私の何がそんなに好きなのか
「その可愛い唇を開いてくれると大変に捗るのだが。」
「……自分で食べられますので。」
久しぶりに訪れた人里。町。
埃とゴミに塗れ、ひび割れの修繕もろくにされていないような家々が並び、全体的にうすら汚い街並み。
だが人々の活気はあり、露店が並ぶ大通りには大勢の人が行き交い、ひたすらに賑やか。
何度来てもこの喧噪、この空気には慣れない。
差し出された串焼きの肉は、一緒にいる魔王が気まぐれに屋台で購入して私に差し出してきたものだ。
私の口元にむけられた串を奪い取り、歩きながら食べるなどはしたないとは思うが、ここはそういう場なのだろうから気にしても仕方ない。
口にした肉は質の悪さを安価な香辛料で誤魔化したような粗末な品ではあったが、正直味などどうでもよかった。
(どうしてこういう事に……。)
見上げた魔王は、私と同じ串焼きを口にしながらうきうきした様子だ。目が合うと微笑みかけられた。
……なぜ私がこうして彼と並んで町中を歩く羽目になってしまったのか。
・・・・・・・・・
昨日の夕方頃、まだ身体が重そうではあったが、マルメロとサクラも広間に顔を出し、食欲はあるとの事だったので夕食の事を考えたのだが。
いきなり増えた三人も含めて、全員でそろって食卓を囲むとなると、テーブルの大きさも少し厳しいし、椅子が足りない。
そのため、夕食は急遽中庭に七輪と炭を運び出してのバーベキューとなり、神狼様は肉がたくさん食べられると非常にご機嫌だったのだが、さすがに毎日毎食こうとはいかないだろう。
それ以外にもいろいろと必要になる事は明白だ。
人目の届かない森の奥深くに隠れ潜み、獣を狩り、野菜を育て、作れるものは自分で作る。そういう自給自足の生活をしているとはいえ、町中でお金で買えるならそうした方がはるかに話が早いものはいくらでもある。
明日は町に買い出しに出よう。ついでに在庫が心もとない消耗品なども買い足しておくのも良い。
町への買い出しは、サクラとマルメロが家に来る以前は、ルーナと私でそうしていた。
だが最近は、クリスが護衛に誰か必要だがお使い程度はできる歳になったし、サクラたちに信頼を置けるようになってからは彼女たちに任せていた事もあって、私が自分の足で最後に町にでたのはもう随分前になる。
さて。
夕食の宴もたけなわとなり、そろそろあと片付けとなったころ合いだった。
自分たちのための買い物だし、自分で行くと、魔王はそう言いはしたのだが、それはそれとして世俗の情勢に疎い彼らだけでは町のどこに何があるかも知らないはずだ。
案内がいる。そういう話になった際にクリスが屈託のない笑顔を浮かべ、唐突に提案してきた。
「姉様、それではこの機にレオン様と親睦を深めてはいかがでしょう?」
「……は?」
「く、クリス様!?」
その提案に私が反応するよりも先に、サクラが声を荒げながら妹の名を呼んでいた。
「そうですよ!この男の事ですから、主様に何するかわかったものじゃ!」
マルメロもそこに乗りかかった。
二人は魔王に対する露骨な警戒を隠そうともしない。いや、経緯を考えれば二人のこの反応は自然か。
「大丈夫ですよ、レオン様はもう姉様にひどい事はしないと、そう約束してくださいましたから。」
にこにこと笑顔でサクラとマルメロをなだめているクリスの方がむしろおかしいと思うが、クリスに微笑みかけられ、笑顔を返す魔王を見ると何も言えなかった。
「……私とチェシャでは案内が務まりませんので、この家の誰かがレオン様に同行頂けると助かるのは確かなのですけども。」
アリス様が困ったようにそう口にするが、サクラとマルメロはこの様子では絶対に首を縦に振らないだろうし、何より体調的に無理な外出はさせたくない。
まさか神狼であるマーナガルム様が人里に出向くわけにはいかない。であれば、案内は私かクリスか、ルーナか。
実質私かルーナの二択だ。
「レオン様、貴方も薄々理解しておられるとは思いますが、主様に対してはくれぐれも節度を保った言動をよろしくお願いします。」
そう思っていたところ、ルーナは早々に魔王に対してそんな風に頭を下げていた。あっさり退路を断たれた。
まぁルーナからすれば、神狼様の友人である彼と二人きりというのはそこそこ気まずいだろうからその気持ちはわからなくはない。
「魔女、それでは明日の逢引はよろしく頼む。これは明日が楽しみすぎて、今晩なかなか寝付けそうもないな。」
「おっさん、調子こいて帰りは朝帰りとかはまだやめとくにゃ。」
横で下世話な発言をしたチェシャ様の顔面に広げた掌から指を食い込ませ、彼に悲鳴をあげさせながらではあるが、魔王はご機嫌そうに私にそう笑いかけていた。
私などとの時間を、そうも楽しみだと、屈託のない晴れやかな笑顔で言われてしまっては。
「わかり、ました。」
ため息交じりにそう頷くしかなかった。
・・・・・・・・・
さすがに魔王というだけあって、森の奥の邸宅から森の外に出るまでは、もう位置と座標を覚えた等と言い放った彼の移動の魔法で一瞬だったし、そこからあの方向に町があると指さした後、町にたどり着くのもすぐだった。
嫌だと言ったがその方が早いからと私を抱きかかえあげて、風を切り飛んだ彼と一緒に訪れた埃まみれの町は、半分スラムのような治安の悪い場所ではあるが、そのせいか入り口に守衛の一人もおらず、出るも入るも自由。それに一通り欲しいものは揃う。人里に痕跡をできるだけ残したくない私のような存在にとってはありがたい場所だ。
さて。
せっかく到着したが、何もそこまで急ぐ必要もない、そう唇を尖らせた私に、はやくお前と二人きりの買い物を楽しみたいのだ、そうおどけて笑う彼に対して、何も言う気にはなれなかった。
とりあえず町に着いたのだからと、抱かれた腕からは下ろしてもらう事にしたが。
人前に出る時の癖。フードを目深にかぶりなおしてから、彼と並んで町へと足を踏み入れる。
手を繋ごうという提案は無視して足を進めた。
・・・・・・・・・
「しかし、よく今の時代に使えるお金持ってましたね。」
状況に対するいろいろな感情が私の中で渦巻くせいで、味など最早どうでもよかった食べ終わった串焼きの串を、さてどこに捨てるのかと持て余しながら、私の歩幅に合わせてゆっくりと一歩後ろを歩く彼を見上げた。
「ああ、マーナガルムの元を訪れる際の道中で、ややあってな。小銭くらいのものだが。」
詳しくは聞かないでいると、彼は私が意味もなく指先で小さく振っていた串焼きの串を、ひょいと摘まみ上げ、自分の分の串も合わせて、指先から放った小さな炎で燃やし、一瞬で消し炭になって崩れて消えた。
その辺に捨てるよりはまあ行儀が良いだろう。そう思い特に反応はせず、目的の場所へ足を向ける事にした。
目的の場所がそこに在るのだから仕方ない。昼なお薄暗い、人の少ない通りを選んで歩く私に対して、魔王は特に何も言わないが警戒の色を強めているのは伝わる。
「おい。」
「着きました、荷物は大丈夫ですよね。」
流石にそろそろ、彼がそんな感じで口を開いたタイミングで振り返ったのは偶然だった。
目的の店についた。彼に預けてある荷物とはここで売って換金するつもりの品だ。
換金に使うのは森で採れた産物。狩った獣の毛皮や角や爪など、お金が多めに欲しい事情がある際は、薬効が高く保存性の高い薬草を含ませる事もあるが、今回は彼が狩ってきてくれた鹿の毛皮や角、蛇の牙だ。
こちらとしても毛皮や牙に、もちろん何も使い道がないわけではないが、狩は日常的に行うため、基本的にはそういった類は余る。
あらかじめそのような話はしてあったので、この店か。そう言った彼が訝し気な表情をするのも仕方がなかった。
建物自体はそこそこの大きさの家屋だが、外壁はひび割れと剥がれた塗装に覆われ、ところどころ煉瓦や石材がむき出しになっている。窓枠は歪んでいるし、一部は風に揺れる古びた板や布で無理やり塞がれている。
更には雑多な、ガラクタにしか見えない品を玄関の前に乱雑に積み上げたぼろぼろの玄関は、知らなければそれがとても営業している店とはわからないだろう、そんな有様だ。
正直魔女の隠れ家として私が潜んでいる方がよほどお似合いだろう。
「品が盗品だろうと、売り買いに来た人間が犯罪者だろうと、なにも詮索せずに商売してくれるお店です。」
その説明をしながら、今一度フードを深くかぶりなおす。魔王は、なるほど、と一応納得はしてくれたようだ。
「それに、時折面白い掘り出し物もあるんですよ、世俗ではご禁制の品だろうと、ここではお構いなしですから。」
「いや、それはいいのだが。」
入りましょう、と促す私に何か言いたげだったので、足を止めた。
「せっかくの逢引というのに、なんとも華に乏しいというか、いや、相手は魔女なのだ。この方がらしいか。」
「はい、貴方様が相手をしているのはしょせん枯れた老婆ですよ、洒脱な空気など期待されてもそもそも困ります。」
軽口を叩いて笑う彼に、なんだ、そんな事かと返しながら店にと足を踏み入れる。
扉を開くと一応、申し訳程度の呼び鈴は鳴った。
・・・・・・・・・
此方は埃塗れの店内で、黙って品をカウンターに出す。魔王にそうするように促すと、彼は鞄から取り出した毛皮や牙を店主へと差し向けた。
どんな背格好なのか、性別さえ認識させないという主張を感じる、全身を覆い隠すようなだぶだぶのローブを被った店主は、それらをしばし観察した後、査定が終わると無言でお金をカウンターの上に並べる。
その額で納得するなら受け取れ。そうでないなら品を持って帰れ。交渉はしないし受けない。
この店のシステムは至極シンプルだ。自分で足を踏み入れるのは久しぶりだったが、あまりに何も変わっていなかったので思わず笑ってしまいそうになった。
正直この金額が市場の相場と比べてどうなのか、その辺は正確に把握していないが、生活のために発生した副産物が、ある程度まとまった金額に代わる時点で不満はない。
あまり人を小馬鹿にした額で暴利を貪る商売をしているようなら、この店主が気の短い犯罪者に報復でもされているだろうから、そういう心配自体あまりしていないが。
今回もつつがなく交渉を済ませると、一度、店主に一礼を向けてから店を後にした。
「……まとまったお金が手に入ったら、個人的な買い物を楽しむのもいいかもしれんな。」
売りに出した品を査定中、暇に任せて店の中の品を物色していた魔王が、店を出た後そのように一人ごちっていたので、彼にとってもいろいろ好奇心をそそられる品が並んでいたようだった。
「律儀にお金を稼いで買うんですか?」
魔王らしく奪ったりはしないのですか。などという発言は町中では迂闊なので控えたが、言わずとも伝わったようだ。
「こういう隠れ家的な店はこの形で維持されている事に価値があるからな。そこを崩して次の楽しみを損ねるのは本末転倒だ。」
言いたい事はわからなくもない。
それはそれとして、今しがた受け取ったばかりのお金が入った袋を、そのまま彼へと差し出した。
解らない、そういう顔をしたのでいいから受け取れ、と手を更に前に出した。
「貴方が狩って、貴方の従者であるアリス様とチェシャ様が解体した素材です。貴方が受け取るのが道義かと。」
「一泊の恩義と言っただろう?それに買い物に出たのだからそれは必要な金なのでは?」
「食料の提供だけで恩義としては充分すぎますし、こちらも一応の蓄えくらいはあります。それに貴方の方も、今後何をするにしても必要になる場面もあるかと思いますので。」
今回のこのお金は、最初からそうするつもりだった。
実際、お金でいくらでもなんとかなる場面で、その選択を選べずに面倒を起こされる事を考えたらそっちの方が頭が痛い。
頷きながらも、思案を続けて包みを受け取らない彼に、少し表情を和らげてから言葉を続ける。
「アリス様とチェシャ様に、土産の一つも必要でしょうから。」
「あいつらの場合、その品を買うための金を直接寄越してくれた方が良かったなどと言いそうなものだが。」
私がそういうと、ようやくという形で彼が包を受け取るために手を伸ばしてくれた事には安堵した。
が。
その手は、お金を受け取るためではなく、私の身体へと伸びる。私に有無を言わせない、そんな素振りでこちらを勝手に抱き上げた。
私の身体は、彼の左腕に座らされる形で、腕一本に収まる。そこでようやく、右手で私の手からお金の入った袋を受け取った。
「さっきの大通りなだまだしも、ここはどう考えてもお前から目を切っていい場所じゃない。万全ならともかく、今のお前が一人でいる時に悪意に目を付けられたら抗いきれまい。これは必要な備えだ。」
私がまた何を勝手に、そう抗議するのを先に制した彼の言葉と表情は真剣なもので、口をはさむのは憚られた。
その言い分はもっともだ。今の私は、生活に支障がない程度のもので、魔力はまだ戻らず、力は見た目通りの貧弱なもの、それを失念していた部分も確かにあったから、素直に彼の腕に収まる事にした。
「わかりました。それではよろしくお願いします。」
気恥ずかしいのはこの際仕方ないが、一つ頭を下げてみせると、彼はまたすぐに表情を崩し、満足げに笑った。
「少しは素直にそう言ってくれるようになってくれたか。」
その物言いに、ふいと表情は逸らした。
………………
言われるように今の私はまるで無力だ。
もし彼が私によからぬ企みがあるとしたら実行に移すのは容易。はしたない想像ではあるが、彼が私を無理に押し倒すくらいは余裕でできる。この状況は最初からずっとそうだ。
家の中にいた時と違って、今は家族の目線もない。彼がそれを望むのであればやろうと思えばできる。だがそういう気配はない。
少なくとも、私に無理を強いるつもりはない、その程度の信用くらいはしてもいいだろうか。
「それでは、資金調達も済んだ事だ。戻ると言う事で良いのだな?」
「あ、はい、よろしくお願いします。」
先ほどまでいた大通りは、今いるこの場所に比べれば治安はまだはるかにましなほうだ。
私を抱く彼が、この場所にいついて居るゴロツキ如きに、よもや後れを取る事はないとは思うが、それでも、はやく少しでも安全な場所に戻りたいと口にするのも、私を守りたいがためなのだろう。
魔王。大仰にそう名乗っていた彼が、その肩書が伊達ではない力の持ち主であることは、私自身が身体で思い知らされた事だ。そこを疑うつもりはない。
だが私の知っている、魔王が魔王たるところは、そこだけだ。
私のようなちんくしゃの何が気に入ったのか。
私が笑えば子供のようにつられて笑う、感情表現の豊かな、第一印象に比べれば随分と……悪い意味ではなく、子供っぽい、可愛らしさも備えた男だと今は感じている。
今も、目線をちらと向けただけですぐに反応して、どうした、と微笑みかけてくる彼は、まるで飼い主に忠実な忠犬のようだ。
ああ、もしかしたら本当に、私が思っているよりも、彼は私に対してまっすぐな好意を抱いてくれているのかもしれない。
こんな気まぐれは数日で飽きて、すぐに私の元を去るとしか考えていなかったこの男の気持ちを、もう少し信じてあげてもいいのかもしれない。
だとしたら私はどうすべきなのか。答えはまとまらない。
こういう経験が一つもないのだ。過去の引き出しが何もない。
少しでもその答えに近づくために、「私の何がそんなに好きなのか」と、いっそそう本人に問えばよいと思うのに。
「ああ、やはり好きな女性とのこうした時間は、賑やかな通りで満喫するに限る。そうだ魔女、必要な買い物を終えた後は、少し付き合ってくれ。今日の記念の品の一つくらいは見繕わなければ。」
そのようにご機嫌に言葉を躍らせる彼にそんな問いをすれば。
彼は喜んで私の問に答えるだろうか。それとも、調子に乗って私を挑発めかしてくるだろうか。
想像するだけで、また思考がかき乱される。
「……人通りの多い場所に戻ったら、下ろしてください。」
まとまらない思考のまま、ぼそりとそう口にする頃には、彼の顔がまともに見れずに顔を背けていた。
頬に熱を帯びているのが自覚できた。それを見られるのが、恥ずかしい気がして。




