第1話 姉の同級生、舞台の人
夜の街を抜け、光り輝く劇場の前に立ったとき、僕の胸は高鳴っていた。
宝塚大劇場――。華やかなネオンに照らされたその建物は、日常の延長線上には存在しない、まるで異世界の城のように思えた。
「緊張してるでしょ?」
隣で笑ったのは、僕の姉だ。
姉は高校時代からの友人を応援するために、何度も劇場に足を運んでいたという。そして今日、初めて僕を誘ってくれたのだ。
「……まあ、ちょっとな」
僕は正直に答えながらも、心のどこかで冷めた自分がいた。舞台に立つスターと、ただの大学一年生の僕。交わることのない世界だとわかっていたから。
しかし、その考えは幕が上がった瞬間に吹き飛ばされた。
花組の舞台。
スポットライトを浴びた娘役――彼女は、圧倒的な存在感で観客の視線をさらっていった。
長い黒髪をなびかせ、品格と可憐さを兼ね備えた立ち姿。笑顔ひとつで、会場の空気が柔らかくほどけていく。
「……すごい……」
気づけば、僕は小さく呟いていた。
彼女の名前は朝倉美玲。
姉の同級生であり、今や花組の中でも注目を集める娘役だという。
舞台が終わり、客席に灯りが戻ったときも、僕はまだ夢の余韻から抜け出せずにいた。
「どう? すごかったでしょ」
姉が得意げに尋ねる。
僕は頷きながらも、言葉が見つからなかった。ただ一言――「綺麗だった」としか。
その後、姉に連れられて向かった先は、劇場近くの小さなレストランだった。
そこに現れたのは、さっきまで舞台で輝いていた人。
舞台化粧を落とし、シンプルなワンピースに着替えた彼女は、驚くほど柔らかな雰囲気をまとっていた。
「……こんばんは。はじめまして」
彼女は控えめに笑って、僕に手を差し出した。
握手を交わす手は、舞台で見た華やかさとは違い、温かくて、少し細い。
その瞬間、僕は心の奥で悟った。
――この人に惹かれていく、と。
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