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(うっ……。買い物に行っていたなんて反則!)
これでは段取りもなにも、あったものではない。再会の言葉や、こうなった経緯をどう説明しようか考えていたローシェの頭は、一瞬にして真っ白になってしまった。
ここ三年間は、遠くからしか眺めることができなかったが、成長期である推しは、大人の一歩手前ほどの成長を遂げていた。
きっと二十八歳のローシェよりも少し背が高くなった程度だろうが、三歳児のローシェ視点では、とても大きく見える。
水の妖精の血を受け継いだ彼の髪と瞳は、透き通るように爽やかな水色。耳は尖っており、人間よりも肌は白い。神秘的に整った顔立ちは、十六歳にして色気すら感じられた。
妖精の羽こそ今は生えていないが、数年後に妖精の力が目覚めれば、自在に出現させることが可能となる。
とにかくアルベルテュスは、人間離れした美貌を兼ね備えていた。
「アーくん、かっこいい……」
思わずポロっと出てしまった言葉を慌てて戻すようにして、ローシェは小さな両手で口を押えた。
「…………アーくん?」
眉間にしわを寄せながら、冷たい視線を向けてくる弟子。一緒に住んでいた頃でさえ、ローシェは彼を愛称では呼んでいない。厳しく育てていたので、そんな仲ではなかったのだ。
思ったことが、そのまま言葉に出てしまうとは。どうやらこの幼児体型、言動まで幼児化しているようだ。
「あの……、そうじゃなくて。あなたは、あゆべゆちゅっ……!」
どうにか繕おうとしたローシェはアルベルテュスの名前を呼ぼうとしたが、噛み噛みになってしまい絶望した。
(お……推しの名前が、言えない!)
このような不幸が実在してよいものか。三歳児のローシェは泣きたい気持ちが抑えられずに、涙を流しながら訴える。
「ちがうの……。ほんとは、ちゃんとおなまえ、よべるの……」
「泣かないでください、師匠。幼女を泣かせる趣味はありませんよ。あと、アーくんで結構です」
「えっ……。わかるの?」
なんの迷いもない様子で『師匠』と呼ばれ、驚いたローシェの涙はぴたりと止まる。
「師匠以外の、誰だとおっしゃるんですか。それとも、師匠の隠し子ですか?」
「ううん! ローシェだよ!」
嬉しくなったローシェは、両手を挙げて自らをアピールする。三歳児のローシェはその行動によってどうなるかなど、まるで考えていなかった。
ずるっと巻きつけていたマントが、地面へと落ち。ローシェは声にならない悲鳴をあげた。
「とにかく事情があるようなので、中で話しましょう。僕も、犯罪者にはなりたくないので」
冷たい態度でローシェの横を通りすぎたアルベルテュスは、玄関の鍵を開けるとさっさと家の中へ入ってしまう。
(うぅ……。弟子が冷たい)
久しぶりに会ったというのに、弟子は相変わらず愛想がなく、冷たい。しかしこれは、ローシェの自業自得である。今の弟子は、ローシェにそっくりなのだから。
小説の彼は、辛い目に遭いながら育ったのでとても臆病な性格で。おかげで自由な身になってからも、何かと苦労が絶えなかった。
それではいけないと思ったローシェは、強く生きられるよう厳しく育てたのだが、子は親に似るように、弟子は師匠に似る。その厳しく、冷たい接し方が、そっくりそのまま受け継がれてしまった。
それでも追い返すことなく、家には入れてくれるようだ。彼の本来の優しさをありがたく思いながら、ローシェはマントを巻きなおしてから家へと足を踏み入れた。