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06 やり残し

 ◇


 馬車に揺られること三日。

 私は目的の街、クロトに到着した。そう、帰ってきたのだ。

 馬車旅は腰に負担がかかるが、それでも老体だった頃に比べれば余裕だ。


 クロトは先ほどのエレナと別れた街リゼムより栄えており、面積も倍以上はある。この王国の中でも五、六番目くらいには発展した街だ。

 街に住まう住人も多く、活気であふれている。

 その中でも目立つ、一際大きな屋敷こそロイスの家だ。

 屋敷を含めた敷地は人の背丈の倍はある高い塀に囲まれ、大きな入り口には、二人の門番が待ち構えている。


「ふむ、どうやって入ろうか」


 屋敷の前にいる屈強な門番は、きっと今の私を通しはしないだろう。

 むしろ、こんな得体のしれないやつを通すようでは友人として心配になる。

 さて、どうするか。当然ながら門番にグラウスが帰ってきた、と伝えることはできない。

 私の今後を、完全なるセカンドライフを考えるのなら、グラウスが生きていることを伝える相手は必要最低限に抑えたい。


「普通に塀を飛び越えればいいか」


 状況が状況だし、ロイスの家だし、問題はあるまい。

 この若い肉体を持ってすれば、こんな壁登るくらい余裕である。

 屋敷をぐるりと囲う塀の中でも、一目のない場所を探した。

 そして高い塀をよじ登り、内部へと侵入した。


「えーと、確か」


 ロイスの仕事場は二階の角から二つ目の部屋だったはずだ。

 彼は昼間なら、大抵はその部屋で書類仕事をしている。

 

「閉まってるな」


 直接の侵入は諦め、仕事場以外で二階の窓が空いている場所を探す。

 流石に全ての窓を閉め切っていることはないだろう。

 おっ、あの廊下の窓なんて良さそうだ。


 ヒョイっと屋敷の壁を登り、華麗に窓から侵入する。

 物音を立てないよう軽やかに着地し、辺りを見回す。

 気分は泥棒だな。

 あとは平然と廊下を歩き、ロイスのいるであろう部屋の扉を開け、堂々たる態度で入室する。 


「だ、誰だ!」


 突如、部屋に入ってきた銀髪の青年に対し、ロイスは護身用の剣を持ち構えた。

 隙だらけで構えは不恰好だが、腰は引けていない。

 私の教えを今なお、実践してくれているのか。


「久しぶり、ロイス」


「誰だ、貴様のような若者は知らん!」


「失礼だな……私だ、グラウスだ」


 その名前を聞き、ロイスの警戒の眼差しに怒りが入り混じった。

 柄を握る手に、ぐっと力が込められる。


「……あいつは死んだ」


 そう、低い声で返すロイスはよく見れば以前より痩せ、やつれて見える。

 おそらく原因は私の死亡報告だろう。

 その無駄な心労から解き放つためにも早く真実を告げねばならない。


「いや、死んでない。死にかけはしたけど。シエンって冒険者のせいで」


 警戒し、剣先で私を追いかけるロイスの元へスタスタと歩みを進め、机に一つの瓶を置いた。

 瓶の中では透明の液体が水面を揺らしている。


「これは?」


「採ってきたぞ、不老不死かは分からないが、少なくとも私を若返らせた水を」


 液体の入った瓶を、まじまじと見つめるロイスは信じていない、というより困惑しているようだ。

 状況の整理が付かず、何から考えればいいかさえ見失っているようだった。

 だから、私は口調を強め言い放つ。


「娘の病を治したいんだろう。だから土下座までして、私に頼った。忘れたか?」


「な、なぜそれを……」


 このことを知るのは私……グラウスとロイスだけだ。この世の誰も、彼が土下座までして頼み込んだことは流石に知らない。

 その時のことを想起し、狐に摘まれたような顔をしていた。


「本当に、本当にグラウスなのか?」


「あぁ、本当に本物のグラウスだ。遅くなってすまない」


 ロイスは椅子に倒れるように腰掛け、目頭を抑えた。

 きっと、彼の頭の中は混乱しているに違いない。

 死んだと思っていた旧友がケロッとした様子で、しかも若返って舞い戻った。

 涙の再開に感動すればいいのか、驚けばいいのか、あるいは若返ったことに祝福の言葉をかけるべきなのか。あるいは謝るべきなのか。

 そもそもの話、一体何が起こってそうなったのか。

 聞きたいことは山ほどあるだろう。

 ロイスが慎重に言葉を選び、何かを問いかけようとするのを察して、私はあえて遮った。


「待った。聞きたいことはあるだろうが、まずは娘の治療だ」


 一ヶ月だ。一ヶ月もの間、彼の娘を待たせてしまった。

 今はこれまでのことを語っている場合でも、久々の再会に喜び、話に花を咲かせている場合でもない。


「そ、そうだな。この水がその秘薬なのか?」


「あぁ……ただ、私にも得体が知れない水だ。若返りの効果があること、飲むと疲労感が消えること、そして甘いこと。それ以外は全く分からない」


 どんなに凄い液体であれど、これが娘の難病に効く確証はまだない。

 ただ確かなことは、この液体が未知の治癒力を秘めているということ。

 今はもう、そこに賭けるしかない。


「うちに凄腕の錬金術師がいる。娘のために雇ったんだが、彼なら何かわかるかもしれない」


 その液体を飲ませる前に、最低限、調べはした方が良いだろう。

 それに割と雑に持ち帰ってきたため、衛生面に疑問も多い。

 ロイスの言う錬金術師が信頼できるやつなのか、どれほどの腕前なのか、聞きたいことは山ほどあるが、今だけはグッと堪える。


「ここからの判断は、ロイスに任せる」


「……分かった」


 そう言うや否や、ロイスは瓶を手に取り、足早に部屋を出ていった。

 あの水がどれほどのものかは私にはわからない。ロイスが期待するものではないかもしれない。

 それでも当初の目的だった、ダンジョンの底にあったモノは渡した。

 これで私はグラウスとしての最後の依頼を成し遂げたのだ。


 ◇


「す、すごいですよ、これ」


 グラウスの持ってきた液体を調べていたボサボサの紫がかった髪の錬金術師……メルはびっしりと隈のこびりついた目を大きく見開き、そう告げた。瞳孔が開き切った、少々危ない目をしている彼女は元々、王国専属の研究機関にいた錬金術師だったが、面倒な派閥争いに巻き込まれ、路頭を迷っていた所をロイスに雇われていた。

 性格に少しばかしの難と研究にのめり込みすぎる癖はあるが、腕だけは誰の目からも確かだと評されるほど。


「神水ですよ、神水! 伝説上の水です」


 メルは興奮気な声を出し、その瞳をキラキラさせながら瓶の中の液体を見つめていた。


「これは凄いですよ! こんなもの、いったいどこで……」


「その話は後だ! それで、この水で娘は治るのか!」


 メルは瓶を掲げながら、言葉を選ぶ。


「もしこれが本当に神水なのであれば、効く可能性は高いはずです」


 絶対とは断言は控えた。

 そもそもの話、神水は実在する伝説とも呼ばれるほど希少なもので、研究に関する資料がかなり少なく、そして信憑性に乏しいものばかりだった。

 それでいて、その資料の内容を確かめるにも神水そのものが入手できない。

 だからメルの見解は、その論文が正しければ、の話だった。

 ただ、メルの調べたところ、グラウスが持ち帰ったこの液体の特徴はその神水と完全に一致している。

 メルの言葉を聞いた、ロイスの瞳は潤んでいた。


「そうか、そうか」


 噛み締めるようにそう呟く。


「メル、それを娘に飲ませればいいんだな?」


「えぇ、保存状態は良くなかったと聞いてますが、調べたところ、衛生的にも問題はなさそうです。このまま、経口で摂取させていいでしょう」


 その言葉を聞くや否や、メルを連れ急ぎ娘の眠る部屋に向かうロイス。

 ロイスの娘……ローズは病気のせいで髪も肌も真っ白くなり、骨が浮き出るほどに痩せ細っていた。

 この一ヶ月で、前以上にずっと酷く衰弱している。

 メルの見立てでは、余命は後十日ほど。


「それでは神水を飲ませます」


 メルはローズのわずかに開いた口から、神水を流し込む。


「ゴホッ……」


「あー、ダメダメ! これしかないんだから……吐き出さないで、しっかり飲まないと」


 吐き出そうとするローズに、メルは神水を強引に流し込んだ。

 ロイスもこれしかないことを知っているため、その様子をただ黙って見守っている。


「き、効いているのか?」


「まだ、明言はできません。ただ、効果があるにしても、さすがにすぐには……」


 その直後だった。

 ローズの血色が徐々に回復し始めたのだ。冷え切っていた肌に、徐々に温かみが戻ってゆく。

 信じられない現象に、メルも目を丸くしていた。


「こ、これは凄いですね」


「あぁ……」


 まるで奇跡としか言いようのない効力だった。


「ロイスさん。これをどこで」


 メルが瓶に残ったほんの僅かな水滴を眺めながら問いかける。


「いや、実は私も分からないんだ。古い知り合いに貰ったもので」


「そうですか、残念です」


 メルは神水という、貴重な研究材料がこれ以上ないことにガックリと肩を落とす。


「ならせめて、この瓶に残った僅かなものは研究してもいいですか?」


 メルの問いに、ロイスは悩む。こんな争いの火種になりかねないもの、解き明かさない方が良いかもしれないと言う思いもあるが、同時にグラウスの身に何が起こったのか解明しておきたいという思いもある。


「あぁ、その程度ならいいだろう。ただ、何があろうと外部に漏らさないことは約束してくれ」


「と、当然です! こんな貴重なもの……他の人には渡しません。私が独り占めで、研究するんですから!」


 こういう変な拘りこそ、ロイスが信頼している理由だったりする。

 彼女は研究は一人でとことん楽しみたいタイプで、他の人に横取りされるのを激しく嫌う。それは手柄がどうとかの話ではない。

 ただ純粋に、未知を解明するのは自分でありたいという、願望によるものだった。

 誰も解いたことのない問題に挑み、解き明かしたい。

 新たな、そして希少なおもちゃを手に入れルンルンなメルだったが、その研究にのめり込むためにも、まずはきっちりと自分の責務を果たすため、ローズの体を調べて回った。


「まだ、完治してるかは分かりませんが、とりあえず回復傾向にはあると見ていいでしょう」


「そうか」


 ロイスはその言葉を聞き、温もりが戻った娘のその手を握りしめ、大粒の涙を流しながらその場に崩れるのだった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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