第16話 家族だけの秘密
夕食後のリビングには、家族だけの穏やかな空気が流れていた。
父・圭一は新聞をめくり、母・由美子は編み物をしながらテレビをちらりと見ている。
兄・拓真はパソコンで仕事の資料を開き、姉・麻衣はソファでスマホをいじっていた。
そして、その足元では、柴犬のラウルが丸くなって尻尾を揺らしている。
「……なあ、ラウル、こっち来い」
僕が呼ぶと、ラウルはぱっと顔を上げて駆け寄ってきた。温かい体温と毛並みを抱きしめると、心が落ち着く。
「ほんと、ラウルには甘いんだから」
麻衣が呆れたように笑った。
「弟もラウルも、顔に出やすいのはそっくりね」
母が笑みを浮かべて言う。
「でも、ラウルのおかげで家が明るいわよね」
「うむ。犬は家族を見抜くからな」
父が新聞越しに相槌を打つ。
その会話の端々に、“秘密を共有している家族だけの親密さ”が混じっていた。
誰も口に出さないが、皆が僕と美玲さんの関係を知っている。
けれどそれは、決して外に漏らしてはいけない大切な秘密だった。
⸻
夜も更け、家族が順に自室へと引き上げていく。
ラウルを撫でて「おやすみ」と囁き、僕も部屋に戻った。
……そして窓の外を確認し、静かに玄関を抜け出した。
待ち合わせの公園には、美玲さんが先に来ていた。
街灯に照らされた横顔はどこか儚げで、けれど僕を見つけた瞬間に柔らかく微笑んだ。
「こんばんは。……来てくれて嬉しい」
「もちろん。会いたかったです」
周囲に人影がないことを確かめ、僕は彼女の腰を抱き寄せた。
次の瞬間、唇が重なる。
短く触れるだけではなく、甘くて長い口付け。
彼女の吐息が夜風に溶け、心臓の鼓動が早まっていく。
唇を離したあと、僕はスマホを取り出した。
「見せたいものがあって……」
画面にはラウルの写真。舌を出して笑っている姿や、丸まって眠っている姿が映っている。
美玲さんは画面を覗き込み、目を細めた。
「……可愛い。ラウルくん、だっけ? あなたに似てるね」
「えっ、犬に似てるって……」
「ふふ。素直で表情が全部顔に出ちゃうところが、そっくり」
からかわれながらも、彼女の笑顔に救われた。
ラウルの存在が、彼女との会話を自然にしてくれる。
「いつか……ラウルにも会わせたいです」
「うん。その日を楽しみにしてる」
公園のベンチで並んで腰掛け、写真を見せ合いながら語り合う時間は、舞台のスポットライトよりも優しく温かかった。
――家族とラウルに守られた秘密の恋。
その幸福を、僕は胸の奥で何度も確かめた。
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