89話
リリがケーキサーバーを引き抜くと、崎野の肩口から血が噴き出した。その血をリリが頭から浴びる。
「そ……それは……し……仕方……なく……」
崎野はヨロヨロと立ち上がり、ドクドクと溢れ出す血を必死で手で止めるように押さえながらフラフラと後退る。
「良いトコのボンボンは、他人を傷付けても良いなんて道理はないんだよっ‼」
リオが気に病んでいた竹富の妹の話。親同士が決めた事とは言え、体を許した相手に裏切られ精神を病んだと聞き、リリは絶対に崎野を許してはいけないと思った。
「私は……あんたを許さない……。人を人とも思わない人間を……私は許さない……」
崎野の血を浴びたリリはユルユルと崎野に近付く。歩く度に浴びた血がポタポタと地面に落ちる。
「だか……ら……それ……は……里長……の……」
「誰に言われたからって関係ないんだよっ‼ あんたがっ!! 竹富の妹を傷付けたんだよっ‼ あんたがっ‼ 竹富の妹に手を出したのはっ‼ 事実だろうがっ‼」
リリは、再びケーキサーバーを振り下ろした。崎野は右腕で顔を庇った。その腕にケーキサーバーが大きな傷を作った。
「ウギャア〜っ‼」
「痛いでしょう? 体の傷は、いつか塞がるの。でもね、心の傷は何年経っても……塞がったと思ってもジクジクと傷んで、気が付けば傷口が開いて痛むのよ。何年経っても何年経っても痛くて痛くて苦しめるのよ。分かる? 分かんないよね。そんな事も分からないヤツは……」
「リリ、その先は言わなくて良い」
リリがケーキサーバーを振り上げた時、後ろから声がした。リリが振り返ると、竹富が立っていた。ロディやサラはもちろん、里道も驚いて動けなくなった。
「竹富……」
声を掛けたリリの横を通り過ぎ、竹富はスタスタと崎野に近付いた。崎野は、里長派である竹富を自分の味方だと思って嬉しそうな顔をした。
「竹富、助けに来てくれたのか。コイツ等は……」
「そんな訳はないだろう。何を言っている」
「え?」
竹富の目に浮かぶのは、崎野に対する明確な殺意。
「俺は里の者とは戦えない。だが、キサマだけは別だ。俺の可愛い妹を裏切って捨てたヤツだからな。リリ、コイツの始末は俺にさせてくれ」
「た……竹富……」
リリは、竹富をジッと見た。自分の大切な妹を傷付けた崎野は里長の腰巾着。その里長に従っていた竹富。
「百万回殺しても足りない位なんだ。リリ、頼む」
「良いよ」
リリが頷きながら言うと竹富は短刀を抜いた。