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04 冒険者志望です!

 ◇


 私が自身にグレイと名付けてから三日後。

 魔境を抜け、エレナと共に一番近くの街までやってきた。

 この街に至るまで様々な出会い(モンスター)があったが、そのお陰で彼女の鞄は素材でパンパンである。


「あの、邪魔なら捨てていっても」


「いえ、大丈夫です。勿体無いですから!」


 貴重部位だけに絞ったつもりだが、それでもこの量になるとは。

 ただ、襲ってきたモンスターを片っ端から片付けていただけなんだけど。


「ふぅ……やっと着いた」


「い、生きて帰れるなんて」


 魔境から少し離れた場所にある街リゼム。

 魔境からは歩いて一日ほどの距離の場所にあるが、街と魔境を分つように流れる、深く幅の広い川のお陰で、この街が襲われたことは長い歴史でもみてもほとんどなかった。

 唯一、魔境と繋がる橋を切り落とせば、魔境に住まう凶悪なモンスターとて超えるのは一苦労だ。

 そもそも彼らは縄張りからは基本出てこない。


 そんなわけで、魔境から近いにも関わらずリゼムの街には平和な光景が広がっている。


「わざわざ、ありがとうございました」


「いいえ」


 さて。ここからグレイとして、本格的にセカンドライフが始まるわけだが。


「それで、グレイさんはこれからどこに?」


「どこって……」


 グラウスは死んだ。

 しかし、まだグラウスとして一つだけ、やり遂げなくてはならない仕事が残っている。

 私はポケットから小さな瓶を取り出した。

 エレナの持っていた空き瓶を洗って、そこにあのダンジョンの水を移しておいたのだ。

 私はこれをロイスの娘の元に届ける必要がある。

 銀魔の剣鬼、グラウスの最後の依頼だ。

 それで初めてグラウスは完全に死ねる。


「とりあえず、隣街に行きたいんだけど……」


 一つ、問題があった。

 それは馬車に乗れないということだ。

 馬車に乗るためのお金がない。お金は全て荷物と一緒にダンジョンの底に置いて来てしまった。

 とは言え、エレナにああ言った手前、やっぱお金分けてとも言い出しにくい。

 それにもし、エレナがこんな身分の知れない男の代わりに換金したとなると、問題に発展する可能性もある。

 

 そしてそれは自由気ままなセカンドライフを目指す私としても都合の悪い事態だった。

 だから、私がまず一番にすべきことは身分証を手に入れることで、そして最も手っ取り早く習得できる身分証となると、


「隣街に行く前に冒険者ギルドに寄って、冒険者登録をしようと思ってる」


 そうすれば身分証が手に入るし、隣街までの旅費も稼げる。

 隣街までの旅費程度なら、最低等級でも稼げるはずだ。


「グレイさん、本当に冒険者じゃなかったんですね」


「まだ、疑ってたんだ」


「えぇ、まぁ……それと察するに、グレイさんはお金がなくて困っているのでは?」


「……バレてたのか」


「だって、見るからに何もかもを持っていないじゃないですか」


 エレナには、魔境の奥地で崖から落ち、登るために荷物は捨てたと話した。

 当然、エレナはその話をかなり疑ってはいたものの、それ以上の追求はしなかった。

 だから、エレナを騙せたとは思っていなかったが、お金に困っていることまでバレていたとは思っていなかった。


「それなら私も行きます」


「いや、でも……」


「私一人じゃ、どう頑張ってもこれらのモンスターは狩れません。何かしら、疑いがかかるでしょう」


「それは、確かに」


 どこで入手したのか、根掘り葉掘り聞かれる可能性は高い。


「私としても目立つ事態は避けたいですし」


 妙に感情の籠った重みのある言葉だった。

 とは言え、詮索はしない。

 彼女が私を詮索しなかったように、私も彼女の抱える事情には踏み入らない。


「もし、正式に登録を終えたグレイさんが狩ったとなれば問題なく換金できます」


「そうなのか? だって、登録したって最低等級からのスタートになるし、そんなことはないんじゃ」


「登録申請には試験がありますから。そこで実力を示してくれれば、問題はありません」


「……試験って何?」


 ただ、冒険者ギルドの受付で申請すれば通るものだと思ってた。

 私も長らく冒険者をやっていたが、そんな制度は知らない。


「えっ」


「それは、最近導入された制度か何か?」


「いえ、そういう話は聞きませんが……昔からあったのではないでしょうか?」


 あっ、そう言えば……。

 私、グラウスはS級冒険者として登録されていたが、これは自ら登録申請をしたわけではなかった。

 仲間たちと各地でモンスターを狩って回っていたら、冒険者ギルド側から声がかかったのだ。

 かなりのレアケースらしいが稀にそういうことがある。

 

 だから、登録申請は今回が初めてだ。

 それに思い返してみればギルドでそんな光景を見たことがあるような、なかったような、そんな気がする。


「登録には『実技試験』と『筆記試験』があります。前者は、先輩冒険者との模擬戦。後者は野営や薬草採集、素材の剥ぎ取りに関する最低限の基本知識の確認です」


「なるほど……それならなんとかなるかも」


 もう、何十年と冒険者をやってきたのだ。

 常識を問う問題なのであればそれなりに解けるはず。


「なら、行きましょう。私も、そこまで時間があるわけではありませんから」



 冒険者ギルドはそこそこ大きな木造の建物で、中は多くの冒険者で賑わっていた。

 飲食可な休憩スペースもあり、そこでは作戦会議をしている冒険者パーティーの姿が見られる。ちなみに飲食は可能でも、飲酒はダメだ。

 ギルドに足を踏み入れると一瞬、数人の冒険者と目が合う。

 グラウスだった時とは違い、私に注目は集まらず、向けられた僅かな視線もすぐに散っていく。


 ただ、それだけの当たり前の光景が、思わず足を止めてしまうほどに新鮮だった。


「どうかしましたか?」


「いや、なんでもない」


 止まっている場合じゃない。

 エレナにも事情があるし、ロイスの娘をこれ以上待たせるわけにはいかない。

 空いている受付で冒険者として登録したいとの旨を伝える。

 幸運なことに、私の話しかけたこの、黒髪を後ろで束ねる受付の女性は冒険者登録の担当でもあるらしく、すんなりと話は進んでいく。


「冒険者登録ですね。まずは筆記試験ですが、もう大丈夫そうでしょうか?」


「今から?」


「はい、あちらに狭いですが別室がありますので、そこでのテストになります。自信がないようでしたらまた後日……」


 随分と準備がいい、というよりはエレナの言う通り、そこまで大したものではないのかもしれない。

 本当に最低限の確認程度のテストなのだろう。


「いえ、今からで大丈夫です」


 おそらく、問題はないだろう。

 それから机が二つだけ並べられた、狭い別室でテストを行った。

 エレナから事前に聞いていた通り、問題のほとんどが冒険者なら知っていて当然の基本的なものばかりだった。

 これなら、落ちることはなさそうだ。

 テストを終え、採点が終わるのを休憩スペースで待つ。

 そして結果は、


「グレイさんの筆記試験の結果ですが、満点ですので問題ありません」


 満点、と言っても本当に基礎の基礎。

 依頼を受けるのならば、森に入るのならば、押さえておかないと致命的になる、そんなレベルの内容ばかり。

 満点も珍しくはないようで、受付嬢も淡々を次の準備を進めている。


「次に実技試験ですが、すでに模擬戦相手の方が準備を終えています。そのため、今からはじめますが……トイレなどは大丈夫ですか?」


 模擬戦相手は基本、その時に冒険者ギルドにいる冒険者に頼むそうで、これは冒険者ギルドからの依頼扱いだそうだ。

 冒険者としては、受ければ短時間でそれなりの報酬がもらえる依頼。

 しかも危険度はかなり低い。

 だからかなり人気があるそうだ。


「はい、問題ありません」


 模擬戦は冒険者ギルドに隣接された、小さな空き地のような場所で行われるようで、冒険者以外にも野次馬が大勢いた。

 街の人も観戦可能になっているようで、主婦や子供までいた。

 そしてその中にはエレナの姿も見える。金髪だから分かりやすい。

 空き地では、私の相手を頼まれた、体格の良い茶髪の男がストレッチをしていた。


「この中から、好きな武器を選んでください」


 受付嬢の指差した先は武器置き場だった。

 そこには、大きな怪我をしないよう配慮された木製の様々な武器が並べられていたが、私は数ある武器の中から、迷うことなく木剣を手に取った。

 やっぱり私にはこれしかない。


「俺はB級冒険者のカイロスだ。よろしくな」


「グレイです。こちらこそよろしくお願いします」


 茶髪の冒険者、カイロスも私と同じ木剣を選び、構えていた。

 さて。扱うのは木剣とは言え、下手をすると撲殺する可能性がある。

 子供の目もあるし、模擬戦でそんな悲惨な事件は起こしたくない。


「すみません。魔力の使用ってありですか?」


「えーと、それは」


 受付嬢は、確認のためカイロスをチラリと見る。


「いいぜ。魔剣士ってやつだろ? せっかくだ。全力で来い!」


 受け止めてやるぜ!と言わんばかりの自信に溢れた表情のカイロス。

 私は魔剣士ではないし、別にそんなつもりで魔力を込めているわけではないが……まぁいいか。

 私の魔力が注がれた木剣は、微かに銀色の輝きを宿す。


「ほう……銀色の魔力とは、また随分珍しいな」


「そうらしいですね」


 だからと言って、何かがあるわけでもないけど。

 深く一呼吸し、剣を肩で構え、腰を落とす。

 互いが武器を構えたことを確認した受付嬢は少し離れ、


「では、初め!」


 模擬戦の開始を告げた。



 一瞬だった。



 カイロスが動くまもなく、私の木剣の先端は彼の喉仏に触れていた。

 銀色の魔力が木剣の描いた一筋の軌道をなぞる。


「えっ……」


 衝撃のあまり、カイロスは木剣を手放した。

 受付嬢も、野次馬も皆、ポカンと口を開け呆然としている。


「えーと、その……これで大丈夫ですか?」


 口をあんぐりと開けた受付嬢は、その問いに答えてくれない。

 ……まいったな。

 少々、やり過ぎてしまったかも知れない。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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