第2話 三人の食事会
レストランの個室に案内されると、僕と姉、そして彼女の三人でテーブルを囲むことになった。
テーブルの上にはキャンドルが灯され、落ち着いた音楽が静かに流れている。舞台の喧騒から切り離されたその空間で、僕はまだ鼓動の速さを抑えきれなかった。
「今日は本当にありがとう。忙しいのに、ごめんね」
姉がにこやかに言う。
「ううん。公演が終わると気持ちが張りつめたままになっちゃうから……こうして友達と会うのは、むしろ嬉しいの」
彼女は微笑んで答えた。その声は舞台で聴いた響きよりも、ずっと柔らかくて近い。
僕は水を口に含みながら、どうにか言葉を探していた。舞台で見た彼女が、今こうして目の前にいる。夢と現実の境目が曖昧になり、僕は何を話していいのかわからなかった。
「そういえば、美玲、彼って私の弟なの」
姉が僕を指さして笑った。
「えっ……弟さん?」
驚いたように彼女が僕を見た。大きな瞳が、真正面から僕をとらえる。
「は、はい。……はじめまして。えっと、さっき舞台、すごく……」
言葉がうまく出てこない。
「すごく?」
「……綺麗でした」
自分でも顔が赤くなるのがわかった。
すると彼女は、少し照れたように目を伏せ、頬に手を添えた。
「ありがとう。そう言ってもらえるのが一番嬉しい」
ウェイターが料理を運んでくる。サラダやパスタ、グリルされた魚料理が並び、香りが部屋に満ちていった。
食事が始まると、姉と彼女は高校時代の思い出話で盛り上がった。文化祭の話、部活動の話、当時の先生の癖の強さ……。
僕はその会話を聞きながら、彼女が笑うたびに胸が熱くなった。舞台の上では決して見せない、素顔の彼女がそこにいたから。
「弟くんは、今大学一年生なのよ」
姉が僕のことを話題にする。
「へえ、そうなんだ。何を勉強してるの?」
彼女が興味深そうに身を乗り出した。
「……経済学を。まだ基礎ばかりですけど」
「経済学! なんだか頼もしいね」
彼女は小さく拍手をしてくれた。その無邪気な仕草に、また心臓が跳ねる。
食事が終盤に差しかかった頃、姉がトイレに立った。
部屋には、僕と彼女の二人きり。
気まずさと嬉しさが入り混じり、沈黙が流れる。
「……あの」
僕が口を開いた。
「今日、本当に来てよかったです。姉が誘ってくれなかったら、きっと一生……あなたと話すことなんてなかった」
正直な気持ちだった。
彼女は少し目を見開き、そして柔らかく笑った。
「そうね。私も。舞台を観に来てくれたのも嬉しいけど……こうして直接、感想を聞けるのが一番のご褒美かもしれない」
そのとき、彼女はバッグから小さなカードを取り出した。
「これ、私の連絡先。……でも、劇団の人には内緒でね」
カードに書かれた番号を差し出す彼女の手は、ほんの少し震えていた。
僕は無言で受け取り、強く握りしめた。
――これが、すべての始まりだった。
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