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神狼の魔女と不死の魔王   作者: 抹茶ちゃもも
五章 過去からの呼び声
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もう一回、やり直しさせてください

静寂に包まれた室内には、かすかに揺れる灯火と、遠くから届く風の音だけが微かに響いていた。重厚な木造の建物には深みのある装飾が施され、部屋の隅に置かれた精巧な硝子細工の灯具が、ほのかな光を柔らかく投げかけている。窓の外には深い森が広がり、木々の葉が月明かりに照らされて鈍く煌めき、風がそっと枝葉を揺らしていた。


この場所には、雪は降らないようだ。


ぼんやりと、そんなことを思った。自分の屋敷からは、きっとずいぶんと遠く離れているのだろう。


「……レオン様。」


普段使いの品にこそ、手間も費用も惜しむべきではない。それが私の考え方で、自宅に備えた寝具やシーツも決して粗末なものではないはずだった。けれど、他人をもてなすために設えられた施設の品々というものは、やはり一線を画していた。


肌ざわりの良い上質な亜麻布のシーツが素肌に触れる感触は、確かに心地よい。ふわりと沈み込む寝具は、昨日の疲れの余韻さえも吸い取ってくれるかのようだった。


だが、その柔らかな感触が、忘れたかった記憶を呼び起こしてしまった。


かつて神殿で、玩具として扱われていた頃に着せられていた衣装。その布の感触に、あまりにも似ていたのだ。


震えてしまった声で彼の名を呼んでしまったのは、きっとそのせいだった。自分の声に戸惑いながら彼を見上げたとき、私の瞳はおそらく、隠しきれない不安を灯していたと思う。


彼も、それを察してくれたのだろう。口元にふっと、小さな微笑を浮かべながら言った。


「ここまで来て言うのも何だが……無理はしなくていい。怖いなら、今夜は一緒にいるだけで構わない。お前が眠りに落ちるまで、こうして抱きしめさせてくれるだけでも、十分だ。」


……昨晩、あの教団の赤髪の司祭に囚われ、無様な姿を晒してしまった。それに、私自身かなり取り乱しもした。彼にしてみれば、私はまだ癒えぬ傷跡に怯え、震えているのだと感じたのだろう。だからこそ、こうして言葉を選んでくれている。


そして、実際のところ、今もこうして不安に身を震わせているのだから、それは確かに正しい。


「……正直に言えば、怖気づいております。それに、それ以上に……。」


今、私たちは同じベッドの上に並び、何も身に着けず腰を下ろしている。私はシーツを手繰り寄せて身を包んでいるが、彼はその全てを、平然と曝け出していた。


ほどよく鍛えられた、引き締まった体躯。何度も私を抱いてきた腕、肩、鎖骨、そして胸元。まるで芸術品のように精巧で、彼自身が持つ色気も相まって、目を奪われてしまうのは仕方のないことだった。


それに比べて、私のこの貧相な身体を思うと……引け目と羞恥がないまぜになった感情が、行為への恐怖と同じくらい胸の内を渦巻いていた。


「……仮にも魔女が、自分の身体にコンプレックスに感じるくらいなら解消する手段を、とは思うかもしれません。ですが私の体質は少し特殊でして、姿形を変える類の魔法は、一切受け付けないのです。せめて、その一点だけでも何とかなれば良かったのですが……。」


過去に何度となく彼に対して告げた言葉だ。今さら口にしても仕方のないことだとわかってはいた。それでも、ふと心の底から零れてしまった言葉に、自分でも気づかぬうちに俯いていた。……そのとき。


不意に、彼の手が私の顎をそっとすくい上げ、視線を絡めてくる。


「……人の姿形がどうあろうと、その者の精神は、自然とその外見ににじみ出るものだ。俺が惚れた魔女は、そんなふうに卑屈に背を丸めるような女じゃない。他人が何を言おうと、どう見ようと、そんなことは俺には関係ない。俺にとって大事なのは、お前だ。お前でなければ意味がない。」


「今さら」なのは、こちらも同じだ。そう言わんばかりに、まっすぐに告げられたその言葉は、少しも揺らがず、金色の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。


その表情は、あいかわらず自信に満ちていて……私とは正反対の、どこまでも強い色を湛えていた。ほんの少し、呆れの気配を滲ませながらも。


「ですが……さすがに、このような……。」


こんな、子供にしか見えない姿では。


ここに至ってなお言い訳めいた言葉を、それでもみっともなく続けようとしてしまった私の心を見透かすように、彼が遮るように言葉を差し込んできた。


「お前にも、“こうあってほしい”と感じる理想の男の姿くらいは心の中にひとつやふたつあるだろう?仮に、俺がその通りに姿を変えてみせたら、お前は満足するのか?」


「……っ……!」


その問いは、あまりにも単純な理屈だったけれど。


だからこそ、頭の奥を強く揺さぶられるような衝撃を感じた。


確かに彼の容姿は整っていて、誰が見ても文句のつけようがない。けれど、私が彼に惹かれた理由は、決してそこではなかったはずだ。


もし私が「好みの見た目」に変えてほしいなどと要求して、それで彼が応えたとして、それで満足するような浅ましい女が、どの面下げて、彼の隣に立てるというのか。


結局、私の愚痴は、そういう失礼で浅はかな提案にすぎなかった。


つまりは、そういうことなのだ。


「……元が、町中で淑女たちの目を引くような、美麗な容姿をしている貴方様と……このようなちんくしゃな私とでは、それは、あまりにも不公平な話でしょう?」


甘えるようにそっと身を寄せつつも、最後に意地悪な一言を忍ばせる。


それくらいは、許される。そんなふうに、思えたから。


彼も、それくらいは察してくれたのだろう。身を寄せた私の黒髪に、そっと指を滑らせる。普段はきちんと編んである髪も、今はほどかれている。だが、編み癖はまだ残っていて、それを整えるように、彼の長くしなやかな指が、何度も優しく私の髪を梳いていく。


「……そういえば、もう陽が落ちて久しいな。今日の日暮れまでには聞けるはずだった、お前の“正式な返事”は、どうなった?」


言葉などなくても、すでに気持ちは通じ合っている。お互い、それは分かりきっていることだ。けれど、これは儀式のようなもの。形にして確認する、ただそれだけのこと。


今日はここに至るまで、何かと慌ただしく、ようやく落ち着けたのはほんの少し前だった。彼は、それを見計らっていたのだろう。「そろそろいいか」とでも言うような、絶妙な間合いで。


彼の瞳には、わずかに茶化すような色が宿っていた。それでも、どこか真剣で。私の口から直接、言葉として気持ちを聞きたい……そんな悪戯めいた期待が、真っすぐに注がれていた。


告げるつもりだった想いを、いざ言葉にするとなると、やはり少し気恥ずかしい。たとえ今こうして互いに肌を重ね、今夜は褥を共にすると分かっていようとも、その照れは消えないのだった。


「そういえば先ほど、お前は俺の容姿を褒め、自分を卑下していたが、そんな必要はないだろう。マルメロも、サクラも、クリスも……それに、うちの従者たちまで、お前のことは“可愛い”“可愛い”と口を揃えて絶賛しているじゃないか。」


このタイミングで彼が、あえてこんな露骨な冗談を口にしたのは、きっと私の緊張に気づいてのことだったのだろう。悪戯っぽい、どこか少年のような笑みを無邪気に浮かべ、試すように視線を絡めてくる。


……そんな態度を取られては、私としては。


「レオン様なんて、……嫌いです。」


小さく不貞腐れたように呟いてみせるしかなく、彼は堪えきれないといった様子で、口元を手で覆いながら、くつくつと愉しげに笑っていた。


「それが、お前の正式な返事ということで良いのか?」


冗談も、茶番も嫌いではない。けれど、そろそろだろう。


そんな意味を込めた微笑を浮かべながら、レオン様の視線は変わらず、まっすぐに私の顔を見つめ続けていた。


ふう、と一つ、深い溜息を吐いてから。ようやく、私も腹を括った。ようやく、覚悟を決めたのだ。その“つもり”には、なった。


「……昨晩は神狼様と、義理の息子だ、義理の父だなどと戯れておりましたが、その先の未来までを約束するのは、正直申し上げて……保障はしかねます。」


一言一言、言葉を紡ぎながら、また小さく溜息をつく。


けれど私の返事がそれだけではないことを、彼は知っている。だから何も言わず、ただ小さな微笑みを浮かべたまま、私の続きを静かに待っていた。


「私が確実に約束できるのは……今、この時までです。明日以降のことなど、誰にもわかりません。けれど、それでもよろしければ。」


ここまで来てもなお、どこか保身を捨てきれない自分が、情けない。


でも、ここまで前置きしてしまったのなら、もう逃げ道はない。私は再び溜息を吐き、そっと俯いた。


きっとまた、情けない顔をしているのだろう。それでも、最後の一歩を踏み出すために、私は顔を上げた。


もう、余白はいらない。


言ってしまえば、それで終わる。言ってしまえば、すべてが始まる。だから。


(躊躇うな。言い切れ。“好き”と。それを告げるだけでいいから……!)


そう決意を込め、深呼吸をひとつ……そして。




「すー……ひゅ、ひっ……!」




……盛大に噛んだ。


呼吸も詰まり、声は裏返り、見事なまでに情けない音が口から飛び出した。


レオン様は一瞬、固まった。けれど、すぐに目元が緩み、あっという間に肩を震わせはじめる。


大口を開けて笑い出しそうになるのを、慌てて口元を手で押さえて、俯いたまま、ひくひくと全身で笑いを堪えていた。


……いっそ、思い切り笑ってくれた方が、どれほど楽だったろう。


羞恥と情けなさに、顔が真っ赤になっていくのを感じながら。


私はもう、動くこともできずに、ただただ固まっていた。




それでも、失態の責任は自分にある。ここで彼に甘えるわけにはいかない。


けれど、何を言っても噛みそうで、失敗しそうで、私は視線を逸らせたまま、そっと右手の人差し指を一本だけ立ててみせた。


「もう一回、やり直しさせてください」という、黙ったままの懇願。


彼の反応は……抑えきれないような、くつくつとした笑い。だが、ゆっくりと伸びてきた腕が、私の身体をふわりと抱き寄せる。広く、あたたかい胸に、そっと包み込まれた。


彼の、楽しげな笑み交じりの吐息が、髪にかかるほど近くに落ちてくる。その熱に、体温に、私は何も返せないまま、ただ固まっていた。やがて彼の笑いも静まり、少しの沈黙のあとに。


「返事はな、言葉でなくとも俺は構わんのだぞ?」


そう囁いて、彼は私の顎にそっと指を添え、ゆっくりと上を向かせる。


そのまなざしには、ただ、静かにまっすぐに、私の想いを受け止める覚悟だけが、そこにあった。


その体勢のまま、彼は動かず、ただ私を見つめるばかり。


……もしも私の唇を奪うつもりなら、とうにそうしているはずだ。


そのことに気づいた瞬間、胸が跳ねた。


揶揄い半分なのはあると思う。けれどそれでも、彼は私の失敗を、こうして優しく拾い上げてくれた。


であれば、もう私に逃げ道はない。今度こそ、覚悟を決めなければならなかった。


何も言わず、そっと目を閉じる。彼の鎖骨のあたりに、無意識に指を躍らせながら。


気恥ずかしさはあった。けれど、言葉を紡ぐよりもいくらか、今の私には有難い気がしていた。


ゆっくりと首を伸ばすと、彼の方からもそっと唇を寄せてくれて、私は自らの意志で、それに触れた。


一瞬、軽く触れるだけだったが、それでも……ふっと、私の中の何かが、ほどけたような気がした。


「……好き、です。レオン様。」


口づけを終えたあと、詰まることもなく、自然とその言葉が、私の口から零れていた。


「俺もだ、愛している。先の事はわからないとお前は言うが、俺はそのつもりはないからな。」


レオン様は、微塵の照れもなく、眼前の私に向かい唇からその言葉を漏らして、ふう、とひとつ深く息を吐いた。


それから、互いの呼気が届かない程度に少し距離を取って、私の瞳を覗き込む。


「……だが、それはそれとしてだ。どうしてもお前に無理はさせなくないから、くどいとは自分で思うが今一度検める、……俺に抱かれる事自体、怖くはないか?」


この期に及んでと思える問いに、私は少しだけ目を見開いた。


彼のまなざしは、ただ優しいだけではない。こちらの心を測るように、どこか探るような、真剣な色を帯びていた。


「返事はもらった。それだけでも、俺としては今宵は満足している。今の幸せな気持ちを台無しにしたくはない。この先を蛇足にすることだけは避けたい。」


その言葉に、私は言葉を詰まらせた。


確かに、私が身を汚されたのは昨日の今日、行為自体へのためらいを彼が心配してくれる理由はわかる。それを承知で、今二人でこの場に居るとしてもだ。


それに、改めてそう問われると、私にもどれだけ覚悟を決めたつもりでも、今でも胸の奥に残る緊張がある。


だから、つい、ぽろりと本音が零れた。


「……正直に言えば、怖い気持ちは、まだあります。……だから、いっそ……四の五の言わずに襲ってくれた方が、私としては……楽、といいますか……その……。受け身であれば考えずに済むといいますか……。」


頬を赤らめ、横目に視線を逃がしながら言ってしまった直後、自分の口が信じられなかった。


あわてて言葉を取り繕おうとする前に、レオン様の表情が一変していた。


「……魔女。それが計算ずくの台詞なら、たいしたものだがな。」


彼の声は低く、熱を帯びていた。


一瞬、間を置いてから、獣のように笑った。


「もしも、それが無自覚であったなら……自分を怨め。俺はもう、辛抱がきかん。お前のそんな顔をみせられてはな。」


言葉の最後と同時に、彼の身体が覆いかぶさってくる。


目の前に落ちてくる影。その瞬間、私は息を呑んだ。


熱を帯びた視線が、私のすべてを捉えて離さない。心が焼き尽くされそうなほどの熱が迫ってくる。


私の身体はもう逃げられそうもない。けれど、その状況に対する安心感を感じたのも確かで。


レオン様の腕の中なら、きっと、すべてを委ねてもいいと……そう思えたから。










・・・・・・・・・










……同時刻。


神狼の聖域にある魔女の邸宅も、夜が更ければ、さすがに空気に肌寒さが混じる時刻となっていた。


空を見上げれば、澄んだ夜空に月が冴え冴えと浮かび、その柔らかな銀の光が静寂な庭を照らしている。


邸宅の庭に植えられているのは、装飾や彩りよりも薬効を目的とした植物ばかり。色彩に乏しく地味ではあるが、夜露を纏って月光を反射するその姿は、かえって幻想的で、この屋敷の主が魔女である、そのらしさを物語っていた。


その、邸宅の中。


カーテン越しに射し込む月明かりと、室内に灯されたランプのやわらかな明かりが溶け合い、木目の床や調度品に温もりある陰影を落とす。


一階の居間では、留守を預かる面々の一部が円卓を囲んではいるが時刻が時刻、暖かく湯気を立てるノンカフェインの茶を前に思い思いの姿勢でくつろいでいた。


マルメロはお気に入りのクッションに沈み込んだまま、揺れるカップを片手に、どこか遠くを眺めるような視線でぼやいた。


「はー、主様たち。うまくいってるといいですけどねー。」


その気の抜けた言葉に、まず返したのはアリスだった。金の髪を指で弄びながら、穏やかに、けれどどこか確信めいた口調で応える。


「まぁ、うちの坊やは無駄に女慣れしてるから、泣かせてはないとは思うけどね。」


続けて、窓辺に座っていたチェシャが、しっぽを気まぐれに揺らしながら、あっけらかんと笑いながら続いた。


「魔女ちゃん、常識ある人だと思ってたけど、ああいう方面はてんでボケてんのにゃ。」


そのやり取りに、遅れて居間に入ってきたサクラが口を挟んだ。クリスを寝かしつけてきたばかりの彼女は、背筋を伸ばしつつも、どこか呆れたような声音だった。


「……まぁ、一度もそういう経験がないと言っていましたしね。」


居間の空気には、どこか温かな余韻が漂っていた。。










・・・・・・・・・。










昨晩、貴族街を騒然とさせた救出劇から一夜が明けた魔女の邸宅ではようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


緊張と疲労の余韻を背負った面々は、一旦それぞれの部屋に戻って身体を休め、午後の柔らかな陽射しが差し込むころ、再び居間に集まっていた。


屋敷の空気は穏やかだったが、その内側に漂う期待と緊張の温度は、どこか独特なものを孕んでいた。


魔女が、その日の日暮れ頃に魔王に恋心の返事を告げる。その話は顛末の結果として、屋敷の中では周知の事実となっていたのだから無理もない。


だが、肝心の当人である魔女はというと、午後を通してまるで動きが見られず、時が過ぎていくばかり。


やがて夕食の支度が始まろうかという頃合いになって、ようやく彼女は、あくまでいつも調子で言い放った。


「晩の食卓の折にでも、伝えようと思います」


その瞬間、当然ながら居間にいた面々から一斉に盛大なツッコミが飛び交った。正気か、とまで口にする者までいた始末だ。


居合わせたほとんどの者から、揃って盛大な突っ込みが入ったのだった。


「もしそういう関係になるのであれば、互いに家族があるのですから、皆にも周知するべき話ではないのですか。」


その主張に対しては、マルメロとクリスを筆頭に、皆が口々に諭すように言った。


『そういう話はまず、二人だけで決着をつけてから。周囲への報告は、その結果を受けてからでも遅くはない』と。


説得に困惑した魔女は、目をぱちくり、白黒とさせるばかり。


一方で魔王はというと、額に手を当てて天を仰ぎ、ただ深々と嘆息を吐くしかなかった。


周囲の者たちはというと、呆れ半分、微笑み半分で彼らを眺めていたが、事の本質がどうやら“魔女は本気でそれが正しいと思っていた”という点にあると判明すると、その場はさらに妙な空気に包まれることとなった。


そんな中、チェシャが尻尾をくねらせながら、遠慮のない提案を放つ。


「あーもう、おっさん、どうせあわよくばと魔女ちゃん連れ込む算段してる場所のひとつやふたつあるにゃ?もう拉致っていいから魔女ちゃん今から連れてくにゃ、今晩は帰ってこなくていいにゃっていうか、帰ってくんにゃ。」


その大胆な発言に対して、沈黙する者こそいれど、明確に反対する者はいなかった。


最終的には、魔王自身が「そうする他あるまい」と魔女をひょいと抱き上げ、そのまま邸を後にすることとなった。


頭上にはてなマークを浮かべたまま抱きかかえられる魔女に、何が起きているのか理解できていない様子が見て取れたが。




その後の出来事は、もはや二人だけの物語。










・・・・・・・・・










夜が更け、屋敷の灯もひとつ、またひとつと落ちてゆく。


まだ湯気の残るティーカップを手に、マルメロがクッションに身を預けながらぽつりと呟いた。


「まぁ、主様が幸せならば、それでよいのですが」


昨晩の疲れもあってか、彼女のまぶたは徐々に重くなり、声もどこか夢の中に滑り込むように柔らかだった。


それでも、居合わせた者たちは彼女の言葉に静かに頷き、茶の香りが静かに漂う中、穏やかな空気が居間を包む。


マルメロは、くるくるとカップを回していた。


それは、誰かの幸せを願う、ささやかなおまじない。


誰に向けたものか、それを言葉にする者はなく。


ただ、ゆっくりと、静かに。夜は更けていった。

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