった。

 彼女は名残惜しそうに指を絡め、それから小さな声で囁く。


「次に会えるまで、忘れないで。……私はいつも、あなたを想ってるから」


 そう言い残し、彼女は背を向けて歩き出した。

 その後ろ姿を、僕はただ立ち尽くして見送った。

 胸には誇らしさと愛しさ、そしてまた会いたいという切実な想いだけが溢れていた。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

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