08 バイト仲間
◇
クロトの街の一角にあるアパートの二階、そこが新たな私の住居だった。
ここから、私のセカンドライフが始まるのだと、そう思うとワクワクしてくる。
ベッドを一つ置いただけで一気に狭く感じるような、そんな部屋ではあるがこの狭さがまた新生活感があっていい。
ロイスにはもっと良い所を勧められたし、例のSS級ダンジョンから持ち帰った神水分のお代も貰っているため、その気になればもっと広い場所にも住めたのだが、それでもあえてこの部屋を選んだ。
「うん、新生活って感じだ」
さて。そんな本日はバイト初日でもある。
バイト先は近くの酒場で、ロイスの屋敷の帰り際に募集の張り紙を見つけてすぐに応募した。
面接はもう終わっており、無事通過している。
なんでも前のバイトがいなくなってしまい、人手に困っていたとか。
そこそこ広い酒場なのだが、今は店主とバイト一人で回していて、結構大変だったとか。
「おう、来たね!」
そう大きな声で出迎えてくれたこの豪快な女性が私のバイト先の酒場『時の狭間』を営む店主である。
赤い短髪のボーイッシュな方で名前はリア。
年齢は三十一歳と、まだまだ若い。
「グレイだったな、今日からよろしく。面接の時も言ったけど、私のことは気軽にリア姉さんって呼んでくれ」
「は、はい」
若いとは言え、姉さんと呼ぶような年齢かは、やや怪しいが、本人がそう望むのであればそう呼ぶとしよう。
ここでは彼女がルールである。
「接客、皿洗い、あとは実際に料理を作る仕事があるけど……そうさね。接客は今のところ彼女がいるし、あんた、水魔法は使えないんだもんね」
「すみません。魔法は得意じゃなくて」
これは本当で一般的な魔法はほぼほぼ使えない。
「ちなみに、使える魔法は?」
「強いて言えば、岩を粉砕する魔法ですかね」
『銀壊』という魔法、というか技と言うべきか。
あれは元々、ある魔法を元に作った魔力を用いた掘削手段で、道を塞ぐ岩なんかを剣で直接触れずに壊すために用いてきた、破城槌的なイメージの技だ。
でかい岩をどかすのに一々剣なんか使ったら、刃こぼれしてしまう。それが嫌で生み出した、ただ魔力を解き放つだけの凄く純粋な魔法とも言えないような技。
「それは……気にはなるけど、うちで使うことはないかな……」
「ですよね」
まぁ、普通に考えればそうだろう。
銀壊は威力を上げるのは簡単だが、一方で弱めることは非常に難しい。もし店内で使おうものなら店ごと吹っ飛ばしてしまうことだろう。
硬い岩石の掘削かモンスターへの脅しくらいしか使い道がない。
「料理はそこそこできるんだっけ?」
「自炊はしてましたので」
「ほう。じゃ、試しに……揚げ物とグリルチキン作ってみてよ。まだ、開店まで時間あるしさ」
「分かりました」
リア姉さんに促され、厨房に立つ。
とりあえず、揚げ物とグリルのやり方をどれほど分かっているか見ることで、私の腕前の確認といったところだろう。
確かに、酒場ならその手の工程のメニューが多いイメージがある。
そんなわけで、リア姉さんに言われた通り、ささっと二品ほど作ってみる。
定番中有の定番、フライドポテトとグリルチキンを。我ながら、それなりに上手く作れた自信があった。
しかし、
「うーん」
二品を食したリア姉さんのリアクションは微妙だった。
「イマイチでしたか?」
「なんというか、美味いんだけど……うちで出すにはちょっと薄味かなぁって」
あっ、そうだ。
ついつい、いつもの感覚で薄味に作ってしまった。
どうもまだまだ、老人だった頃の癖が抜けきっていないらしい。
私はもう老人ではないし、そもそもここは酒場。
酒のつまみとなると、味は濃いめくらいがちょうどよかったのだろう。
「すみません。いつもの癖で」
「いつもの? まぁいいや。器具使ったり、焼いたりとか、料理の腕自体は悪くない。これならいざって時は厨房にも入ってもらえそうだ」
皿洗いをしつつ、店主の……リア姉さんの料理が追いつかなくなったら、私も料理を手伝う。
接客は他のバイトの人がやってくれるそうなので、私に出番はない。
なんでもこの酒場には『看板娘』なる人物がいるそうで、私に接客仕事が回ってくることはないだろうとのこと。
「接客はねぇ……いやいや、グレイも悪くはないんだけどね」
「例の看板娘、ですか」
噂をすれば、そのバイトの看板娘なる人が酒場に入ってきた。
栗色の髪を伸ばした、愛らしさを感じる童顔の女性。
「すみません、リア姉! サフィア、ただいま戻りました!」
そう言い、敬礼のようなポーズと共に明るい笑みを向ける。
彼女の名前はサフィア、と言うそうだ。
「って、あれ? リア姐、その人は?」
「今日からバイトのグレイだ」
サフィアは軽やかなステップで私との距離をつめると、その手を両手で包むように握った。
「グレイ、よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします。サフィア先輩」
ここでのルールはまだわかっていないが、きっと先輩とつけるのが正しい……と思う。
「先輩かぁ……なんか照れるなぁ」
先輩と言われ、照れるサフィア先輩。
彼女の手を握った時の感触……右手のみ、指の付け根の皮が硬かった。
それに少し皮が剥け、荒れている。
ふむ。片手剣でも使うのだろうか。
などと、そんなことを考えているのは私だけではなかったようで、どうやら彼女も似たような疑問を感じていたらしい。
「あれ……」
私の手のひらをまじまじと観察するサフィア。
「私の手が何か?」
「いや、なんか不思議な手だなぁって」
不思議と言われ、私は自身の手のひらをあらためる。
不思議、か。なんとなく彼女の言いたいことは理解できた。
「私が剣を使うから分かるんだけどさ。剣って握ってると、手の皮が剥けて、付け根のとこが硬くなるんだよね」
「そうですね」
剣を握る者であれば誰しも体験したことがあるだろう。
「それでさ、グレイの手ってすごく鍛錬を積んだ剣士みたいな硬さなのに、信じられないくらい綺麗なんだなぁって」
指摘通り、私の手は少々不自然なことになっていた。
まるで何十年もの間、毎日剣を振り続けたような頑丈さでありながら、一方で剣なんてこれっぽっちも握ったことがないような、まっさらな綺麗さをしてる。
違和感を覚えるのも無理はない。
しかし、あまりそこを追及されるのは私としては好ましくはなかった。
だから話を逸らす。
「サフィア先輩は片手剣をお使いに?」
「うん! 私は片手に剣を、もう片方に盾を持って戦うスタイルなんだ」
なうほど。
左手にも多少の肌荒れや跡があったため、何かと思ったがそういうことか。
「うちのサフィアはこの酒場の看板娘でもあるが、D級冒険者でもあるんだ」
「D級……」
その言葉に、少しの違和感を覚える。
冒険者業をしながらバイトというのがどうにもしっくりこなかったからだ。
E級ならまだしも、D級なら自分一人食っていくのにそこまで困るとも思えない。
そういう意味で出た言葉だったのだが、どうやらサフィア先輩は私の意図とは違う意味で解釈したらしい。
「ま、まだ二十だから、これからだから!」
「別にそんなつもりで言ったんじゃないですよ。私なんてまだまだ、E級ですし」
「へぇ、グレイも冒険者なんだ」
冒険者……登録している以上、私も冒険者の末端ではあるのだろう。しかし、まだ登録してから一度たりとも依頼をこなしていない身で、そう自称するには少し抵抗があった。
「うーん、やむを得ず登録しただけというか。本格的にやるつもりはないんですけどね」
「えー、そうなんだ。ちょっと残念かも」
残念とは、またどこか引っかかる言い回しだ。
別に私が冒険者であろうがなかろうが、そんなに彼女とは関係のないことな気もするが。
「さっ、お二人さん! 話は終わってからだ。開店準備するぞ!」
そうだ。
私は話に来たわけではない。働きにきだのだ。
「「はい」」
私は酒場のバイトとして、開店の準備をするのだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
面白い!続きが気になる!と思ったら『ブックマーク』や下の『☆☆☆☆☆』で評価をしていただけると励みになります!




