03 セカンドライフ!
「彼は本当に死んだんだね」
「はい。私も詳しくは知りませんが、少し離れた街にいた時、大規模な葬儀が行われていました。なんでも、そこの貴族がかなりのお金を使ったとか」
その貴族はおそらくロイスのことだ。
ダンジョンへと向かうよう依頼した彼には、きっと罪悪感があったのだろう。
「あれは私が自分で決めたことなんだけどなぁ」
大方、死んだことにはなっているだろうと思っていたが、まさか葬儀まで行われているとは。
それにダンジョンに突き落とされてから、一ヶ月以上経っているということが一番の驚きだった。
かなり長い時間、私はあの地の底で眠っていたということになる。
だとすると、何故あのドラゴンは私を食べなかったのか、疑問が増えるがそれについては考えたって仕方がないだろう。
調査のためにもう一度あの暗闇に落ちたとしても、生き残れる確証などないのだから。
せっかく若返った人生、無駄に捨てるつもりはない。
「助けて貰った身で言うのも烏滸がましいかも知れませんが、彼の名を語るのは失礼に値しますよ? 例え、あなたがいくら強かったとしてもです」
本人なんだけどね、と思いながら苦笑いを浮かべる。
確かに、今の私を見てグラウスだと、そう簡単に信じる者はいないだろう。
そもそも私が表舞台で活躍し、その名を上げ出したのは二十代後半。
十代後半のこの姿の私を知るものはほとんどいない。
「そうだね。まぁ、私のことはいいんだ。君こそ、こんなところで何を?」
呑気にピクニックを楽しむような場所ではない。
「私はポーションの材料を取りに」
「なるほど……」
ここは魔境と呼ばれるほど強いモンスターが多いが、同時にここでしか手に入らない希少な素材も多い。
そのために、命懸けで魔境に足を突っ込む者が稀にいるが、その九割は帰ってこない。
先ほどのようにモンスターに襲われ、食い物にされる。
「その素材というと?」
「これを……」
そう言い、カバンから数枚の葉を取り出した。
濃い緑の葉を走る脈は毒々しい紫色をしている。
これは『パナの葉』と呼ばれる希少な植物の葉で、魔力が絡む難病に効果があると有名な薬草だ。
「へぇ、これを採りに」
「はい、妹のために」
すでに素材は採集できていたようで、その帰りに不運にもあのレックス・オーガに襲われてしまったそうだ。
思い返せば彼女の使っていた剣は決して悪くはなかったし、使い込んだ形跡があった。
レックス・オーガにこそ敵わなかったものの、そこまで弱くはないのかもしれない。
「そう言えば、お礼、まだでしたね。助けていただき、ありがとうございました」
そう言い、深々と頭を下げる。
「いいよ、全然。そうだ、せっかくだから街までは送ろうか?」
「い、いいんですか?」
「私もちょうど街を目指していたしね。ついでだ。それに」
すっと、木々の向こうに視線を向ける。
暗闇の中にうっすらと赤く光る瞳が二つ。
「この森は危険だからね。しばらく剣を借りるけどいいかな?」
「は、はい」
その間、彼女は武器を持たない状態になるため、そうは言ったものの不安げな表情をしていた。
「そうだ。名前、聞いてもいいかな?」
「私は、エレナって言います」
「エレナね。君のことは絶対に守るから、だから安心してくれ」
そう伝え、両手で剣を握り、肩で構える。
あぁ……この感覚。久しぶりに胸が高鳴っている。
「さぁ、かかっておいで」
その晩は結局一睡もすることなく、朝を迎えてしまった。
一ヶ月も寝ていたのだ。
ちょっとくらい徹夜してもいいだろう。
その間、エレナには睡眠をとってもらっている。こんな状況だったが、疲労が蓄積していたようでぐっすりと眠っていた。
なので私も、なるべく物音を立てないよう、静かに立ち回った。
朝日が差し込み、エレナの瞼が微かに動く。
「ふわぁ……って、なんですか! このモンスターの山は!?」
「あぁ、これ? 襲ってきたから」
朝になる頃には、十数体のモンスターによる死体の山が出来上がっていた。
「これ、全部A級のモンスターじゃ……」
目が覚めたばかりのエレナは、腰を抜かしそうな勢いで驚いている。
「まぁ、襲ってきたから……」
襲ってきたから、倒した。ただそれだけのことだ。
「そうだ。このモンスターの素材はエレナにあげるよ」
「い、いいんですか?」
「その葉が必要というとことは、妹さんは相当な難病でしょう? なら、色々とお金も入り用なはずだ」
妹のためにこんな魔境に足を踏み入れるなんて、いくら優しかろうとそう簡単にできることではない。
優しさと並々ならぬ覚悟が必要だ。
そんな人にこそ、この素材たちは受け取って欲しい。
「し、しかし!」
「いいんだよ、それに私は売り捌くのに必要な身分証を無くしちゃってるし」
これが一番の理由だった。
どんな高価な素材があろうと、私にはこれをお金に換える真っ当な手段がない。
「えっ、冒険者じゃないんですか?」
「違うよ、私は冒険者じゃない」
本当は冒険者としての身分証的なものは持っているのだが、それはグラウス名義だし、今の私では使えないだろう。
それに私にもちょっとした考えがあった。
「あなたは、本当に何者なんですか?」
エレナのその問いに昨晩、モンスターを倒しながら考えていた言葉を返す。
「グレイ。私の名前はグレイだ」
それが新しい私の名前である。
グラウスが若返って帰ってきました!と言って、あちこちで証明して周れば、私の……グラウスの死はなかったことにできるかもしれない。
そうすればまた『銀魔の剣鬼』として全盛期と同様に活躍できる。
しかし、そんなことをしたって虚しいだけなことに気がついてしまった。
否、初めからわかっていた。
あの頃は、肩を並べる仲間がいたから、気を許せる仲間がいたから、各地で馬鹿をやるのが楽しかったのであって、今一人でどれだけ大暴れしたって、これっぽっちも楽しくはない。
虚しいだけだ。
彼らはもう、この世にはいないのだから。
銀魔の剣鬼として、もう一度生きる理由はない。
もう、そんな歳でもない。
だからこそ、この展開は逆に好都合かもしれないと感じ始めていた。
私が若返ったと知れば、また、多くの依頼が殺到するだろう。
現役の時同様に国家やら貴族やら、とにかく様々な勢力から声がかかるはずだ。
流石に私が年老いた頃にはもう、ほとんどはそんな話を持ちかけなくなっていたが、若返ったと知ればまた国家やら貴族やらやらが動き出すかもしれない。
はっきり言って、鬱陶しいだけだ。
だから、私は決めた。
もう、グラウスは死んだのだと。
そして新たな人生を送ると。
ここからは自由気ままに生きる。
やりたいことなら山ほどある。
「よろしく、エレナ」
ここからグレイとしての、私のセカンドライフが始まるのだ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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