29話
投げ付けた湯桶は、しばらくすると同じ場所に出現した。
(お? 戻って来たぁ〜。この湯桶の定位置はここなんだなぁ〜)
のんびり手足を伸ばし空を見上げる。
澄み切った青空にプカプカ浮かぶ白い雲。
(ここがゲームの中ってのを忘れるよなぁ……。リオが戻りたいって言ったの分かるな。けど、あの﨑野は嫌だったろうに)
そして、ふと思う。
(もし……このゲームが最初リリを主人公に作られたとして、エンディングはどんなだったんだろ……? まさか 﨑野と結ばれてハッピーエンド……?)
リオの嫌がりっぷりからして、それはないとは思った。
(よく考えたら 女忍者が主人公で、脇役に姫ってのはないよね。もしかしたら姫を出すって決めたから、リリはボツになった? いやいや。リスティリア姫は最初の方から出てたから、リスティリアが出たからボツになった訳じゃないよな……? それじゃ辻褄が合わない……。じゃあ何でリリはボツになった……?)
また、『なぜリリはボツキャラになってしまったのか』と言う事を考えてしまっていた。
他人の思惑なんて分かりっこない。
それは分かっている。
でも『リリと言うキャラが自分のやっていたゲームで存在を消されていた』と言うのを知ってしまったと言う事実は変えられない。
白く濁ったお湯を両手ですくってみる。
どんなに強く手を閉じていても お湯は量を減らしてしまう。
両手に残った湯をやっていたゲームだとすれば、リリは主人公だったのに手から漏れた……と考えればどうか。
(もしかしたら、このゲーム……元は物凄く長いゲームで、尺を短くする為に主人公のリリを捨てて、安直に姫を助けるってストーリーに変えた……のかも……)
姫を助けるストーリー。
一番一般ウケがするストーリー。
(リオは……ここに戻りたいって言ってたけど、ここにリオの幸せがあったの……?)
人の幸せなんて十人十色。
(リオの幸せなんて、私が分かる訳が……って、リオの記憶なのに、リオが戻りたい理由が分かんないのはなぜっ⁉)
今になって気付いた。
(リオ……。あんた知られたくない事の記憶を共有しないようにしたんじゃないでしょうねっ⁉)
リリよりリオの方が一枚上手だったようだ。