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第23話 揺れる心


 花組の舞台。

 客席のざわめきが消え、照明が落ちる。

 オーケストラの音色と共に幕が上がり、舞台の中央に立っていたのは、花組の誇るトップ男役――**鳳城蓮華ほうじょう・れんか**だった。


 すらりとした長身、鋭い眼差し。

 スポットライトを浴びるだけで、彼の存在が舞台を支配する。

 そして次の瞬間、彼の隣に登場したのは、美玲さん。

 観客は一斉に息を呑み、盛大な拍手が鳴り響いた。


 物語は愛と別れを描く悲劇的な恋。

 蓮華が演じる孤高の英雄と、美玲さんが演じる気高き令嬢。

 二人が互いの愛を確かめ合い、やがて運命に引き裂かれる――その展開を、僕は息を呑みながら見つめていた。



 けれど、舞台が進むにつれて、胸の奥に黒い感情が芽生えていった。

 蓮華が美玲さんの手を取るたび、抱き寄せるたび、そして彼女が切なげに見つめ返すたび。

 観客の歓声が高まるその光景が、僕には耐え難く思えた。


 ――彼女のその眼差しは、本当に“演技”なのか?

 ――舞台上の抱擁と、僕が知る抱擁の間に、違いはあるのか?


 頭ではわかっている。

 これは舞台だ。

 彼女は娘役として、相手役と真剣に愛を演じている。

 タカラジェンヌに「恋愛禁止」のルールはない。

 むしろ彼女が舞台で表現する「愛」は、現実とは違う、純粋で非現実的なものだ。


 ――それでも。


 客席で拍手を送る何百人ものファンと同じように、僕もその演技に魅了されながら、胸の奥がざわついて仕方なかった。

 自分だけが知っている彼女の素顔を思い出すほどに、舞台の上の彼女は遠い存在に思えた。



 やがてクライマックス。

 蓮華が美玲さんを強く抱きしめ、彼女が泣きながら胸に顔を埋めるシーン。

 会場全体が感情の渦に飲み込まれ、拍手が自然と湧き起こる。


 僕も手を叩いた。

 叩きながら――心の中では苦しくて仕方がなかった。

 「その抱擁を受けていいのは僕だけなのに」と。


 幕が下りると、客席は総立ちのスタンディングオベーションに包まれた。

 僕は立ち上がりながらも、心臓の鼓動が痛いほど速く打ち続けていた。



 公演後、楽屋口で彼女を待ちながら、自分でも驚くほど複雑な気持ちに気づいていた。

 誇らしさと嫉妬。

 愛しさと不安。

 そのどれもが入り混じり、胸をかき乱していた。


「……揺れてるな」

 思わず小声で呟く。


 彼女の姿が見えたとき、心臓が大きく跳ねた。

 笑顔で「待っててくれたの?」と近づいてくるその姿に、舞台での眼差しが重なりそうになり、僕は慌てて首を振った。


 ――舞台の彼女と、僕の知る彼女は違う。

 そう自分に言い聞かせながら、僕は彼女を強く見つめ返した。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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