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−01 白金の悪略

 ◆


「ねぇ、本当に良かったの?」


 シエン率いる『白金の騎士団』のパーティーメンバーである、赤髪の女……リリスがそう問いかける。リリスは魔法使いで、あの場で火の魔法を使った冒険者だ。

 

「仕方ないだろ。俺一人ならまだ、あのドラゴンから逃れたが、ああでもしないとお前たちを守れなかった」


「シエン様、私たちを守るために……」


 その瞳を感激で潤ませ、手を合わせる回復役のフィール。

 彼女の着ている修道服も相まって、まるで神に祈る信徒のような構図になっていた。

 シエン様は私たちを守るために、その手を汚した……なんて優しいお方なのかと。


 ちなみにそう語るシエンだが、実のところ彼がそう思っているだけで、シエン一人ならドラゴン相手に逃げ切れるという確証などは、どこにもなかった。


「あーあ。やっぱ、この依頼、参加すべきじゃなかったんだよ。銀魔だか銀歯だかしんないけど、口ほどにもない奴だったし」


 会った時から小馬鹿にしていたピンク髪の色黒な女……メイスの言葉にシエンは「まぁな」と返す。


「でしょ? 確かに貴族なだけあって金払いはよかったけどさぁ。別に金には困ってなかったんでしょ?」


 シエンたちは今、最も勢いのある冒険者パーティーの一つであり、金には困っていなかった。

 引くて数多……大金を積んで依頼を持ってくる奴なら山ほどいる。

 それでもこの依頼を受けたのは、ある思惑があってだった。


「この依頼を受けたのは、何も金のためじゃない」


「えー、じゃ、あの貴族の娘さんのため?」


「はっ、それこそ有り得ないな」


 赤の他人の娘のために、SS級ダンジョンに行くなんて馬鹿げている。


「ならなんで?」


「他の新星たちと差をつけるためだ」


『白金の騎士団』含め、新星と呼ばれるの冒険者パーティーはこのバルシア王国内に五つあった。

 新星は、銀魔の剣鬼も所属していた伝説の冒険者パーティー『極夜の宴』が解散して数年後に、突如として頭角を現した五つのパーティーを指す言葉で、シエンは他四つを強くライバル視している。

 実際、このバルシア王国内で、どのパーティーが次の頂点を取るかという話題は定番である。

 白金の騎士団は若者からの支持は強いものの、まだまだ頂点には遠い。


「もしも、白金の騎士団がSS級ダンジョンを攻略したとなれば、他の新星奴らを大きく引き離してトップに君臨することができる。一時代の冒険者の頂に立てる。だから、昔は凄かったって言うあのオッサンの力に期待し、受けたんだが」


「まさかドラゴンがいるとはねぇ、ほんと最悪!」


 メンバーの一人、黒髪のボブヘアの拳士、ヘルンがプンスカと苛立ちを体現する。

 ドラゴンは大陸規模で見ても滅多に見られないモンスターで、個体差はあれどそのどれもが国家が危険視するレベルに相当する。

 そんなモンスターと、洞窟型のダンジョンという最悪の環境で出会ってしまうのは、確かに運がない。


「まぁ、あの貴族は結果に関わらず、報酬は支払うって言ってたけど。死にかけたことを考慮すると割に合わないよね」


 リリスが不服そうにそう言った。

 概ね、皆そう考えているようで彼女の言葉に頷いた。

 そんな中、メイスがあることを思いつく。


「そうだ、シエン。私、めちゃ良い案を思いついたんだけど」


「なんだ?」


 メイスがシエンの耳元で何かを囁く。

 それを聞いたシエンはニヤリと口角を上げた。


「ははっ、それはいいな」


「でじょ? 私チョー冴えてる!」


 それから、依頼主の貴族のいる街まで戻ったシエンは、ダンジョン攻略での事の顛末を伝えに、否、作戦を実行するために屋敷へと向かう。

 貴族の男……ロイスはシエンらが無事に帰ってきたことに一度は喜びの笑みを見せるものの、グラウスの姿が見えないことに気がつき、険しい顔立ちになる。


「グラウスは……」


「すみません。グラウスさんは俺たちを庇って」


「……そうか」


 シエンのその言葉を聞き、ロイスは力無く椅子に座り込み、目元を隠すように抑えた。

 静かな部屋の中だ。彼の啜り泣く声が聞こえてくる。


「すまない、私が無理を言ったせいで」


 いくらグラウスとて老いには敵わない。

 ロイスだってそんなに若くはない。老いなら自分だって感じたことがある。

 だからこそ、誰だって老いには敵わないことくらいは身を持って分かっていたはずなのに、病で苦しむ娘を見て、彼の力に期待してしまった。

 銀魔の剣鬼と新星と呼ばれる今話題の『白金の騎士団』に。


「すまない、すまない」


 そう後悔を反芻するロイスを前に、シエンらは無慈悲にも計画を開始する。


「噂以上に素晴らしい方でした。グラウスさんは」


 低い声で呟くかのように、そう言葉を溢すシエン。

 ここからシエンは、事前に打ち合わせしていた言葉を綴る。

 

「彼は……グラウスさんは俺たちが、彼らの『極夜の宴』を継ぐ冒険者になると、この国の希望になると、そう信じていると言い、その身を、命を、未来に賭けたんです。俺はあんな立派な人は、今まで一度も見たことがありません」


 シエンの言葉を聞き、他の四人も俯いた。

 勿論、演技である。


「そうか」


 しかし、ロイスは内心それどころではないこともあり、彼女らの行動が演技だとは気がつけない。


「はい、なので彼の葬儀では壮大にやりたいんです。勿論、金は俺たちが出します。未来を託されたものとして、今はまだ何もできませんが……せめてもの、弔いとして」


 盛大に行った葬式の場でも、シエンはまた同じことを言う予定だった。

 そうすることで、シエンたち『白金の騎士団』はあの『銀魔の剣鬼』のお墨付きだと、箔をつけることができる。

 銀魔の剣鬼が命を懸けるほどの価値のあるパーティーであると。

『白金の騎士団』こそが『極夜の宴』を継ぐパーティーであると。

 それに、


「いや、金はいい。元を辿れば、私のわがままのせいだ。葬儀のお金は私がだそう」


「ありがとうございます」


 シエンたちは、ロイスならきっとそう言い出すと予想していた。

 年老いたグライスを死地に送ったのは、他でもない彼なのだから。

 仮にそうはならずとも、たかだか葬儀代で、一時代の天下を取れるのなら安いものだ。


 これでシエンら『白金の騎士団』は一銭も使うことなく、自身のパーティーに箔をつけられる。

 SS級のダンジョンは超難関だ。失敗したところで、評価はさして下がらない。

 むしろ、失敗を承知で病に苦しむ少女のために動いたと、好評をもらうことができる。


 死人に口なし。

 銀魔の剣鬼をよく知る『極夜の宴』のパーティーメンバーは皆、亡くなっている。

 だからこの嘘は、絶対にバレることはない。


 メイスの発案を皆で煮詰め、作り上げた作戦。

 それから数日後に行われた葬儀の場でも、シエンは大勢の前で似たようなことを語った。


 そして『白金の騎士団』は、他の四つの新星たちと大差をつけることに成功するのだった。


 バルシア王国一の冒険者パーティー『白金の騎士団』の誕生である。

 

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