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神狼の魔女と不死の魔王   作者: 抹茶ちゃもも
一章 妹と姉
1/56

姉と妹 1

第一幕は主要登場人物紹介も兼ねた過去話です。

ー……神狼。


馬よりもはるかに大きな巨躯を、雪よりも純白の光り輝く毛並みで覆われた狼の姿をしたそれは、銀狼の群れを従え、時に人々を襲う脅威があれば、その牙で邪悪を打ち砕き、人々が傲慢に大地を荒らすのであれば、その爪で人の世の罪を裁く。


慈悲深く人を愛し、慈悲深く人に試練を課す神は、人々の信仰と敬愛を糧に大地に寵愛を与え、守り続けていた。


が。


その神の加護は今はもう、この地にはない。


蒼い月が禍々しく空を彩った夜に。


恐ろしい、恐ろしい、邪悪な魔女が、神をこの地より攫い連れ出したからだ。


……。


加護を失った地は、魔女の呪いに蝕まれ氷と雪に閉ざされた。


その地の果ての忘れられた森の奥深く。死の森。止むことのない吹雪が行く手を阻み、凶暴な魔獣の群れがわが物顔で闊歩し、足を踏み入れた愚か者の命を、容赦なく刈り取る地に、魔女は……。


『蒼き月の魔女』は


……いないのかもしれないし、いるのかもしれない。


だから、決して、魔女が潜んでいそうな、そんな、森の奥深くなど、決して、足を踏み入れてはいけないのだ。




…………。




「お姉ちゃんっ……!もう、いいから、もう、私の事はもういいから!!!」


鋭い、身を斬るような勢いで吹きすさぶ吹雪に、私の長い黒髪が流される。視界は雪の白と、私の前髪の黒に時折遮られるが、目の前の脅威を鋭く睨みつける。


後ろから届く妹の必死の声を聴きながら……この腐り切った国で生まれた子供なら、誰でも知っているおとぎ話を思い出していた。


やはりここは、足を踏み入れていい場所ではなかった。


絶えず吹き続ける吹雪、積もる雪で頼りにならない足場、油断をすれば森の茂みのどこからでも飛び出してくる凶暴な獣の数々。


奥深くに魔女がいようがいまいが、この苛烈な地で誰がそこまでたどり着けるというのだ。


「いいか、私が食われている間は、あいつの意識はお前から離れる、だから、その間に逃げろ、もう私にかまうな!それでお前が生き延びるならこの場は上出来だ!」


私達姉妹の眼前に迫っているのは巨大な銀色の熊。矢をいくら受けても、切り傷をいくら浴びせても、かろうじてひるませる程度の意味しかなかった。私たちの命運はもはや風前の灯。


私の唯一の財産だった、愛用の剣の刃は根本から折れ、私自身も両足に骨まで達しているであろう重症を負い、もはや立ち上がる事すらままならない。積もった雪を赤色に染めながら、その中にへたりこんで、身を沈めるしかない。


妹の方は五体こそ無事であったが、もうボウガンから放つための矢がない。手にしているのは、護身用の粗末なナイフひとつ。私たちが選べる手段はそれくらいしかなかった。


「いやだ!それなら、私もお姉ちゃんと一緒にここで死ぬ!!残されて一人で、死ぬまで病気に怯えるだけになるくらいなら……!そのほうがいい!」


妹は私の言い分を聞き入れず、前に躍り出、自分の倍以上はゆうにある、巨躯の熊の前に立ちふさがった。


後ろから見ていても露骨に解るほど、妹の身体は、足も、肩も、がくがくと震えていた。


森の中を吹き抜ける、身が冷えるような冷たい風に、肩まで届く薄い茶色の髪がなびいているが、震えの原因が寒さではないのは明らかだった。


きっと恐怖に戒められ、瞳に涙を湛えながら、けなげに、必死に耐えている。そう思うと、私の方もこらえきれずに涙が零れた。


「わかってくれ!私の自己満足だということはわかっている!でも、それでも、お前だけでも……!」


この足さえ無事なら。立ち上がる事ができるなら、もはや虎口の前の羊でしかない勇敢だが無謀なこの妹の首根っこをひっ掴んで自分の後ろに下げさせたい。


もはや打つ手は何もない。できる事はもう、祈る事だけだ。


……誰に?


(神などに祈ったところで、すくわれるのは足元だけだ!)


一寸でも祈りそうになった、心折れ諦めに達しようとした自分を恥じながら、気力を奮い起こす。立ち上がろうと足に力を籠める。


両方の脛に意識を失いそうなほどの激痛が走ったが、それでも、残された気力を振り絞り、全身に脂汗を浮かべながら、かろうじて私は立ち上がった。


間に合え。せめて食われるのは自分でありたい。妹のために掛けられるチップがもう自分の命だけなら、迷いはない。倒れ伏す事が避けられないのであれば、倒れる方向はせめて、前のめりだ。


熊はこの状況でなお、自分に対する脅威がまだ残っていなか、慎重にこちらを見極めるように、動きを止め観察を続けている様子だ。


慎重な性格なのだろう。だが、それは好都合だった。


妹から少し離れた場所まで、そこまで行けたらもういい、熊からすれば妹にはすぐに手が届かない場所で、私が食い破られ、もう助からない事が解れば……そうなれば、さすがに逃げてくれよ?と、妹へと祈る。


最後の気力で、数歩、妹から見て少し斜め後ろにまで移動したところで、足の痛みは悲鳴をあげながら限界を訴え、私はその声に応えるように雪の上に倒れこむ。だが、これで充分だ。


「間抜けなうすのろめ、見ろ!お前の晩餐はこちらだ!!」


妹が私の行動にまで気が回らないほどに、熊のほうに集中していた事も、私にとって幸いした。


気が付いたら姉が自分から距離をあけて離れていたことに、私が倒れ伏しながら発した、熊に向けた挑発の声を耳にするまで、気づいていなかった。


「お姉ちゃっ……!!」


妹が反応してこちらに振り向くのと、挑発通りに熊が私へと力強く足を踏み出したのは同時だった。


上手くやったほうだろうと私は成果に満足はした。最後に妹へ視線を送る。


今生の別れ、私がお前に最後に見せるのは、お前に向けた笑顔だ。


……生まれ落ちて13年、私が生きた年月は長いほうではなかったかもしれない。


その生の最後に、お前の……いや、貴女の姉は、我が身の命よりも、貴女が大切なのだと証明してみせたことを、どうか覚えていてほしい。それをせめて、貴女に残されたわずかな命の慰めにしてほしい。


私の唯一の家族であり、最愛の妹へと、最後にそう祈り、願った。

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