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竪琴の継承者 ~形だけの妃は冷酷王の子守唄係でいたい~  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中


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第27話 イーシャ族の末裔(前編)

アメリー視点です。

 何かする気にもなれず、アメリーはベッドの上でぼんやりと膝を抱えていた。


 ジェラルドが部屋を訪れたのは、あれから一時間ほどが経った頃だった。


「どうぞ」と声をかけると、アメリーがベッドから下りる間もなく、ジェラルドはつかつかと部屋に入って来る。そのまま倒れるようにベッドにうつぶせに転がるので、アメリーは驚きに目を丸くした。


「陛下、具合でも……?」


「疲れた」


 ジェラルドはひと言つぶやくと、ごろりと寝返りを打ち、まるで自分のベッドのように枕に頭を乗せて目を閉じた。


「あの、マレナ様とどのような話をされたのか、聞いてもよろしいでしょうか……?」


 ジェラルドが寝ている様子はないので、アメリーは恐る恐る声をかけてみた。


「そなたの竪琴は危険だから、後宮から追い出せと言っていた」


「陛下もわたしが竪琴で呪いをかけたと思っていらっしゃるのですか?」


「筋が通らない話にいちいち耳を傾けるほど、私は暇ではない」


「そうですか? 少なくとも陛下は、わたしが特異な能力を持っていることをご存じです。呪いをかけたと疑われても仕方ないことだと、思っておりましたけれど」


「私もそなたからすべてを聞いたわけではないからな。そなたがそういうことができたとしてもおかしくはないと思う」


「そうですよね……」


「マレナたちが言っていた。そなたはイーシャ族の末裔だと。それは本当なのか?」


 マレナの口からその言葉が出てきてしまった以上、隠しておくことはもうできない。


「それは間違いありません」と、アメリーは認めるしかなかった。


「すべてお話しいたします――」




 ***




 始まりはアメリーが生まれる遥か昔。どこまで本当なのかは、アメリーも知らない。ラウラもまた、その母親から口伝えで聞いた話だと言っていた。


 アメリーの先祖はガルーディア王国の南の外れ、砂漠の中のオアシスで暮らす少数民族、イーシャ族と呼ばれていた。


 イーシャの民は、竪琴、笛、リュートなど、それぞれで得意とする楽器はあるものの、誰しも音色に特別な力をこめることができた。悲しみ、苦しみ、時には肉体的な痛みを癒やすこともある。今で言う、医師のような役割を担っていた。


 その中でもごく一部の女性に限り、竪琴の音色を介して、死者の魂と言葉を交わすことができる者がいた。イーシャ族の中でも『異能持ち』と呼ばれる特別な存在だ。


 時代が下り、国の中では祖先の言葉を伝える儀式が神事として行われるようになっていった。イーシャ族の集落があるオアシスは『神域』と呼ばれ、王家もその存在を丁重に扱っていた。


 しかし、二百年ほど前、あまりに『死者の言葉』に傾倒し過ぎた王がいた。その王は若すぎたためか、国事の決定をすべて亡くなった『先王』にゆだねた。その若き王のもと、イーシャ族は特に優遇され、国王の相談役としてはべる異能持ちもいたという。


 しかし、宰相を始めとする諸侯たちが、それを良しとしなかった。


「陛下は先王の言葉だと思い込まされている」

「イーシャ族は自分たちが権力を持つために、陛下を操っている」


 そんな流言が飛び交うようになっていった。やがて噂は噂を呼び、話が飛躍していくのも時間の問題だった。


「イーシャ族の竪琴の音は人を狂わせる」

「竪琴の音を聞いてはならない。呪い殺される」


 イーシャ族は畏怖いふされる神的存在から、国を混乱させる危険人物におとしめられ、ついには一族殲滅(せんめつ)の王命が下された。


 異能持ちに限らず、男も女も子どもも、皆殺された。それでも神から授かった力は継承しなければならないと、混乱のさなか、異能持ちの少女たちがほんのわずかだが国外に逃がされた。必ず女の子を産み、その力を継承する使命を与えられて。


 アメリーはその末裔の一人として生まれた。


 竪琴の継承者として異能の力を発現したからには、イーシャ族の誇りを後世に伝えなければならない。人の心を音楽で慰め、癒やし、助ける民であることを。そして、人を傷つけるために、音楽を奏でてはならないことを。それはこの力を授けた神への冒涜ぼうとくになる。


 イーシャ族は一族滅亡の危機においても、異能をもって国に対抗しようとはしなかった。一族の誇りを守り、死ぬことを選んだ民だった。そんな祖先たちの命の重みを背負って生きて行くのも、竪琴の継承者の義務になる。


 過去と同じ過ちを繰り返さないように、この異能の力は口外しない。秘密を打ち明けるのは、女児をもうけてくれる伴侶のみ。長い年月、こうして異能はひっそりと受け継がれてきた。


 しかし、この妃という立場では、所詮しょせん隠し通すことは無理だったのだ。




 ***




「なるほど」


 アメリーの長い話を聞き終わったジェラルドは、小さくそうつぶやいただけだった。その顔には同情もあわれみも、嫌悪も浮かんでいない。いつもと変わらない無表情にも見える。


 アメリーの方は語っている間中、緊張から全身に冷や汗をかいていた。


 継承者たちが守り続けてきた秘密を、いまだ形だけの伴侶でしかないジェラルドに語って聞かせていたのだ。実際、伴侶にすら明かすことなく死んでいった継承者もいたと聞く。この異能を授けた神や、代々の継承者たちへの裏切り行為のように思えた。


 こうして話さざるを得なかったが、せめてひと言ラウラに相談してからの方がよかったのではないか。アメリーの視界に竪琴が入ってくるたびに、気になっていた。


 もっともラウラに聞いたところで、形だけの伴侶でなくなればいいと、『この場で押し倒せ』と言われるだけだと思うが。


(二人でベッドの上にいるわけだし……)


「陛下、イーシャ族の末裔、竪琴の継承者の名にかけて、わたしが人を呪うことはないと誓います」


 これだけは理解してもらわないと、とアメリーは真剣に訴えた。


(たとえそれができたとしても――)

後編に続きます≫≫≫

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