招かれざる客 3
銀狼たちは私達との生活が長いせいで、狼本来の夜行性は影をひそめ、朝になると屋敷から森へ出かけ、日暮れには狩の成果を咥えて屋敷に戻ってくる。館の一階に用意してある彼らの寝床、そこで食事と水と休憩をとり、夜を過ごし、再び朝には森へと出る。こちらが頼みたい用事があるときはお願いして引き受けてもらう事も多々あるが、それが彼らの基本的な生活ルーチンだ。
私個人の勝手だけを言えば家でおとなしくして、森に出るにしても目が届く範囲くらいまでにしてほしいのだが、彼らの牙が鈍るのは神狼の信徒としては困るし、何より彼らの意思を尊重しないわけにはいかない。彼らは家の愛玩動物ではなく、家の住人なのだから。
それに、死の森には多種多様な魔獣が生息するが、銀狼達はこの森の食物連鎖の頂点にいる。彼らを脅かす存在は森の中には基本的には無い。森は彼らにとって庭であり、遊び場だ。
仮に外部からの望まぬ客が迷い込んだところで、彼らの牙に抗える存在など、ほんの一握り。
そもそも人里からこの森の奥深くに入るなら、人の足なら数日の野宿くらいは強いられる距離もある。その時点で、森の奥に足が届く時点で相当な猛者だが、その相当の猛者でさえ、基本的には彼らの牙の敵ではない。
だがそのラインを超える強者はいるところには居る。
この森の資源を漁りに来た探索者なのだろうが、おそらく今回はその手合だ。
偶然森の浅い場所へのおつかいを頼んだクリスとルーナに、奇跡のような幸運に守られた結果の末に出会えた当時のマルメロとサクラとは事情が違う。
……チコリとロベリアならそうそう不覚は取らないだろうが、それでも無事を確かめるまでは、胸のざわつきは抑えられない。
ガルム様には、戦場の誉れを誇りにする戦士たる彼らにそのような過保護は失礼ではないかとも言われたが、彼らも私にとっては大切な家族だ。怪我の痛みに苦しむ姿など、兄弟の死に嘆く姿など、絶対に見たくはない。
彼らは自分たちも十分に戦えると、牙を磨く事を怠らず、私や神狼様の為に死すら厭わないと言って憚らない頼もしい家族である事も解っている。
だが、だからこそ、彼らも私の牙と爪で守り抜きたい。
その自己満足のために、私は森の中の吹雪を引き裂きながら急ぎ、駆ける。
・・・・・・・・・
雪に覆われた道なき道を掻き分け掻き分けでは正直拉埒があかない。
身軽で小柄な己の身を利点として、木々の枝から枝に飛び移り続けた方が話が早いので、いつもそうしているが、ちらと後ろを見ると、マルメロはちゃんと私の後ろに着けてきてくれている。
付いてこれないようであれば速度を緩める事も考えたが、その心配はなさそうだ。彼女も気が付けばたくましくなったものだ。
私の心配に気付いたのか、振り返った私と目が合うと、マルメロは余裕めかして笑顔をむけてきた。
「忠誠心の篤いお方だと思っていたのですが、ルーナ様も存外手厳しいのですね。」
数人乗っても大丈夫そうな枝の上で一旦足を止めると、軽口を叩きながらマルメロは、私と同じ枝にまで跳ねてきて、そこで同じく足をとめた。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。ですが、忠誠心に篤いからこそ私の至らないところをあのようにちゃんと叱ってくださるのです。」
「いえいえ、とんでもない、あの時の主様めっちゃ可愛いか……っと。」
何か口を滑らせかけたらしい言葉に、私が訝し気に振り向くと目線を逸らされた。
が、軽口に付き合うのは事を片付けてからのお茶の時間の際でいい。今はスルー。
「っと、それより、場所に目星はあるんですよね?進行に迷いがありませんでしたし。」
「ヘリオトロープからおおむねの場所は聞いていますから。もう少しの筈です。……貴女は到着してもまずは臥せておいてください。コンタクトは私が取ります。合図で、手はず通りにお願いします。」
「了解しました。」
マルメロの様子を見ると、不安な色はあまり見えない。緊張しているわけでもなさそうで、肩に力も入っていない。これなら大丈夫だろうと、目線を目的の方向に送る。
「お任せください。私を連れてきてよかったと、賛辞をいただく予定となっておりますので。」
「ピクニックに行くわけではないので、もう少し緊張感を。」
ただちょっと浮かれすぎ。一言軽くたしなめてた彼女が軽いノリですみません、と笑うのを横目にしながら、もう一度自分で自分に言い聞かせる。
もしも、訪れた先の光景が激昂するような悲惨なものであったとしても。怒りに呑まれて自分を見失うな。と。先ほどの二の舞は御免だ。