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−02 あまりにも大きな代償

 ◆


 銀魔の剣鬼が死んだことは時間をかけ、大陸の各地へと伝わり、あちこちで話題となっていた。

 過去に救われた、世話になった経験のあるものは彼の死を深く悲しんだ。

 また、直接の関係はなくとも『極夜の宴』という伝説の冒険者全員が死去したことに、彼らが本当の意味で伝説の存在になってしまったことに、寂しさを覚える人々。

 多くの人の心に喪失感を残した銀魔の剣鬼の死は、しかしその一方で、抑圧されていた悪意を、闇を解き放つ狼煙にもなってしまった。

 彼の死を好機だと捉える人もまた、多かったということだ。

 極夜の宴が、そして銀魔の剣鬼が与えた影響は、想像以上に大きなものだった。


 銀魔の剣鬼の葬儀以降、大陸の各地で異常事態が発生していた。

 この国も例外でない。それどころか、他のどの国家よりも事態は酷かった。

 王国騎士団も、腕の立つ冒険者も、その多くが事態の対処に充てられている。

 

 そんな中、新たにクロト近辺である異変が起こっていた。

 クロト付近にB級ダンジョンがあるのだが、その近辺では数週間ほど前から人が行方不明になる事件が発生している。

 今の所、その犠牲者はたまたまダンジョン付近で依頼を遂行していたC級冒険者パーティーの四名と山菜を採りに来ていた男女の二人組。

 そしてそれを捜索しに向かったB級冒険者二名とC級冒険者三名だ。

 そして先日、いよいよA級冒険一人が所属するパーティーが行方不明となった。

 流石に看過できない事態が起こっていると判断した王国は冒険者ギルドと協力し、白金の騎士団に依頼を申請した。

 他の四つの新星たちはすでに異常の対処にあたっていたり、どこにいるのかその所在がつかめていなかったりで、白金の騎士団にしか頼れない状態だったのだ。

 しかし、


「どういうことだ!?」


 新星の一つ『銀蒼(ぎんそう)の大楯』をリーダーを務めるイリアは、テーブルを挟み向こう側に座るシエンを睨みつける。

 イリアはそのパーティー名の由来にもなった青い装飾の施された白銀の盾を扱う、青黒い髪色の女性でS級冒険者の一人である。


「そう怖い顔をするな。せっかくの美人が台無しだろ」


 シエンの言葉はお世辞ではなく、イリアは確かに整った顔立ちをしており、日々鍛錬と依頼に励んでいるためかスタイルもかなり良かった。

 鬼の形相をしている今でさえ、美しいと思える美貌。

 そんなシエンの空気を読まない場違いな発言にイリアはより怒りを強める。


「ふざけている場合か?」


 イリアの大真面目な反応に、シエンはつならなさそうに大きなため息をこぼした。


「シエン。今、クロトに向かえるのはお前たちしかいないんだ。だから頼む。この依頼を受けてくれ」


「はぁ……だから断るって言ってるだろ。だってほら、なにこの報酬? 王国一の冒険者を舐めているとしか思えないだろ?」


 テーブルの上に置かれた紙を、トントンと指で叩く。

 そこには依頼内容であるB級ダンジョンについてと、報酬に関する情報が記載されている。


「お前は報酬しか見ていないのか?」


「当たり前だろ。俺はこの国一番の冒険者だ。あいにくと、引く手数多でね。そんな俺に仕事を頼みたいなら、それ相応の額を積むのが当然だろう」


 シエンはそうは言うものの、依頼内容がB級のダンジョンの攻略であるわりにはかなり高い報酬だった。

 行方不明とそのダンジョンの関係性はまだ見えないが、もし、ダンジョンが原因だった場合にはA級相当も考えられうる。

 そのため、報酬はA級ダンジョンの攻略の依頼よりも少々高額に設定されていた。

 それでもなおシエンが頑なに依頼を受けないのは、その理由の一つにこの王都から離れたくないということが挙げられる。

 王都はこの国で最も栄える街なだけあって良い依頼主が多く、それでいて高級な宿や娯楽などの金の使い道も多い。

 それなのに、原因不明の十数人の行方不明者なんかために、王都を離れる長旅をするのは御免だ。仮にクロトに危機が迫っていようとも、そもそもシエンとはなんの関係もない。

 それに白金の騎士団には、今や依頼内容と釣り合わないような額の依頼料を払う太客が大勢いる。だからあいにくと、お金には困っていなかった。


「そんなの、A級でも送り込んでおけばいい話だ。前回は、一人だったからダメだっただけで、全員がA級ならいけるかもしれないだろ? それでダメなら他のS級で、それでもダメならその時に俺が……」


 イリアが木製の机が壊れんばかりの怪力で拳を叩きつける。


「お前! 人の命をなんだと思ってるんだ!」


 イリアは部屋の外にまで響くほどの怒声を放つ。すでにA級冒険者が一人亡くなっている状況下で、さらにA級を増やせば攻略できると言う考えはあまりにも甘すぎる。何より、それでダメでも次頑張れば、と言わんばかりの言葉に、イリアはひどく腹を立てていた。

 しかし、シエンは怯むことなく反論する。


「確かにA級冒険者は希少だが、それでも替えの効く人材だ。一方で俺は、白金の騎士団は替えが効かない。そんな俺たちの貴重な時間と、替えの効く冒険者の命。どっちが価値あるかくらいわかるだろう」


 あたかもそれが当然であるかのようにそう語るシエンの言葉に、イリアは耳を疑った。


「シエン……お前こそ、本当にわかっているのか?」


「おいおい、俺にトップの座を取られて悔しいのはわかるが、その苛立ちをぶつけないでくれないか? いい加減、鬱陶しいんだよ」


 シエンのその態度を見てイリアは気がつく。シエンは本気で心からそう思っていて、つまり、この場でのどんな説得も無意味であるということに。

 イリアの中にシエンが言うような感情は一欠片もありはしなかった。

 ただ純粋に、人々の身を案じての怒りだった。


「お前のスタンスは分かった。もうお前を説得しようとは思わない。今受けている依頼を終え次第、すぐに私がクロトのダンジョンに向かう」


「そうか。お忙しいな。『銀蒼の大楯』は」


「お前が動いてくれれば、少しは手が空くんだがな」


 それだけ言い、不機嫌さを隠すこともなく、大きな足音を立て部屋を出ていった。

 部屋の扉が壊れんばかりの勢いで閉じられる。


「はぁ……ほんと、理解できないな」


 再度、依頼書を見るが、一国の中でトップを競った冒険者パーティーが受けるような依頼には見えない。報酬はイマイチ。仮にダンジョンを攻略しても関係があるか否かは定かではないし、犠牲者もまだ多くはないため、あまり感謝されることもないだろう。

 それに、ただのB級ダンジョンの可能性だって大いにあるのが現状だ。

 そんなのをS級冒険者が、それも新星が受けて、遠くの街まで向かうなんて馬鹿げている。

 報酬の金額、得られる名声などの、様々な視点で見ても、やはり達成する恩恵があまりにも感じられない、というのがシエンの見解だった。


「さ。それじゃ、俺たちはフレイス伯爵の息子の誕生日パーティーの護衛でも受けるかな。ここで伯爵との繋がりを持っておけば役立つこともあるだろうし。報酬の割に楽だしな」


 シエンはテーブルに残された依頼書を丸め、ゴミ箱に投げ入れるのだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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