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神狼の魔女と不死の魔王   作者: 抹茶ちゃもも
三章 魔女と魔王
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殺意のこもった怒号

扉の向こうから、お待ちくださいお客様!という声が響いていた。あれはルーナの声だ。


それから間を置かず響いたのは何者かがその扉を乱暴に蹴り開ける音と。


「魔女!前へ出ろ!!」


私へ向けられた、殺意のこもった怒号。


声の主は、開いた扉の向こうに立っていたのは、黒髪金目の長身の、見目麗しい精悍な男性。


先ほどまで庭の東屋で穏やかに談笑をしていたはずの彼が、むき出しの殺意をみなぎらせて仁王立ちしていた。


男から溢れる、怖れでこの場を支配するような圧倒的な存在感。それは神狼様の力量にさえ匹敵しそうなもので、彼の従者の二人はこの時点ですでに真っ青な顔色をしていた。


クリスはもつれそうになった足を震わせながらサクラにしがみつくが、そのサクラも、マルメロも、凍り付いたようにその場から動かない、いや、動けないのだろう。


男がそこにいる、それだけで、逃れようのない畏怖の色にこの場を染めていた。


それは過去の伝承に聞いた、魔王。それが実在するならこのような存在か、そう思えるほどの、圧倒的な威圧感。


その殺意は私へと。真っ直ぐに、一本の槍のように、今にも貫かんと言わんばかりに。


さて、私とてむき出しのその殺意に、冷や汗の一つも浮かびそうな緊張感を感じてはいるが、余裕めかせて自分のカップのお茶に口をつける。それはただのハッタリであるが。


お前の殺意など、このハッタリ程度のものだと無言で返した私からの挑発。


伝わったのか、男の金色の瞳が殊更鋭くなった。


「お客様!」


彼の背後でそう叫ぶルーナは、腰に佩いた刀剣の握りに手をかけていた。


この駄々洩れの殺意で圧迫された空気をものともしない。私と神狼様が一番の信頼を置く側近の事だけはある。


このまま久しぶりに見る彼の本気を堪能したい気持ちもあるが、ご指名は私だ。


ゆっくりと席から立ち上がった。演技めかせて向けた掌はルーナに。おやめなさい、と無言でサインを送った。


それを受けてルーナは握りから手を離し、こちらに一礼してから一歩下がる。


「殿方同士の内緒話に女の身が割って入るのも無粋かと思い、ご遠慮させて頂いておりました。後ほど、こちらからご挨拶に向かう予定でございましたが、このようにそちらからご足労頂けた事に感謝と、謝罪を申し上げます。私をお召しとのことですので、ここでご挨拶させて頂きます。」


なるべく、ゆっくりと、穏やかに。一礼を含めながらのこの挨拶も挑発のつもりだ。


これほどむき出しに、無礼とも思わず殺意をみなぎらせて私の家族を怯えさせるこの男に私が遠慮をかける理由は何もない。それがガルム様のご友人であれど、だ。


露骨に苛立った色を濃くした男の金色の瞳は、真っ直ぐにこちらを睨み据えていた。


「……女、だ?はっ、この家のどこにそんなものがいる……女、そう呼べるのはかろうじてそこの黒髪くらいのものだろうに。神狼の聖域は、託児所じゃねえんだがな?」


蒼い顔をしながらチェシャ様が、不思議そうにその黒髪、サクラの方を見ていたが今は置いておこう。


「安い挑発に乗るほど迂闊ではございませんよ?貴方と違って。ですが。その言葉は私の大切な家族を愚弄するもの。安い言葉しか吐かないその口を塞いで差し上げてもよろしいですが、私は寛大ですので、今のうちなら訂正と謝罪は受け入れますよ?」


「……お前、誰を前にしてそんな口を聞いているのか理解しているのか……?」


「まずは名乗る、その程度の礼儀すら知らない粗忽者の名など知る必要がありましょうか。」


ぎり、と歯ぎしりをした男の右の掌の中に黒いゆらめきが発生した。何かしかけてくるつもりか。ここで。


(正気ですか……?貴方の従者もここにいるのに……?)


それが何かはまだ読めないが、当然良い予感はしない。


……男の底は知れない。この時点で既に伝わってくる。この男は、今まで相対したすべての獣と比較しても……おそらく、相当な上位存在。神狼様に匹敵する可能性さえある。


その力の片りんをこの屋敷の中で爆発させられるのは不味い。男の掌の揺らぎに込められた魔力がどんどんと、大きくなる。こうなればこちらから仕掛けて男を屋敷から叩きだすか。壁を壊すくらいはこの際必要な犠牲だ。そう思い構えようとした。


「やめんか!痴れ者が!!」


一喝。気迫に押されて思わずびくり、と肩が震えた。


声の主は、外から、窓からこちらを覗きこんだ神狼のもの。そちらを見てから今一度男を振り返ると、霧散、したのかさせられたのかは知らないが。右手に先ほどまでの揺らぎはなく、少しバツが悪そうにその右手で頭を掻いていた。目線はガルム様から露骨に逸らして。


それで場を支配していた圧力は一度立ち消え、サクラとクリスはその場にへたり込んだし、マルメロなど完全に放心している。アリス様とチェシャ様も、大きくため息を吐いて椅子の上で脱力。


ルーナは、急ぎ男を無視して居間に足を踏み入れると、座り込んだサクラとクリスへまずは手を伸ばし、二人を助け起こしながら、心配する言葉を駆けながら二人を励ます。


それならば、私はマルメロの介抱でいいだろう。


「話が違うではないか、屋敷をぶち壊すつもりか。さすがにそれは看破できんぞ。」


「威圧で制圧して、それで話を終わらせるつもりだったんだよ、まさか噛み付いてくるとはな。」


「……そのつもりだったのが手を出そうとした時点で、お主の負けじゃよ。それに事を荒立てるつもりがあるなら、せめて外でやれ。」


男はもう一度だけ、私の方を忌々しそうに睨みつけてから、素直に神狼の言葉には従い部屋から踵を返した。


「魔女、……皆の介抱を終えてからで良い。お主も来い、話がある。」


「こちらからも話は山ほどありますので、もとよりそのつもりです。」


マルメロの頭を抱き撫でながら、神狼様の方へ視線を向けると、申し訳なさそうな顔色を浮かべながら、大きく息を吐いていた。彼もそのまま窓から離れ、中庭へと足を向ける。


「ひどいにゃー!レオン様ー!あれ絶対僕らも巻き込む気満々だったにゃー!!これが何百年も健気に付き従った忠臣への扱いかにゃー!!ひどすぎるにゃー!!」


「そうですよ!何あの娘の見え見えの挑発に簡単に乗って呑まれてんですか!神狼様も仰ってましたけど完全に貴方の負けですよあんなの!」


私の従者よりは彼のああいった行為に慣れているのだろう。正気を戻したアリス様とチェシャ様が、立ち去ろうとする男をにぎやかに追いかけつつ、共に部屋を後にしていた。


「お前らが警護サボってここで呑気に茶なんぞ飲んでるからだ!俺の傍に控えてたら巻きこまれてなかったろうに!」


「神狼様もいらっしゃって何が自分を傷つけるんだ警護なんかいらないって私ら遠ざけたの、そもそもレオン様なんですけど!」


「大体、あんたの警護なんかする意味あるんですかにゃー!あんたが危機に陥るような相手僕らに一体どうしろってんだにゃー!パワハラにゃー!この上司糞すぎるにゃー!」


更にうるせえ、と怒鳴りつける声が聞こえたが、にぎやかな声の一団はそのまま遠ざかった。


まぁ、言いたくもなるだろう、とは思うが、配下のあの物言いは許すのか。そこはよくわからない男だと思ったが、それより今はこちらだ、とマルメロの様子を見る。


彼女の身体は震えていたが、どうにか正気は取り戻したようで、彼女を抱く私の手を優しく解こうとしていたのでそのまま彼女から手を離した。


「す、すみませっ……も、もう大丈夫、ですっ……!」


彼女は震えながらも、まだそうして気丈に耐えてはいたが……。


「姉様っ!姉様ああああああ!!」


さすがに、妹にはそれが無理そうだった。


ルーナに介抱されたクリスは、正気に戻るや否や私の胸に泣きながら飛びついてきた。そのまま抱き返して、胸の中で泣く彼女を緩やかに撫でて慰め続ける。


「こわ、かった、あああああぅ……ああっ……!」


こんなにも泣きじゃくる姿を見るのはいつぶりだろうか。


最近は背も抜かれたし、これじゃあ私の方が妹みたいだ、そんな風に笑い合いながら、成長していくこの子を見守るのは、寂しくもあり、それ以上に嬉しく、楽しい日々だ。


だが、こうして私の胸で泣きじゃくる様に、この子にはまだまだ私の庇護が必要なのだと思い知らされる。


「主様、お役に立てず、申し訳ありません。私が傍にありながら、クリス様をこのように……!」


屈辱に塗れた、そのような悔しさを隠しもしない表情で私へ深々と頭を下げるサクラを、片手で制する。


彼女に気の利いた労いの言葉ひとつ、向ける余裕が今の私には無かった。


思ったより、冷静になれそうもない。こみ上げる怒りに、呑まれまいとは思う。だが。


「姉さまっ……姉さまっ……!!」


無理だ。私の最愛の妹をこんなに泣かせた奴の横っ面に、一撃叩き込んでやらないとこの怒りは収まらない。


泣きじゃくる妹をゆっくりと優しく引きはがし、懸命に怒りを噛み殺しながらなんとか笑顔を作って、ひとつ頷いてから、サクラの方を見る。


察したのかサクラは私の腕からクリスを引き受けると、こくりと頷きを一つ返した。


「お願いします。」


短くそう言い残し、私はローブの前留めに手を駆けながら、中庭へと急ぎ足を向けた。

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