知らないって怖い
「いやあ、改めて久しいな、マーナガルム!またお前の飾り毛を愛でられるとは、今日は僥倖だ!なんだ、こうしてみると、全然変わっとらんなお前は!」
「阿呆抜かせ、全然変わっとるわ。そもそも最後にお主に会ったときは別の個体じゃぞ、代替わりもしとる。」
「肉の器に大きな意味はなかろう、俺もお前も、その気になればどんな姿形も取れるだろう?こうしてお前が俺の事を覚えてもいる、懐かしいとも言ってくれた。俺自身もそう思っている、それで充分だ、再会を改めて祝おう。」
「そういう事を言うと、そのお主のその芸術品のような容姿が作り物だと思われかねんぞ?」
「外見というものはどうあれ、その人物の精神性が出るもの。作り物と疑う輩はそれを俺の本質をもって思い知らせるのみよ。」
「相変わらず自信家じゃのう、お主は。」
「自分に出来る事と出来ない事の分別はついているさ。できない事は口にしない、それだけよ。」
………………
「主様、誰ですかあの、ガルム様と一緒に東屋にいるやったらキラキラした美形の人、ホストか何かですかね。」
「さぁ、ご友人のようです。私も初めて見るキラキラ顔ですが、わざわざお尋ねになられたのです、積もる話もあるような雰囲気ですから、殿方同士、今はそっとしておいてさしあげましょう。お茶はルーナが用意してくれておりますし。」
「はえー、ガルム様がホストさんと知り合うきっかけとか何なんですかねぇ。そういうお店とか行くんでしょうかあの神様。」
銀狼達が賊に襲撃されたあの事件からひと月ほど過ぎた頃だった。
その男は突然、何の前触れも突拍子もなくふらりとこの家に、つい今しがた、二人の従者を従え姿を現した。
死の森を抜けてきたとは思えないほどに飄々とした態度のその男は、私よりも背丈が60センチ以上はありそうな、長身。黒髪の長髪。前髪は後ろへ流して、後ろはサクラに似た感じに、しっぽのようにまとめている。精悍なその男の見た目の年齢は30代に届くか届かないかくらい。
そして第一印象、とにかくお顔がすごく良い。長い睫に飾られた切れ長の瞳はクリスに似た金色。高く形のいい鼻、厚めの唇からはなんかもう色気がすごい。マルメロが、きらきらした美形、などと表現するのも納得するしかないほどだ。着こなしている軍服めいた、金と赤の差し色が入った黒い衣装もその美しさを強調するかのようで、むしろ整いすぎて一周回って胡散臭いと感じたのは私の個人的な感想。
お供の片方は、スカイブルーの瞳が一際目を惹く、シンプルに美人という表現が似合う顔立ちの女性。サクラと近い背丈だが、スタイルがすこぶる良い。金髪ロングヘアで、従者らしくメイド服を身にしているが、よほど自信がおありなのか、豊満な胸のふくらみを強調するように谷間が露出するデザインに衣服の胸元は改造されている。こっちもこっちで色気がすごい。
もう一人はマルメロと背丈のあまり変わらない小柄な獣人。獣人といってもうちのルーナに比べると人間寄り。猫耳としっぽが特徴的、膝から下は足を出すデザインの色の明るい燕尾服を身に包み、顔立ちは中性的。猫らしく丸い、赤い吊り目が特に可愛い雰囲気を醸し出しており、多分、男性。見た目的には少年。
とにかく、もう本当に突然にとしかいいようがない形で事前に何の前触れもなく、邸宅の門の前に姿を見せた三人に気付いたのは私が館にいる時だったが、あんな襲撃事件があった直後のせいもあって、私は緊張をみなぎらせ館から飛び出す準備をはじめた。
が、それよりも早く、庭にいた神狼様が、黒髪の男を見た途端に、珍しく子供のように満面の笑顔を弾けさせ、レオン、というのは彼の名前だろう。名を呼びながら大喜びで彼の元へ駆け、はせ参じ、向こうも神狼様の首根っこを抱く体勢で受け止めて同じく笑顔を弾けさせていた。
あ、これ心配いらないやつだ。そう判断した私は静かに庭が窓から見渡せる居間のソファに着席しなおして、今に至る。マルメロが入れてくれたお茶でも楽しむ事にしよう。
「……ホストて。キラキラした美形て。ずいぶんな言い草にゃー。知らないって怖いにゃー。」
いつの間にか、彼のお供についてきた従者の一人が、今は開いてある大きな窓から、外からこちらに腕だけ差し入れつつ、勝手に会話に参加してけらけらと笑っていた。
「まぁ一応、それなりに立場もあるお方だけど、堅苦しいのは好きじゃない方だから、いいんじゃない、ホストの方がむしろお似合いかもね?」
もう一人の巨乳メイドさんはその隣で腕組みをしながら館の壁に背もたれて、くすくすと笑っていた。
「あの、ここまで来られまして道中お疲れでしょうし、護衛の任務が必要ないのでしたら、よろしければこちらはこちらで一緒にお茶はいかがですか?」
素性は知らないが、敵対する意思はなさそうだ。彼女たちも旧友と親交を温める主人に気を遣って離れたのだろう。
ガルム様の友人の従者なら、それなりにもてなしておかないと失礼かなとお茶の席に誘ってみる。私の提案に、マルメロも隣でこくり、こくりと二度ほど頷いていた。
・・・・・・・・・
「魔女様、マルメロちゃん、よろしくにゃー。僕はチェシャにゃ、こっちのおっぱいがアリスにゃ。」
こちらは一応立ち上がり、一礼を伴った挨拶と名乗りを向けたが、相手からの返事はこのように随分とフランクだった。
私が客への礼儀を気にするのは、一応組織の頭である私がその辺を疎かにすると、この家の主人は礼儀もないのか、それでは下の者も、と、そう軽んじられる懸念から、間接的に家の人間を守るために過ぎず、別に相手には求めていないのでそこは全然かまわない。
が、男一人、女三人のこの席で、唯一の男性が、初手その流れで入るのか。ある意味度胸座ってるな、とは思った。
「はじめまして、愛くるしい魔女様、おっぱいです。」
けれど隣の美人さんも、ちっとも気にした風でなく、たおやかにほほ笑みながらそう続いた。
「はい、こちらとしましても、大変に眼福でございます。」
えーと、これでいいのかな、内心そう思いながらもにこやかな笑顔でとりあえずそう返しておいた。こういうノリの人が身近にいないのでよくわからない。
「あ、主様の魅力は今おっぱい様も申した通りに庇護欲をそそるようなその愛くるしさですから、むしろあんなものがあっては、主様の魅力を逆に損ねます!」
「落ち着いてください。お客様に失礼です。」
私の後ろに控えている給仕役のマルメロが、何か私を励まそうとするような雰囲気の笑顔で、意味の分からない事を突然言い出したが、相手にするのが面倒くさそうなので言葉の中身はスルーした。
「魔女様、私たちにお構いなく、どうぞ、そちらの可愛らしいメイドさんもお座りになるようにお命じなさってくださいな。一緒にお茶にしましょう。」
「そうにゃそうにゃ、僕的にはマルメロちゃんのほうがアリスより全然ありにゃ。」
気安く言葉を告げる二人に裏は無いように感じた。単純に一緒の方が楽しそう、くらいの穏やかな、言い方を変えると考えなしな色に見える。
マルメロの方を見ると、えっと、という顔をしながらこちらを見ており、どうも単純に戸惑っているようだった。
「マルメロ、構いません、貴女もお座りなさい、それと、申し訳ないのですが、この家に男性は老紳士の執事が一名いるだけで、淑女たちは総じてあまり殿方に免疫がありませんので、その点はご配慮いただけると幸いです。」
「それなら僕位からで慣れていくといいにゃ。大丈夫、僕は狼さんじゃないにゃー、無害な猫ちゃんにゃー。ほらほら、耳触ってもいいにゃー。」
大人しく私の隣に着席したマルメロへ、少し身を乗り出して屈託なく笑ってそう告げる様は、耳もぴこぴこ、猫というよりは犬めいて思えた。
マルメロの方は、えーとどうしたらいいんですかこれ、みたいな顔をしてこちらを見ていた。
「配慮した結果がこれだから、猫並みの脳みそしかないアホだと思って諦めてくれると助かるわ。でも受け入れる必要はないから好きに殴り飛ばすくらいで構わないわよ?」
アリス様のその物言いには、さすがにマルメロも表情を崩した。
「仲がよろしいのですね。お二人様。」
小さく笑いながらそう返してくれて、私は少しほっとしていた。さすがにだんまりのままでは困る。
「仲良いっていうか、良くならざるを得なかっただけにゃ。三人しかいないのに関係性が険悪とかちょっとよろしくない職場環境になっちゃいますからにゃー。」
「そうね、最初の頃は面倒だから捻り殺せる隙しかねらってなかったけど、そもそも猫に人並の知性を求めるが間違いだと気づいてから楽になった感じかしら。」
「まぁ、喧嘩するほど、とは言いますから。」
「でも僕的にはマルメロちゃんなら積極的に仲良くしたいものにゃのにゃ。」
「マルメロちゃんにも選ぶ権利はあるから自重しなさい、アホ猫。」
「その、私としましては、私よりももっと素敵な方が隣にいますのに私だけそう言われるのは心苦しいというか。」
性格はもともと明るい性質だ。間にアリス様が入った事で少しほぐれたらしい。だんまりで困るだけ、からは脱却はしたが、そうぐいぐい来られるのには慣れてはいないだろう、助け舟を求めるように私を矢面に出してきた。私の両肩を抱きながら少し隠れるような仕草。
「マルメロ、一般的な世間の殿方が選ぶとすれば私よりマルメロを選択する方がよほど正常ですよ?」
ため息交じりに返した私に、え、と本気で驚いたような顔を浮かべているから困る。
「そうね、魔女様は妹か娘になってくれたら嬉しいとか、そういう感じかしら。」
「マルメロちゃんもっと自信もっていいと思うにゃりよ。近くに年頃の男がいたら絶対ほっとかないにゃ。」
そう言われても、困惑をしてしまうほどにはマルメロにそういう自覚がない。
というより、家に来るまでは生きるだけで必死、家に来てからは外に対して排他的なこの家で過ごしていたのだから、自覚する機会をまるで与えてこなかったから、私の責任かもしれない。
そう思い、声をかけようとしたのだが、それを遮るように部屋の扉がノックされた。
「主様、サクラです。クリス様のお勉強の時間が終わりましたのでご報告にあがりました。」
最近はクリスに剣術も学んでもらう事にしている。その授業が終わったと報告に来たサクラが扉をゆっくりと開き、クリスを伴って部屋に入ろうとした。
そしてすぐに客人に気付いたサクラが微笑みながら挨拶をしようとしたが。
「いるじゃん男!!いるじゃんイケメン!!」
クリスは、基本的には執事服の男装で過ごしてもらっている。チェシャ様がそう声を荒げるのも仕方な……ないのかは置いといて、不躾にサクラを指さしながら興奮した様子で耳としっぽを立てていた。
サクラの方はそれに対して特に動じた風もなく、胸の前に手を添え、紳士としての一礼を客人へ向けた。
「お客様がおられるとは知らず、失礼いたしました。使用人のサクラと申します。こちらは主様の妹君のクリス様です。」
サクラの一礼の後に、ちょこんと顔をだしたクリスが、サクラに手を引かれ、前にでて挨拶をしようとしたの、だが。
「ちょっとおおお、話違うにゃああああ!あんなイケメンがずっと同じ家にいて今までなにしてたにゃ!ちょっとマルメロちゃんが不憫すぎにゃい!?」
「話を聞けアホ猫。紳士淑女の挨拶の邪魔すんな。」
「ぎにゃー---!!」
勝手に大騒ぎを続けるチェシャ様の頭をアリス様が雑に掴み、座っているソファの上に思いきり押し付けて無理やり黙らせた。
「ごめんなさいね、そもそも、挨拶をするのはそれにふさわしい相手だからであって、こっちはそんな上等なものじゃないから。」
アリス様ががじたばたと暴れるチェシャ様を抑え込み続けながら、そうゆっくり笑いかけると、クリスの方も小さく吹き出しかけたのを手元で押さえてから、一礼を彼女へ向けた。
「クリスと申します、ようこそいらっしゃいました、お客様。」
「あらあら、ご丁寧にありがとう。この家の淑女はみんなしっかりした子ばかりね。」
「サクラ、クリス、こちらアリス様と、チェシャ様。ガルム様のお客様の従者様です。」
クリスの挨拶の後、私から簡単に紹介をするとアリス様はにこりとクリスに微笑みを返し、チェシャ様はまだソファに顔を埋められながらもがいていた。
「サクラ『兄』様、イケメンだってさ。」
マルメロの方は、大好きな姉の容姿をそのように評された事が満更でもないようだ。冗談めかせた言葉はご機嫌だった。サクラもそれを受けて軽く笑った。
「って、お兄ちゃんオチにゃー!」
ようやくソファから這い出たチェシャ様が開口一番そう叫ぶ。
クリスは……どうだろう、騒がしさに怯えたりしてないだろうか、少し心配になって目線を向けるが、チェシャ様とアリス様のやりとりに楽しそうに笑顔を浮かべている。すこしほっとした。
「魔女様、妹君と申されましたけど、このように可愛らしい妹様を、あのような素敵なイケメン様にお任せするのは、姉として思うところはないのですか?」
アリス様の、目元を愉快そうに細めながらの、含みのある言い方は……サクラの性別には気づいてるようだ。
「私の忠誠はすべて主様に捧げております。主様を嘆かせるような迂闊は致しません。その程度の信頼は置いていただけていると自負しております。お客様。」
サクラも、分かった上で冗句に乗ったようだし、チェシャ様にはもう少し勘違いさせておいても良いか、と思い私は特に何も言わなかった。
それよりも、この場の面子全員で、こうして和気藹々とできそうな空気であることは好ましい。このまま緩やかに平和なお茶の時間を皆で楽しめれば良しとしよう。
そう思った矢先だった。