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05 また会う日まで


「な、何が起こったんだ?」


 誰かがそう呟く声が聞こえる。

 多くの野次馬は言葉を失い、凍りついたかのように微動だにせず、その場に立ち尽くしていた。

 もう少し、加減すべきだったかもしれない。


「えーと、もういいのかな?」


「は、はい! 試験はこれにて終了です。お疲れ様でした」


 これで実技試験も通過ということで無事、冒険者登録は完了する。

 あとは冒険者である証、冒険者プレートを受け取るだけだが、少し時間がかかるそうでエレナと話しながら時間を潰す。


「グレイさん。B級冒険者を相手に一瞬とは、流石ですね」


「いや、例の素材を売るなら、このくらいは腕を見せておいた方がいいと思ったんだけど」


 休憩スペースに座って駄弁っている私とエレナを大勢の冒険者が見ていた。


「相手はB級冒険者ですよ。魔境で散々その強さを見てきた私はともかく、この場で初めて見る方々は、驚いて当然です」


 冒険者には等級があるが、一番上がS、次がA、さらにその次がBとなっている。過去に何度か、S級のその上の必要性が議論されたことがあるが、未だかつてその等級が冒険者においては実装されたことはない。

 SS級が存在するのは、ダンジョンとモンスターのみ。


「新たな新星にでもなるつもりですか?」


「まさか、そんなつもりは微塵もない。ただ、素材を売り安くするためにやっただけだ」


 想定以上に目立ってしまったが、その甲斐あって例の素材は問題なく売れるはずだ。

 出所が私であることは、疑いようもない。

 ならばもう、隣街に行くだけの旅費は稼げたも同然。

 今日中にこの街を立れば三、四日でロイスのいる街に辿り着ける。

 何はともあれ、順調だ……そんなことを考えていると、エレナにある問いを投げられた。 


「気になっていたんですけど、グレイさんはどうして木剣に魔力を流したのですか? 魔境でモンスターを相手にする時は、そんな技は一度も使っていなかったのに」


 正直に評価するなら、カイロスは魔境のモンスターより圧倒的に弱い。

 それなのに何故魔境のモンスター相手には使わなかった技を、わざわざカイロスに使ったのか。


「あぁ、それね。それは……」


 その問いに答えようとした矢先、受付嬢が戻ってきた。


「グレイさん、これを」


 受付嬢から冒険者である証、冒険者プレートを受け取る。


「こちらが冒険者プレートになります。再発行には時間とお金がかかりますので、くれぐれも無くさないでくださいね」


「はい、ありがとうございます」


 プレートには冒険者グレイ、等級はE級などと最低限の情報が書き記されている。一見、偽装なんて簡単にできそうだが、実際は冒険者ギルドの技術開発部が生み出した技術で、目には見えない情報が刻まれているそう。

 E級。冒険者の最低等級であり、そしてスタートライン。


「すみません。どれだけ強くても、E級からが原則でして」


「いえ、全然。私はこれで大丈夫ですので」


 とりあえずの身分証が欲しかったのであって、本格的に冒険者をやるつもりもない今、等級なんてどうでもよかった。


「グレイさんって、なんというか……謙虚ですよね!」


 受付嬢のその評価は悪い気はしなかったが、別にそんなつもりで言った訳ではなかった。


「いえ、ただ冒険者として活躍する気がないだけです。私はどちらかというとパン屋や居酒屋でバイトとか、そっちの方でお金を稼いでみたいタイプでして」


「飲食店のバイトって……あれだけお強いのにですか!? 勿体ないですよ! グレイさんにとっても、人類にとっても損です!」


 両手で握り拳を作りながら、そう本気で訴えかけてくる受付嬢。


「もう、その道を行く気はなくて」


「そうですか、それは残念です」


「……すみません」


 これは本心だった。

 確かに私は強い。

 そしてその強さを必要とする人は、きっと大勢いるのだろう。

 先の見えない暗闇の中で、助けを待っている人がいるかもしれない。


 しかし、今の時代のことは、今の時代を生きる者に頑張ってほしいという思いがあった。

 見た目と実力が若返ろうと、私はもう過去の人間だ。

 私が出しゃばることで今を生きる人々の成長する機会を奪ってしまうかもしれない。

 そんな事態は避けたかった。


 それに、私なんかがいなくとも、五つの新星とやらが頑張ってくれるはずだ。

 うち一つは、ちょっと期待できそうにないけど。


 冒険者登録という用は済んだので、多くの視線を背で受け止めながら、エレナと共に冒険者ギルドを後にする。

 そして、素材を換金できる買取店でまた、しばし待つこととなる。


「変わった方ですね。グレイさんは。これだけ強いのに、上を目指そうとか、威張りたいとか、そういうあなたからは感情が一切感じられない」


「側から見たら、そうかもしれませんね」


 一度は得たからこそ、きっとどうでも良いのだろう。

 あるいは、どれだけ若返ったとしても、中身は枯れたままなのかもしれない。


「それで、隣街で用が済んだらバイトをするんですか?」


「もちろん、生きるにはお金が必要だからね」


 それに飲食店でバイトをしたいというのは、割と本音だった。

 銀魔の剣鬼は老後も引く手数多だったが、逆に拒否されることも多かった。

 剣の指南役、護衛、あるいは名前を借りたいだの、そういう引く手は多かった反面、剣と無関係な場所では距離を置かれることが多かった。


 しかし、今は違う!


 私はグレイ、なんの実績もないただの若者。

 体力なら自信はある。


「本当に変わった方ですね」


 そうして素材の換金を終えることにはもう日が沈もうとしていた。

 夕暮れの中、馬車が止まるところへ向かう。


「ここでお別れですね」


「エレナはこの街に住んでいるの?」


「いえ、ここではありませんが……」


 そこまで言うも、口を閉ざす。どうやら、その続きは言えないらしい。

 何やら、彼女にも色々と複雑な事情があるそうだ。


「そうか。なら、ここで一旦お別れだね」


「一旦、ですか?」


「あぁ、しばらくは隣街にいるはずだから、何かあれば頼ってくれていい。えーと、そうだな……」


 これといい、決まった住所がない今、私と確実に連絡が取れる手段となると、


「隣街にはロイスという男の屋敷があるんだが、ロイスに話を通せば私に連絡できるはずだ。彼にもエレナのことは伝えておくから」


「はい、分かりました」


 この取り戻した強さを無闇矢鱈に振るうつもりはない。

 だが、だからと言ってせっかくの縁を無駄にする気にはなれなかった。

 もし彼女が私の力を必要とすれば、その時くらいはいいだろう。

 

「では、お気をつけて」


「エレナも、気をつけて」


 エレナにしばしの別れを告げ、私は隣街へと旅立った。

 病に苦しむ、ロイスの娘を救うために。

 グラウスとしての最後の仕事を遂げるために。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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