第38話 王としての審問
ジェラルド視点です。
『まだ陛下とお話しできる状態ではございません』
事件後、ジェラルドはマレナと話をしたかったのだが、彼女の侍女がそう言っていて、会うことは叶わなかった。
ようやく『マレナ様もお会いしたいそうです』と返事があって、今夜彼女が寝室にやって来ることになった。
夜の十一時にやってきたマレナは、松葉杖をついて痛々しい姿だった。ふっくらとした顔が嘘のように痩せこけ、小麦色の肌も暗くくすんで見える。
「そのような状態なら、私の方から出向けばよかったな」
ジェラルドはマレナを促し、ベッドに座らせた。
「いいえ。このお部屋に来たかったのは、わたくしの方ですから」
差し出される手は見ないフリをして、ジェラルドはイスの方に腰かけた。
「マレナ、アメリーを殺そうとしたことは覚えているのか?」
事件からひと月が経ったからといって、うやむやにしていいものではない。マレナとこうして直接話ができるようになった今、聞きたいことはいくらでもある。
彼女の方は甘い話でも期待していたのか、笑顔をかすかに強張らせて、かぶりを振った。
「わたくしには身に覚えのないことです。けれど、皆が口をそろえて、わたくしがそのような恐ろしいことをしたと言うのです……」
「ほう、覚えていないのか」
マレナはこくりと頷いた。
「いつものようにベッドに入って……目を覚ましたら、身体中が痛くて――」
マレナは語りながら、はらはらと涙を落とす。
「陛下、わたくしは怪我を負わされた被害者です。それでも罰を受けなければならないのでしょうか……!?」
涙ながらに訴えるマレナを見ても、ジェラルドの心が熱くなることはない。慰めてやりたいと思う気持ちすら湧いてこなかった。
寝室という場とはいえ、王として審問中なのだ。質問している相手は妻ではなく、殺人未遂事件の被疑者でしかない。彼女の発する言葉の一つ一つを吟味し、冷静に決断を下す必要がある。
「そなたが被害者だというのなら、加害者は誰だ? 誰に怪我を負わされた?」
「それは……わたくしには分かりません」と、マレナは力なく首を振った。
悪霊に身体を乗っ取られている間、人間の方は何をしているのか分からないものなのか。マレナの言葉を信じるのならば、そういうことになる。
「マレナ、もう一つ聞きたいことがある」
「……はい」
「事件の前日、アメリーに呪い殺されると騒ぎを起こしたことは覚えているか?」
「それは……覚えております」と、マレナはためらいがちに頷いた。
「アメリーをイーシャ族の末裔だと言ったことも?」
「はい……」
「そこはきちんと記憶があるのだな。それは誰から聞いた?」
「誰と聞かれましても……。わたくしは知っていただけですわ」
マレナは困ったような顔で、虚ろに目をさまよわせる。
「いつから? どうやって知った?」
マレナはますます困惑した様子で、そわそわと座り直している。
「それはアメリーの竪琴の音を聞けば、すぐに分かることでしょう?」
「ほう。ガルーディア人というのは、イーシャ族の竪琴の音色を聞き分けられるものなのか」
「当然ですわ」
「ならば、なぜアメリーが後宮に来た時に話さなかった? あの時すでにアメリーには、悪霊憑きの噂があった。私が毎週彼女の竪琴を聞いていたことを知っていたのに、なぜもっと早く警告しなかった?」
「それは――」
言葉を探すように口ごもるマレナは、どこか上の空になっているようにも見える。ジェラルドはその時、ようやく彼女が何に視線を向けているのかに気づいた。
ベッドの上に置かれた枕――正確にはその下に隠されている護身用の短剣だ。
『このお部屋に来たかったのは、わたくしの方ですから』
足の悪いマレナがわざわざここまで出向いた理由は――
ジェラルドが一番無防備になる『王の寝室』――ここに護衛はいない。特に妃と一緒の時は、ベルを鳴らさない限り、誰もこの部屋に近づかない。王の命を狙うなら、これ以上最適な場所はないだろう。
案内される妃たちは、当然武器を持ち込むことはできないが、この部屋には唯一の武器がある。しかし、このベッドで寝たことのないマレナが、その存在を知るはずはなかった。
マレナの手がさっと伸びた瞬間、ジェラルドはその手首を押さえつけた。
見上げてくるマレナの顔が憎しみに歪んでいる。明らかに彼女がジェラルドに向ける眼差しではない。殺意しか感じられなかった。
「お前はマレナではないな! アメリー、出てこい!」
ジェラルドがワードローブに向かって声を上げると、同時に扉がパッと開き、アメリーがひらりと部屋に飛び降りた。間髪を容れず、竪琴をかき鳴らし始める。
耳障りな音色――【交霊の調べ】とともに、男たちの合唱のような低い声がジェラルドの耳に響いてきた。
〈殺せ! 殺せ! こいつを殺せば、すべてが終わる!〉




