【閑話】帰ってきたリリアン
マーキュリー伯爵家、第三夫人ニコールの私室の前でニコール専属のメイド、ガーベラの姿があった。
ガーベラはニコールの私室の扉をノックする
「誰?」
「ガーベラで御座います」
「入りなさい」
ニコールの私室には調度品などについても妥協を許さず上等な物ばかりが選ばれている、伯爵夫人の立場を利用し贅の限りを尽くしたと言えよう。
使用人達からは散財の度が過ぎていると裏で言われているが、ガーベラはそれらの品を横目で見ながらニコールの元へ行き、用件を伝える
「ニコール様、リリアン様が無事にお戻りになりました」
「そう良かったじゃないの、私も心配したわ」
ニコールの表情からは嬉しそうな感じは見えない。
事務的に返事をしているだけのように見える。
「はい、無事にお戻りになりました」
何か含みがあるようにガーベラは”無事”を強調した
「あの子8日もドゥームグローブに居たのよね、怪我とかは無いの?」
「はい、リリアン様のご様態は健康そのものだそうです、無事で何よりで御座います」
えっ…あの冒険者の話では女が1日でもあの森にいればゴブリンやオーク達に襲われて女としての一生が終ると聞いていたのに、なぜ無事に帰って来られるの?
この女の名前はニコール・マーキュリー、マーキュリー伯爵の3番目の妻である
政略結婚であり、マーキュリー伯爵とは愛の無い結婚であったが、独占欲が強く伯爵との間に男児を作り、伯爵家での上位の地位を狙っていたのだが、女児が生まれた事でこの作戦は失敗し、自分の子供の地位を上げる為に様々な工作を行っていた。
マーキュリー家は残念ながら男児に恵まれず、このままで行けば長女であるリリアンが跡取りとなり、婿を取り家を継ぐ形となっている。
これが気に入らなかったのがニコールである。
確実に自分の子供は政略結婚として外に出されてしまう。
しかも第三夫人である自分の子供にはそれほどの価値は無くマーキュリー伯爵家よりもランクの下の家に嫁がされる可能性すらあり、リリアンが伯爵家を継いだ場合ニコールの立場は失墜し今のような贅沢三昧の暮らしも出来なくなるのだ。
「無事でなによりだわ、明日にでも顔を見に行きましょうか」
同じ屋敷に住んでいるニコールだがリリアンの安否についての興味等全く無い、自分の行った作戦の失敗について考え悩むような状況なのだ。
「奥様、それではリリアン様が気の毒で御座います、せめてお顔だけでも見に行かれた方が良いかと」
「まったく面倒ね、あの子の顔なんか見たくないのよ」
「旦那様もいらっしゃると思いますので是非ご挨拶だけでも」
「わかったわ、準備しなさい」
「かしこまりました」
・・・・
屋敷のエントランスには無事に帰還したリリアンとエリカ、それに数人の使用人達が集まっていた。
様子を見たニコールはリリアンに駆け寄ると
「リリアン!心配していたわ!」
リリアンの前で慌てるような芝居をするニコール、目には涙を貯め、先ほどまでの私室の態度とは全く違っている。
「お義母様、リリアンただ今戻る事が出来ました」
「そう、良かったわ誘拐されたと聞いて夜も眠れなかったの」
演劇みたいな感じにオーバーアクションをするニコール。
だが、リリアンの隣りに居たエリカはニコールの態度を見ると、リアンとニコールの距離を取るように移動させたのだ。
それを見たニコールは不満そうに怒鳴る
「なに!エリカ!その態度は!あなたも大変だったでしょうが、使用人としてのおつとめご苦労様、あなたは下がりなさい!」
ニコールからすればエリカは使用人であり、同じ人間だとは思っていない。
しかしリリアンは違い、同じ体験をした良き友としてエリカとニコールの間に逆に入ったのだ。
「エリカ、私は大丈夫です。お義母様と少しお話させて下さい」
この場でニコールがリリアンに何かをするとは思えないが、エリカはニコールの事を警戒している為すぐに駆け寄れる範囲で後に下がったのだ。
「お義母様、私が何処にいてどうやって帰ってきたかご存じでしょうか?」
「さぁ判らないわ、そんな事はどうでも良いわ!あなたが無事に帰って来てくれた事で私は十分よ」
全く経緯を聞こうとしないニコールの態度を見て、リリアンは今までの事を話始める。
「実は私はドゥームグローブに置き去りにされたのですわ」
「まぁドゥームグローブですって!それは恐ろしかったでしょう」
通常、戦う事の出来ない女がドゥームグローブに置き去りにでもされれば1日もしないうちに女としての人生が終るとされている。
ゴブリンやオークの子供を産むための道具とされるからだ。
「私はそこで冒険者に助けられたのですわ」
この言葉がキーワードとなり、部屋の扉が開きマーキュリー伯爵と護衛の兵が数人入室してきたのだ。
「あら、あなたも来たのね!見てリリアンの無事な姿を!」
ニコールの作ったような笑顔とは違いマーキュリー伯爵の表情は重く険しい
「リリアンを助けてくれた冒険者さんにもお礼をしないと」
(ケッ!どこの冒険者か知らないけど余計な事をしてくれたわ)内心はそう思っているニコールだが、表情は作り笑顔のまま変わらない
「お義母様、話に続きがありますがよろしいでしょうか?」
「えっ?あなたをここまで無事に送り届けてくれたのでしょう?後はお礼をして終わりじゃない、私も挨拶しないとならないわ!早く日程を決めてその冒険者様に会えるようにしましょう」
マーキュリー伯爵の表情はニコールの態度を見ているだけでどんどん険しくなっていた。
「実はニコールお義母様、私を助けてくれた冒険者様がお義母様の事のお話を聞いていたのですわ」
リリアンがシオン達から聞いた話は「冒険者風の男達の会話」であり不確定な所が多かったのだが、会話の要所の一部がヒントとなりニコールを重要人物としてマークする事となった。
ニコールは何を言っているのと言う感じで全くその話を取り合おうとしないが、険しい表情のマーキュリー伯爵が口を開く
「ニコール、実はリリアンが帰ったのは5日ほど前だ、行方不明になってから8日だな、今日まで伏せていたが、お前の様子はメイドのガーベラを経由して報告を受けている、この5日間はパーティや夜会と忙しそうだったようだな」
「あなた何を言っているの?私はリリアンの事が心配で心配で、でもお勤めはしないと家の為になりませんわ!」
「実はリリアンの話を聞き数日の間にお前の周辺を色々と調べさせてもらった」
ニコールはこの言葉を聞いても何を言っているのか判らない様子を続けている。
「ニコール、残念だがお前が雇った冒険者達を特定し既に捕まえて自白させた、お前がリリアンをドゥームグローブ等に送らなければ調査も難しかったかもしれんが、今時ドゥームグローブに行くような冒険者も少ないからな簡単に特定できたよ」
地獄が続くような森へわざわざ行くような真っ当な冒険者はほとんど居ない、そんな所に行くのは訳ありの冒険者位な物だ。
これが冒険者達の言うようにリリアン達をスラム街にでも捨て置けば話も変わったのかもしれないがニコールはモンスターの子供を孕ませ女としての人生を終わりにさせる方法を選択した事が失敗だったのだ。
マーキュリー伯爵はリリアンの話を聞きフリッグの街の冒険者組合や裏組織とコンタクトをとる。
該当しそうな冒険者がピックアップされ裏組織経由で事件に関わった冒険者が判明した。
これは短期間で伯爵家と裏組織間で何かしらの裏取引がされたのだろう、異例の早さで話が進展していく。
元々リリアンがシオン達に助けられるシナリオは無かった為、想定外の事態だったのだろう。
「残念だよニコール」
「何を言っているのあなた!」
マーキュリー伯爵の後で待機中の衛兵が伯爵の指示で前に出るとニコールの両腕を拘束する。
「あなた!これは何なの!私が何をしたって言うのよ!」
「ニコール奥様お話は別のお部屋でお伺いしますのでご同行お願いします」
「二人とも離しなさい!お前達!無礼よ!」
抵抗するニコールは両腕を拘束されたまま引きずられるように部屋の外に連れ出された。
「リリアンとエリカには怖い思いをさせたな、改めての謝罪するぞ」
「私は無事でしたので大丈夫ですわ、お義母様の事もそれほど重い罪にはしないで下さいませ」
「そう言ってもらえると助かるが、ニコールにはそれなりの罪を受けてもらう事になるだろう」
こうしてリリアン誘拐事件の幕が下りたのだった。
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