3. イケメンと私の仁義なき戦い……?
すまないじゃすまないんだけど?!
ダジャレみたいになっちゃったけどそういう意味で言ったわけじゃないからね?
「……………」
私が無言で睨みつけていると、男は申し訳なさそうに再度謝ってきた。
この男、女性の扱いが雑すぎないか?
そもそも私が女に見られていないだけなのか………。
「あんたのぐだらない自慢話を聞かなきゃいけないほど私暇じゃないんですけど?」
「自慢じゃない。事実だ」
「………………」
この男はほんっとに人の神経を逆撫でする天才なの?
こと男と話してるとめっちゃ疲れるんだけど。
私が疲れた顔で男の横を通り過ぎようとすると、ガシッと手を掴まれた。
「だから待って欲しい!」
「だから、相談には乗らないってば」
「そこをなんとか!」
あーもーしつこいな!!
思いっきり腹が立った私は、手を勢いよく振り払うと男の方に指を突きつけながら叫んだ。
「だいたいね!人に相談持ちかける前に名を名乗りなさいよ!どこの世界にどこの誰ともしれないやつの恋愛相談にいきなり乗る人がいるわけ?!名前も知らない赤の他人を助けてあげるほどお人好しでもなければ親切心も持ち合わせてもいないし人間もできていないのよ!!!!!」
私がいきなり叫んだからか男は目を見開きながら固まっていた。
イケメンってどんな表情でもイケメンに保てるのねーなどと思ったことを全部言えてスッキリしていた私はそんなどうでもいいことを考えながら暫し、イケメンの尊顔に見蕩れてしまっていた。
「確かに……言われてみれば名も名乗らずに願いを聞いてもらうなどいささか礼儀に欠けていたようだ。
すまない」
目の前の男は私の言い分に納得したのか深く頭を下げて謝罪の言葉を述べた。
「え…いえ」
素直に頭を下げるとは思っていなかった私は驚きすぎて生返事をしてしまった。
「改めて名乗ろう。俺はカティス、カティス・ルビリアスだ」
「…………ルビリアス?」
なんだろう?
どっかで聞いたことあるような気がするんだけど思い出せないな。
うーんうーん。必死に記憶を辿って思い出そうとするものの一向に思い出せる気配がしない。
こんだけ考えても思い出せないってことは大したことじゃないのかもしれないわね。
少し引っかかるものはあるものの思い出せないものはしょうがないと思いひとまず頭の隅に追いやった。
「して、そなたの名前を伺ってもいいか?」
「………名乗りたくないんだけど」
「………人に名乗らせといて自分は名乗らないつもりなのか?」
「…………………」
「…………………」
無言で睨み合うこと数十秒。
やっぱり私も名乗らないといけない感じか?
……名乗りたくないんだけど。
ここで名乗ったら絶対にこいつの相談に乗らなきゃいけないような気が済んだが………。
何とか名乗らずにこの状況を変える術を見つけ出せればっ!
私は頭の中で作戦を練るのに夢中になっていたから気が付かなかった。
そう、あの破壊級の顔面が音もなく近づいていることに。
考えに耽っていた私の耳に艶めかしい声が響いた。
「名を……教えてくれないか?」
「?!?!」
私は咄嗟に自分の耳を手で塞ぐとバッと顔を上げた。
そして直ぐに顔を上げたことを後悔した。
そこには、あの男のめっちゃ整いまくった顔がすぐ近くにあったからだ。
驚きすぎて私は声にならない悲鳴を上げた。
こいつは私の心臓を破壊しにきてるわけ?!
乙女の耳元であんな……あんな……吐息混じりの声で囁くなんて!!
いや、それを気にするよりも早くこの顔面を遠ざけなくては心臓が幾つあっても足りないから!
「近い!!」
「教えてくれないのか?」
「わかった!わかったからとりあえず離れて!!」
「ほんとに?ほんとに教えてくれるのか?離れた瞬間に逃げ出したりしないか?」
「うっっっ」
カティスと名乗った男は、目をうるうるさせながら私の目を下から覗き込むような感じで見上げてきた。
さながら捨てられた子犬のような感じである。
あざとい……!あざとすぎる………!!
こいつ私が小動物に弱いこと知っているわけ?
こんな……こんな目で見つめられたら、冷たく突き放すなんて………
「?」
私が思わずカティスの方を見るとカティスは首を傾げながら微笑んできた。
(ぐっ!なんて破壊力のある微笑みなの?!あながちこいつが言っていためっちゃモテるっていうのも誇張でもなんでもないのかもしれない)
「教えて欲しい」
「どうしてそこまで私の名前を知りたがるのよ!!」
「互いに名を知らなければ腹を割って話すことも出来ないだろ? それに、お互いに名乗って名を知ればもう俺たちは名も知らぬ他人ではなくいわばそう………友人になるからな」
「どんだけ友人の範囲広いのよ!!そんなこと言っていたら名前を知っている人はみんなあなたの友達なわけ?!」
「………そんな訳ないだろ」
私が怒鳴りながらそう発言するとカティスは何言ってんだこいつ的な感じで見てきた。
(え?今の発言は私が悪いの?!絶対違うよね?なんで私がそんな目で見られないといけないのよ!!)
「それで?あなたの名は?」
どんだけ頑固なのよ。
だけどここでうだうだ突っぱねていたって拉致があかないわね。
もう、ここはひとつちゃっちゃと教えて帰った方が手っ取り早そうだな。
「…………………レミアよ」
「レミア……………とても素敵な響きの名前だ」
カティスは私が名前を教えたことがとても嬉しかったのか満面の笑みでそう口にすると、いきなり私の手を取って手の甲にそっと口付けを落とした。
「?!?!?!いきなり何すんのよ!!!」
突然の行動にびっくりして咄嗟に手を引き抜くと数歩後ずさった。
「何って……ただの挨拶じゃないか。貴族間ではよくある事だぞ?」
「貴族間ではよくあるのかもしれないけど私は貴族でもなんでもないただの平民だから!!こんなことに免疫なんかある訳ないし、ましてやいきなりキ、キ、キスなんてされたらびっくりするじゃないの!!少しは考えなさいよ!!」
顔を真っ赤にしながら勢いよく捲し立てるように早口で言い切った。
(全身がめっちゃ熱いわ。)
男性どころか人とこんなに長い会話を交わしたことがなかったところに衝撃的な行為をされた私は完全にキャパオーバーである。
今日一日でとても濃い時間を過ごしたのではないだろうか。
色々と限界を迎えた私は半ば無意識にふらふらと自分の家に向かって歩き出したのだった。
「おい……レミア?どこに行くんだ?」
「なんかもう疲れたから家に帰るわ」
カティスの問いかけに条件反射で答えながらも私は足をとめずに進み続けた。
それを聞いたカティスは何故か嬉しそうな声を上げたのだった。
「そうか!やっと相談に乗ってくれる気になったんだな!しかも家に招待してくれるなんて!」
「………………」
どうやったらさっきの会話からそういう解釈になるのかが意味不明過ぎるが最悪なことに疲れ果てて家に帰ることしか頭にないレミアにはその言葉は届いていなかった。
そうして、盛大な勘違いをしたカティスを無意識に伴ってレミアは家路に着くのだった。