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神狼の魔女と不死の魔王   作者: 抹茶ちゃもも
三章 魔女と魔王
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この一撃だけでいい

「そう、せっかく頑張ってもらってるところ悪いのだけど、私としては貴女のせっかくの綺麗なお顔にうっかり傷をつけてしまう前に、諦めてほしいのだけれど。」


雪の上で今にも崩れそうな足に気合を入れながら、睨みつけた相手は釈然とした態度を崩さぬまま。


まったく、スカートをはいた淑女というものは、これだから油断がならない。


あのメイド服の中にどれほどの暗器を仕込んであるのか。そういう畏怖もあるし、足元までカバーされた丈のせいで、相手の足取りが見えないのもかなり厄介。


「それとも、傷が勲章、そのような暑苦しい物言いを女だてらになさりそうだから、構わないかしら?サクラ姉様?」


手の届かない距離で。吹きすさぶ吹雪に美しい金の御髪をなびかせながら、指に挟んだ手裏剣を構えながら。


アリスは、御髪の美しさに引けを取らぬ秀麗な顔立ちを、嗜虐的な笑みに満たしていた。




彼女が駆使する、手裏剣を軸とした暗器の数々に私はいいようにやられてしまっていた。


遠距離から執拗に此方を食い破ろうと投げつけられる刃は、手にした刀でいくらかは弾けるが、それだけでは追いつかない。


とにかく向こうは動作が手早く手数が多い。弾ききれない刃に、あちこち身体を食い破られた。


距離を詰めようとしたところに、知らぬ間に散らされていた、まきびしと言ったか。設置型の針を踏まされ手ひどい目にも遭わされた。先ほどなど、それらをようやく掻い潜ったと思えば、私の刀が貫いていたのは彼女の身体ではなく、樹の幹に過ぎなかった。


どういう魔法か手品かはわからないが、彼女は、正面からの組み合いは避け、とにかく絡め手でこちらを翻弄しながら、遠距離からの攻撃に徹する。そういう戦法を得意とするようだ。


こういう手合相手には、決して感情を動かしてはいけない。焦り、怒り、焦燥感を募らせるのは、相手の思うツボ。


先ほど偽物の自分を貫かせたのも、こちらを煽るためだろう。露骨すぎて逆に怒る気にもならなかったが。


一度自分の頬を両手で叩いて気合を入れなおしてから考える、さて、どうするか、と。


「別に、女の身で在る事に、強いこだわりまでがあるわけではないですが、捨てているわけでもないですよ。この執事のいでたちも、最初はクリス様の御心に寄せたにすぎませんが、今となってはこちらの方がしっくりきまして。」


どうするかと考えたところで、こちらは距離を詰めるしかない。重心を低く、再度得物を構えなおした。


「そうなの、残念。貴女のメイド服姿とかぜひ見てみたいものだけど。」


「似合いませんよ、私には。」


自分でも、他に何か策はないのか、そう思うが。


仮に森に潜み虚を突く、そのような戦法を選ぶにも、そういう手なら残念ながら向こうの方が一枚も二枚も上手だ。裏をかいたつもりで掌の上で踊らされるのがオチだ。


結局私も、主様同様に実直に、まっすぐに、その牙を相手に届かせようと、最短距離を駆け抜けるしかないし、それが一番しっくりくる。


こうしていると、主の姿が脳裏に浮かんだ。状況は似ている気がした。


魔王の苛烈な攻撃に晒されながら、その懐に飛び込もうと幾度も挑み、弾かれ、それでもなお立ち上がり続けたあの姿が私の心の中にはある。


あの状況に比べたら、今の私が目の前の敵の懐に飛び込む程度、お花畑にピクニックに行く程度の難易度だ。相手の攻撃に我が身が傷つくことへの恐れなど、かけらもない。


選択は突撃。それを馬鹿の一つ覚えと嗤われようとも。


「あ、ら。」


が、今度の突撃は少し勝手が違った。また一斉に飛んでくると予想した手裏剣が、飛んできたのは4本だった。先ほどまでならその何倍も飛んできていたにもかかわらずだ。


アリスが、表情こそ崩してはいなかったが、メイド服のエプロンの中を弄っている様子が見て取れた。……これは。


弾切れか。それともそう見せかけた誘いか。


別にどちらでも良い。今このタイミングで攻撃がそれだけなら、これは踏み込めるチャンス。瞬時に下した判断はそれだった。手裏剣を刀で弾きながら、力強く前に出て、アリスへと距離を詰める。


自分の間合いまであと数歩。


「ぐ、うううあっ!!」


やはりそれくらいはあるか。足元に激痛が走ったのは、さきほども食らったまきびしだろう。積もった雪よりも背の高い叢に仕込まれていたそれに、思わず悲鳴も漏れた。


だが構いはしない。そんなものは、痛みなど堪えればいい。足が千切れたわけではないのだ。私は自分の足でまだ立てる、それならば充分だ。更に踏み込んだ。


まだ届かない、まだ、だがもうあと数歩だ。更に前に出ようとした私の前で、アリスは両手の指のそれぞれに、手裏剣を構えていた。


「至近距離からなら、さすがに効いてくれるかしら。」


やはり誘いか。だが、構いはしない。どうせあと一歩二歩前に出れば、刃が相手に届く。彼女が振りかざした手をこちらへ向け、その刃をこちらに放つ前に。


そう思いながら刃を上に振り上げた、これなら決められる。そう踏み込もうとした足が、何かに取られた。


前に出ようとした足が躓いた。


そもそもが雪上、足場が悪いのはわかり切ってはいるし、履物もそれに備えたものだ。それに今更ここでそれに足を取られるような鍛え方はしていないつもりだ。


その雪の中から伸びた草同士が輪のように結ばれた形になっており、それがこちらの足を絡めた。ひっかかりの原因はそれだった。


それが偶然か、彼女の仕掛けた魔法なのかは、知らない。


「がっ……!!」


一瞬無防備になった私へアリスが、至近距離から放った手裏剣は、私の身体へまともに突き刺さった。


全身から血を噴きながら私は後ろへと倒れこんだ。




・・・・・・・・・




彼女は何かしら、私の知らない魔法を扱う。知らない間に投げ捨てた得物を回収するか、補充するか、そのような手段が何かあるのだろう。


再度私から距離を空けたアリスは、そのように手に戻した手裏剣を構え、さすがにこれで決まっただろう、そう言いたげな、満足そうな笑みを浮かべていた。


「私を客席へ引きずり下ろす、そう息巻いていたけれど。ごめんなさいね。ほら、結局お顔まで傷つけちゃったし。」


一度は倒れ伏した私だが、いつまでものんびり寝ているつもりはない。身体に突き刺さった刃引き抜きながら、ゆっくりと立ち上がる。また私から距離を離したアリスへ、なるべく冷静に。内心そう言い聞かせながら。


「いえ。顔に傷がついた程度で価値を失うような。そのような薄っぺらい女など、もとより幾らの価値もありませんから構いません。それに。」


そういっておどけて笑って見せさえした。


まだ、立つんだ、そう言いたげなアリスに更に向けて続ける。


「引きずり下ろす、そのように申したのはこちらもいささか不作法でしたね。こう言うべきでした。」


全身を血に染め、額や頬から鮮血を零しながら、それでも私は身構え、不敵に笑ってみせた。


それを受けたアリスも、再度手裏剣を手に身構え、迎え撃つ体勢。


「貴女を舞台に引き落とすのではなく、私の方から、こちらから、客席の貴女の場所まで、駆けあがってみせる、と!」


己を鼓舞する叫びと同時に、私は再度突撃をかける。


「貴女のご主人様もそうだけど、その、無鉄砲な根性だけで押し通せると思うのは、さすがにいかがなものかと思うのだけど!?」


「ご心配なく、もう私は勝ち筋にたどり着きましたので。あとは、その道を押し通すだけです。」


突撃する私に当然のように投げつけられる手裏剣。


だが、今回は……防がない。そのまま、肩や腕に足に刺さるに任せた。


痛みなど気にする必要はない。それよりも、駆ける勢いを殺さないように。注意したのはそれだけだ。


驚いた顔のアリス目掛けて更に駆け、距離を詰める。


先ほどまでは手裏剣をいくらかでも刀で弾いてダメージを抑えよう。その判断から、私は勢いをいくらか殺がれていたが、今回の突撃にはそれがない。


「そう言いながら、やってる事は一緒だと思うのだけど!?」


再度手裏剣を指に構えたアリスに向けて、この距離ならば届く、先ほどのように足元に何か仕掛けられては御免だと、私は地を蹴って飛び、一気に距離を詰めた。


あとは着地と同時に振り下ろしたこの刃で、相手を貫き砕くだけだ。


防備の事など考えない。どうせ宙に飛んだ私に向けて、投げるつもりであろうその手裏剣だって、私の身体に突き刺さるだろう。だが好きにすればいい。


「こ、のっ……!!」


予定通り、予想通り、彼女が投擲した手裏剣は私の身体に次々と突き刺さる。だがそんなものに構いはしない。私の勢いは全く死なない。




さきほどの攻防で見えた。


おそらくこの手裏剣による投擲攻撃が、今のアリスが私へ向けられる最大火力。


それを真正面からまともに受けても、私は別に死にはしていない。自分の足で立ち、こうして再度突撃さえできている。


なら問題はない、好きなだけ投げさせれば良い、気が済むまで私の身体にその刃を突き立てればいい。


ならばこの勝負を、優位で支配しているのは私の方だ。


「……これを勝ち筋と言い張るのはさすがに無理が過ぎると思うのだけど!?」


微塵も怯まない私に、もう一度だと、アリスは再度手裏剣を指に構えなおして声を上げるが、その声にもう先ほどまでの余裕はなかった。


彼女が私を沈めるまでに、果たしていくつの刃が必要になるかは知らない、だが、私は、一撃でいい。抜いた刃を振り上げた。




「無理を通せば、引っ込むのは道理!!」




この一撃だけでいい。


……アリスが選択するべき行動は、追撃ではなく、それを早々に諦め、再び距離を空ける事だった。


その選択を間違えた彼女の肩へと向けて、私は跳躍の勢いと、体重と、腕の力、すべてを込めた全力の袈裟斬りを叩きこんでみせた。




「がっ……!!」




……さすがに、峰打ちにはしたが。


だがそれで、彼女の肩が砕け散る、その感触と手ごたえは、しっかりとこちらの腕で感じ取れた。


短い悲鳴を上げながら崩れ落ちるアリスを背に、私は刃を鞘へと戻した。




・・・・・・・・・




「これでご納得いただけなければ、今度は峰ではなく刃で穿つことで貴女を説得する事になります。この一幕、私の勝ちで構いませんね?」


「ほ、ほんと、め、めちゃくちゃ……ね……貴女も、あの、魔女さまも……。」


振り返り、問いかけた相手は、肩を抑え、苦痛にうめきながらだが、その口元は小さく笑みを浮かべていた。


「でも、いいわ、貴女の勝ちよ。……み、峰打ちで済ませてくれた事は感謝するわ。でなきゃ、今の軽く死んでたわね。」


「こちらこそ、貴女が最初から本気で私を殺すつもりであれば、屍になっていたのは私でしょう。己の未熟を改めて知る機会を与えていただけた事、感謝いたします。」


「……余興と侮った私達になら、負けるつもりはない、か。ふふ、ごめんなさいね。こちらも、貴女の事少し誤解してたみたい。」




勝敗の理由は明白だった。


主の為に文字通り命を投げ捨てる事さえ厭わない私と、余興気分だった彼女との覚悟の差。


だが、そのおかげで私は命拾いしたに過ぎないと。その敬意は自然と口から洩れていた。



それだけ言い終えたところで、視界がぐらりと揺れた。


勝った。その安堵を覚えた途端に全身が一気に疲労と痛みに襲われた。


あ、これは、まずい。おそらく戦闘中の興奮状態からの緊張の糸が切れたせいだ。為す術もなく私は雪原に倒れこんでしまった。


「だから、無理な道理だと言ったでしょう、何本、私から直撃貰ったと思ってるの。」


肩の痛みをこらえながら、こちらににじり寄るアリスは仕方ないな、とそういう色の笑みを浮かべていた。


私の傍らに座り込み、左腕だけで私の身体を起こし、仰向けに体勢を変えさせた。


敵意はもうない事はわかる。私もされるがままだ。


「今から魔女様の所に向かう、それが本懐のはずなのに、今そんなやりきったみたいな顔しててどうするの?そんなにのんびりしているつもりはないのでしょう?」


そう揶揄うように笑う彼女にこちらも小さく笑みを返す。


優しく励ますより、そういう言い方をした方が効く。それを見透かしたような物言いだった。


「砕かれてない方の肩なら貸してあげてもいいけど、どうする?」


「……お願いしてもいいのなら。」


私は気力を振り絞り、ゆっくりと身体を起こした。


「貸し一つよ。」


「それなら、ご希望通りにメイド服でも着て見せましょうか?」


微笑みながら冗句めかせた彼女へ、調子を合わせた冗談を返しつつ、言われた通りに肩を借りて立ち上がった。


少しふらつくし、全身を熱を伴ったような痛みがずきずきと駆けまわるが、今から向かうのは主様の元なのだと。そう思うと湧き上がる気力でそれを抑え込んだ。


(これでは本当に、転がった小石程度の仕事しかできなさそうだな。)


だが、構わない。この状態でもできる事を、できるなりにするだけ。あとは……。マルメロ。


大丈夫だ。あの子なら。何なら私よりも先に終わらせているはずだ。


想いを胸に一歩、雪に覆われた森を歩んだ。




向かう先は、さらなる死地。そこへ向けて、迷いなく。

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