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お腹も満たされたローシェは早速、アルベルテュスの錬金部屋を借りて解呪薬を作ることにした。
この世界における錬金術とは、魔法の派生である。ゆえに錬金術には、魔力と魔法陣が欠かせない存在であり、あとは作りたい物に見合う材料と、これも錬金術には欠かせない錬金液が必要となる。
そして何よりも大切なのは、想像力。作りたいものを細部までイメージできるかが、完成度に大きく関わる。
ローシェは魔法陣の開発と、想像力に長けており、この国でも一二を争う天才錬金術師と呼ばれていた。
そのローシェにかかれば、解呪薬を作るなど容易いこと。
すぐに考えておいた魔法陣を、チョークで床に描き始めた。
外で錬金術を使う際は、あらかじめスクロールに魔法陣を描いておく方法もあるが、家で使う際はスクロールが勿体ないので床に直接書くのが一般的。錬金部屋の床は石造りで、チョークで描きやすいように磨かれている。
「三歳児になっても、複雑な魔法陣を描けるとは。さすが師匠ですね」
アルベルテュスは感心したように、ローシェが描いている魔法陣を見つめた。ローシェを嫌っている弟子だが、昔からローシェが魔法陣を描いている時だけは、食い入るようにその姿を見つめていたものだ。
「えへへ。みなおしてくれた?」
「今も昔も、そしてこれからも、師匠に対する気持ちが変わることはありません」
「……ひどい」
真面目な弟子は、単にローシェへの恩を返しているだけ。気持ちが変わったなどと期待するほうが間違っていた。
がっくりしながらも魔法陣を描き上げたローシェは、次にビーカーへ薬草を詰めて魔法陣の上に置く。その上から錬金液を流し込んだ。
この錬金液の作成方法は、師匠から弟子へと代々受け継がれるもの。改良する弟子もいるが、アルベルテュスはローシェから教わったままの作成方法で作っているようだ。
錬金液を流し込んだ後「アルケミア」と呪文を唱えると、一瞬だけ眩い光を帯びる。
そして解呪薬は、無事に完成。……しなかった。
「わぁ! アーくんのぬいぐるみだぁ!」
錬金術によって完成したのは、なぜかアルベルテュスのぬいぐるみ。
ぬいぐるみ作製に必要な布や綿などは一切、材料として使わなかったが、どういうわけかぬいぐるみが完成した。
三歳児ローシェは、嬉しさのあまりぬいぐるみに飛びついたが、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて頬をすりすりしたところで、ハッと我に返る。
「えっと……しっぱいしちゃったから、もういっかい、つくってもいい?」
「……どうぞ」
弟子の冷ややかな視線を受けながらローシェはもう一度、解呪薬をつくることにした。
想像力には絶対的な自信があるローシェは、どうやら魔法陣に問題があったのだと思い術式を変えてみる。
そして出来上がったのは、またもアルベルテュスのぬいぐるみ。今度は妖精バージョンで羽が生えている。
「もっ……もういっかい!」
このままでは唯一、弟子に尊敬されていた部分まで失ってしまいそうだ。ローシェは必死に魔法陣を改良しては、何度も錬金術を試みてみる。
しかし、完成するのはアルベルテュスのぬいぐるみばかり。
大量に完成したぬいぐるみを隠すように両手を広げたローシェは、泣きそうになりながら弟子を見上げた。
「ちっちがうの……。きょうはちょっと、ちょうしがわるくて……」
焦るローシェを構う様子もなく、アルベルテュスはじっくりとローシェが描いた魔法陣を見つめる。
「魔法陣はどれも、僕では考えつかないような素晴らしいものばかりです。材料も妥当な気がしますし……。問題があるとすれば、想像力では?」
「えっ?」
「今の師匠は三歳児なので、解呪薬について上手く想像できないのだと思います」
「まっまさか……」
「ここへ来てからの言動も子供っぽいですし、脳内が単純化しているのでしょうね」
「そんな……」
ローシェもそれについては、思い当たる節がありすぎる。思ったことをそのまま口にしてみたり、悲しかったり悔しく思うとすぐに涙が出る。この身体になってから、感情に忠実になっていた。
そして、ローシェの脳内をいつも占めているのは、推しであり可愛い弟子でもあるアルベルテュス。いつも心配で、厳しく育てながらも陰から手を焼かずにはいられなかった。
(アーくんのことで頭がいっぱいだから、アーくんのぬいぐるみしか作れないってこと?)
だからと言って、普通は薬草からぬぐるみは作れない。天才であるローシェは、斜め上方向に才能が進化したようだ。
「それじゃ……、ローシェはおおきくならなきゃ、おくすりつくれないの?」
「そうなりますね」
「どうしよう……。アーくんにまた、めいわくかけちゃう……」
「迷惑ではないと、言ったはずです。それより、せっかくぬいぐるみを作ったのですから、ベッドにでも並べたらいかがですか。それより先に、師匠のベッドも作らないといけませんね。それから、師匠用の椅子も必要ですし」
「えっ……。あの……」
真剣に悩む場面のはずだが、弟子はそれよりもローシェが住む環境を整えるほうが気にかかるようだ。
「師匠を不自由なく育てるにはお金がかかりますし、安定した職も必要です。確か宮廷錬金術師の試験は、十六歳から受けられますよね」
「ええ? アーくん……?」
そればかりか、二人で暮らすための長期的な計画を立て始めた。
どうやら弟子は、本当にローシェの面倒をみるつもりらしい。
これからローシェは彼に、多大な迷惑をかけることになりそうだ。
(でも、アーくん。なんだか嬉しそう)