第20話 日曜のお召し(前編)
「おはようございます」というディオンの声で、ジェラルドはまた寝過ぎたことを知った。
ため息をつきながら身体を起こして、ディオンが渡してくる服に着替え始める。
「昨夜は何かおありでしたか?」
「またどこかから変な話を拾ってきたのか?」
「この部屋からいつもと違うおかしな音が聞こえてきたとか、アメリー妃が零時を回る前に部屋を出て来られたとか。近衛騎士たちから聞きまして」
言われて、ジェラルドの頭も覚めた。
昨夜はアメリーに悪霊を取り除いてもらっていたのだ。
五分などわずかな時間だと思っていたのに、耳をつんざく叫びが永遠に続くような気がした。耳をふさいでも、直接頭に響いてくる。脳を握りつぶされて、かき回されるような不快感に、わめき声を上げたくて仕方がなかった。拷問と言っても過言ではない。
どれだけの醜態をさらしたのかと思うと、次にアメリーと顔を合わせるのが恥ずかしくなるほどだ。とはいえ、結果は気になるので、会わずにはいられない。
「別にケンカをしたとか、そういう話ではないからな」
「違うのですか?」
ディオンは意外そうに眉を上げて、ニコニコ顔を消した。
「それほど驚くことか。早めに寝ただけだ。それより、今夜もう一度アメリーを呼んでくれ」
「おや」と、ディオンの糸目が開かれて、さらに驚いた表情に変わる。
「そこに変な意味はない。夕食後の一時間、空けておいてくれ」
変な勘違いをされないように、ジェラルドはしっかり言い足しておいた。
「それくらいでしたら、ご一緒に夕食を召し上がればよろしいのに」
「また後宮が騒ぎになるのは、ご免だからな」
「もう遅いと思いますが」というディオンの言葉は、聞こえないフリをしておいた。
目下の優先事項は、悪霊を取り除くこと。自分の命に関わると思えば、後宮の騒ぎなど些細なことのような気がした。
***
アメリーはまさか昨日の今日でジェラルドに呼ばれるとは思わず、昼食を運びながら伝えに来たサラに聞き返していた。
「今夜? しかも、八時に執務室?」
「わたしも十一時の間違いではないかと何度も確認したのですが、八時だそうです」
(話をするだけで、そのまま寝るつもりはないということかしらね)
アメリーはそんなことを考えながら、食事の準備が終わるのを待っていた。
ふと、サラが妙に機嫌の良さそうな笑みを浮かべていることに気づく。
「どうしたの?」
「あ、いえ、陛下のアメリー様へのご寵愛もいよいよ本物になってきたと思いましたら、なんだかうれしくて」
サラは慌てたように言って、キリッと表情を整える。
「それは……まったくの勘違いだと思うわ」
「そのようなことはございません!」と、サラは怖いくらいに真剣な顔で見つめてきた。
「初めてなのですよ、陛下が日曜にお妃様をお召しになるのは。しかも八時です。日曜ですし、陛下も早めにお休みになられるのでしょう。アメリー様とゆっくり過ごされたいということではございませんか」
それが本当ならば、ラウラも喜んだことだろうが、あいにくそんな甘い話ではない。
アメリーは『違う』と言いたいところだったが、事情が事情だけに話すわけにもいかない。
「そうだといいわね」と、アメリーはあやふやに笑って適当な返事をしておいた。
呼ばれた時間が八時というのは間違いなく、アメリーが支度をして後宮の入口まで降りていけば、いつもの近衛騎士二人が待っていた。
連れられて行った先は、王の寝室の隣。ジェラルドの執務室に入るのは初めてだ。
ノックの返事があってから、扉が開かれるのは変わらない。
「ごきげんよう、陛下」と、アメリーが中に入って挨拶をしている間に、扉は静かに閉められた。
そこは寝室の倍はある広い部屋だった。左手には寝室につながる扉が一つ。壁には書棚がぎっしり並べられていて、大きなデスクは山のような書類と本で覆われていた。
「急に呼び出してすまない」
ジェラルドはデスクの上に積まれた本の向こうから顔を覗かせた。
「いえ、わたしはいくらでも時間がありますから、どうかお気になさらずに」
ソファを勧められてアメリーが腰を下ろすと、ジェラルドもデスクの向こうから出てきて、その向かいに座った。
「今夜は……竪琴を持ってきていないのだな」
「持ってきた方がよろしかったでしょうか?」
「あ、いや……仕事があるから、あまりゆっくりはしていられないのだ」
ジェラルドがわざとらしい咳払いをするので、アメリーは内心『しまった』と頭を抱えた。
どうやらサラが言っていた通り、今夜は早めに休もうとしていたらしい。特に昨夜はジェラルドもいつになく疲れたはず。その疲労がまだ残っていてもおかしくはなかった。
アメリーと一緒にベッドで過ごすという内容とは違うものの、有能な女官の言葉はきちんと聞いておいた方がよかったと悔やまれる。
「よろしければ、取りに戻りますが……?」
アメリーはおずおずと提案してみたが、「必要ない」と断られた。
「そう、昨夜の話だ。あのまま寝てしまったので、どうなったのか気になっていた」
ジェラルドに期待を込めた目で見つめられて、アメリーは『良ろしくない結果』を言い出しづらくなってしまった。
「大変申し上げにくいのですが――」
そのひと言で、ジェラルドは力が抜けたように肩を落とした。
「駄目だったのか?」
「ほんの五体ほどは天に送れました。ただ、もともと数が多い上、何年も陛下に憑いていた魂たちですから、あれだけの短時間ですべてというわけにはいかず――」
「私はまだ呪われたままだと」
「はい」と、アメリーはうなずいた。
「それで、陛下に伺おうと思っていたのです。またあの苦痛に耐えてまで、イザベル様のお声をお聞きになりたいでしょうか」
「その可能性はまだあるのか?」
「もちろんです。回数を重ねていけば、悪霊の数を徐々に減らせます。数が減ってくれば、陛下の苦痛も減るので、時間を少しずつ伸ばしていくことも可能です。竪琴を弾く時間が長くなるほど、天に送りやすくなりますので」
「そうか……」
昨夜の一回でよほど懲りたのか、ジェラルドは険しい顔で黙ってしまった。
「もう一つ、陛下に負担をかけない方法もあるのですが――」




