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神狼の魔女と不死の魔王   作者: 抹茶ちゃもも
四章 魔女はその感情の名前を知らない
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お前はそういう女だったな、この狂犬が


「はっ……くっ、まだ、まだぁ!!」


「その力任せの一本調子はいい加減にしろ、太刀筋が正直すぎる。まぁ、お前らしいといえばらしいが、俺から一本取りたいなら、もう少し頭を使え。」




アリス様に手を引かれ、向かったのは屋敷の庭に備えてある東屋。外でお茶をするときは定番の場所だが、近づくにつれて何かと賑やかな声と物音も耳に届いてきた。


東屋から少し離れた場所で、練習用の刃を潰した刀を手にした魔王様に肩で息をしながら対峙していたのはサクラ。


その光景を見守るように、東屋にはマルメロとクリスが居た。


魔王様が今日は家にいることすら気づいていなかったので、最近、私の注意力が散漫になってきていることを実感する。


確か今日はサクラがクリスの剣の練習を指導するはずだったが、どうやらそこに魔王様が加わったようだ。クリスは運動用のキュロットを穿いて、マルメロにタオルで汗を拭われているところだったから、すでに練習を終えたばかりだろう。まだ剣を始めたばかりのクリスでは、あの二人に混ざるのは難しいだろうし。




「サクラ、根の詰めすぎも考え物よ、そろそろ休憩にしましょう?」




その場に割って入るように、アリス様が菓子の入った手提げ籠を掲げながら微笑んで一言。私に気づくと、二人は構えを解いた。


サクラは姿勢を正してから一礼し、魔王様は額の汗を指で払いながら小さく笑みを浮かべてきた。


「……アリスがそう言うなら仕方ないですね。レオン様、次は必ず貴方に私の牙を届かせますので、どうかお覚悟を。」


サクラとアリス様が呼び捨てで名前を呼び合うなんて、いつの間にか距離が縮まったようだ。


それはそうと、サクラに少し睨まれながらそう告げられた本人はやれやれ、と演技めかせて肩を窄ませてから、視線を私に向けてきた。


「レオン様、サクラはいかがですか?」


私も軽く笑みを返しながら、足をサクラの方へ向けて何気なく聞いてみた。先にこちらから言葉を放つことで、けん制も込めて。


「誰かさんにそっくりだよ、猪突猛進はお前の指導が原因か?」


「サクラが師事したのはルーナですよ。まあ私もルーナと神狼様に師事しましたから、根本はそこです。」


答えながら、サクラが手にしていた練習用の刀に手を伸ばすと、察したのかそれを手渡してくれたので受け取る。


そうしてから、挑発的な笑みをわざと浮かべて魔王様へと視線を送った。


「剣も使えるのか?」


サクラを下がらせて、受け取った得物の先を魔王様に向けると、魔王様も得物を軽く構え直した。どうやら、私がしたいことを理解してくれたようだ。


「試してごらんになりますか?……先ほどアリス様に、貴方様の横っつらを叩いてやれと煽られましたし、それもさぞ心地よいかと私も思いましたので。」


にっこりと笑いながら答えた私の言葉に、魔王様は一瞬アリス様に視線を送るが、彼女は悪びれた様子もなく、優雅に笑みを浮かべた。それから、サクラの方へと足を進める。


「さてさて、お二人を御茶請けにでもしながら、私たちはお茶に致しましょう。」


取り出したハンカチをサクラに手渡し、冗談交じりに振り返ったアリス様が、私にウィンクを送ってきた。


「ああ、そうだ。」


そのままサクラを伴って、マルメロとクリスの輪に加わるかと思いきや、アリス様がわざとらしく声を上げ、ぱんと手を打った。再び魔王様に向き直り、悪戯めかした笑いを浮かべた。


「過日と違い、今度こそ魔女様を腕一つで打ちのめすことができれば、魔女様の心も貴方様になびくやもしれませんよ?一晩の相手くらいは、その気になっていただけるかもしれません。」


その言葉にほう、と色めきたったような、大変解りやすい反応をした魔王様を尻目に、私はため息を一つ零してしまった。


「あの、アリス様。」


「女同士の内緒話をひけらかしたのはご容赦の程を。」


悪戯めかして笑う彼女には、違うそうじゃない、と。目線をクリスに向けてから、抗議のつもりで小さく睨みつけた。まだ幼い妹の前でそういう話題は避けてください、と。


アリス様は目を泳がせながら口元を手で隠し、私の意図を理解したようだ。それなら良い。頭を軽く下げ、サクラと共に東屋へ足を向ける二人を見送った。




「アリスの戯言はともかく、そうだな、俺としてもリベンジの機会を貰えるならそれは喜ばしい。そこに成功報酬が乗るとなればなおさらだ。」


「殺し合いではないですから、今回はお互い剣のみ、それでよろしいですか?」


「それで構わんが、体調の方はもういいのか?万全でないお前に勝ったとして意味がないからな。」




魔王様の様子は随分と前のめりだが、そこは気にしてくれるらしい。私は小さく微笑みながら一つ頷いて、それから剣を両手に握り、構えた。




「大丈夫です、ここ一か月ほど随分のんびりさせていただきましたから、ここらで鈍った身体をほぐす意味もあります。」


ぶんと一度、得物を素振りしてから、右足に体重を乗せて構える。それを見て、魔王様も上段に剣を振り上げた構えを取る。




「それでは、参ります。」




土を蹴り、今回もこちらから先に仕掛けた。









・・・・・・・・・










「レオン様、だ、大丈夫……ですか?」


「痛ぁああっ……!!」


私の手によって何度か地面に転がされた魔王様が、さすがに心配になったのか、クリスが彼の元へ駆け寄ってきた。


接近戦なら私にはかなわないと判断したからこそ、過去に徹底的な遠距離戦を仕掛けてきたのは彼だ。接近戦限定で組み合えば、こうもなるだろう。


実際、この一か月の鬱憤を全てぶつけるつもりで身体のあちらこちらに一撃を叩き込んだ結果、さすがの彼も土の上を転がる羽目になった。


マルメロはなんだか諦めたような色もある笑顔、サクラは私に歓声をあげて上機嫌、アリス様はこの光景をにこにこ顔で眺めるばかりだったから、まぁ、クリスくらいは心配してあげても良いだろう。うんうん、私の妹は大変優しい子です。




「魔女お!お前、話が違うだろ!」


心配そうにおろおろするクリスの傍ら、上半身だけを起こして怒号をあげるが、私はにこやかな笑顔を返すばかりだ。実際すごく気分はいい。


「勝敗は兵家の常、勝負は時の運。結果は粛々と受け止めるものです。そこに難癖をつけるのは男が廃りますよ?」


「……剣だけ、そう言ったよな!剣握った拳で直接殴りつけたり肘で打ち込んでくるのは剣とは言わねえんだよ!あと投げんな!綺麗に投げられて逆に関心したわ!!」


組み合っている最中、私の肘打ち等にイラついている様は見て取れたが、さきほど、剣を投げ捨て腕に絡みついて一本背負いで投げ飛ばしてさしあげたところ、さすがにそれには堪忍袋の緒が切れたらしい。ついぞ興が乗ってやってしまったが、彼の抗議自体はごもっとも。


このまま上機嫌に任せて笑って流しても良かったのだが、さすがにクリスにまで恨めし気な目線を向けられては、失礼しました、と頭を下げておいた。


「とはいえ、ここのところ大人しかったからすっかり忘れていた。お前はそういう女だったな、この狂犬が。」


「はい、思い出していただければ、貴方様が私に向ける言葉にも変化がありましょうから。その甲斐はありました。」


「むしろ惚れ直したせいで熱を増すだろうから、そういう意味では変化はするだろうから覚悟しておけ。」


懲りない人だ、と思わずため息を零したが、クリスから差し出されたハンカチで口元を拭う表情は柔らかなものだったので、もう毒気は抜けたようだ。


「とはいえ、お前、剣そのものは全然鍛錬してえねえだろ、最初はかろうじて剣使ってたが、長い棒振り回してるのと大差なかったぞお前の太刀筋。」


「私の場合手も足も短いし背も低いですからね、どのみち届かない範囲で剣を振るくらいならと、早々に諦めました。」


「……そこまではまあ許すが、投げはやりすぎだ。剣で試合してる体裁なんだかせめて剣を手から離すな。さすがに次やったらこっちもそれなりの手段を選ぶからな。」


「次、ですか。貴方様といればこちらも溜まるストレスを晴らす場もまた必要になりそうですから。その折には是非に。」


土や草を手でぱっと払いながら、ゆっくりと身体を起こして立ち上がった魔王様を、クリスはまだ少し心配そうに見上げていたが、その頭をぽふ、と小さく撫でられると、少し安心したように口元に笑みを象っていた。


「姉様、レオン様、お戯れはこのくらいにして、そろそろお二人も一緒にお茶に致しましょう。」


頭の上の手にクリスが自分から指を絡めると、魔王様はクリスの手を取り、にっと笑うとクリスもそれを受けて笑顔。


相変わらず妙に懐いてるな、とは思い眺めていると、クリスはもう片方の手を私に差し出してきたので、その手を取った。それだけで妹はご満悦だ。


「そうしてると仲の良い親子みたいですねー。」


クリスを真ん中に手を繋ぎ、東屋へ向かうとアリス様にそのように揶揄われる。


「……だそうですよ、お父様。」


余計な事を言われる前にと、先んじて魔王様にそう告げたところ、クリスが小さく吹き出したが、東屋に着いた事もあるし、そこで手は解いた。


「姉様は照れ屋さんですからね。」


クリスのその言葉には無反応を装い、隣の魔王様を伺う。彼は少しだけ目を細めて微笑み、何も言わなかったが、その余裕めかせた仕草に少し思うところもあったが、せっかく今は気分が良いのだから、反応するのはやめておく事にした。


東屋に着くと、すでにお茶の準備が整えられていた。マルメロとサクラが手際よく私たちの茶器を並べ、アリス様が優雅にお茶を注ぐ。私はクリスを座らせてから自分の席につき、ようやくほっと一息。


私の隣にクリス、彼女を挟んで魔王様。……昨日までの私なら、彼と一緒にこうしてお茶など気が気でなかったかもしれないが、今はこうして落ち着いている自分には少しびっくりするほどだ。




きっかけをくれたアリス様には感謝しなければ、そう思いながら彼女に目を向ける。


「そういえば、魔王様が勝った時の話しかしていませんでしたね。……魔女様から、何か勝者の要求はないんですか?」




アリス様に言われたように、きっかけは確かにそんな話だった。まぁこれだけ気分がすっきりしたので既に報酬はいただいたようなものだが。


早く地獄にでも魔界にでも帰れと言いたいが、聞く訳もないだろう。どうしようかと隣を見るとクリスが、私が何を言い出すのかと何か期待しているような瞳だった。


おそらく貴女が期待しているような言葉を吐くつもりはない。困ったなと目線を動かすばかり。




「別にお前が俺に何かしてほしいのであれば、いつでも言ってくれればそれで良いのだぞ?」


「その減らず口を控えて頂ければそれで構いません。このお茶の間は黙っててください。」




せっかく口実をくれたので乗って置く事にして。


それはそうと、何か諦めめいた笑いを皆が深めた気がしたのを無視して私はお茶を一口。




久しぶりに、心安らいでお茶を美味しいと感じる事ができるようだ。

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