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「アーくんのおうちまで、きちゃった……」
錬金術師ローシェは、二十八歳という年齢に似つかわしくない幼児体型で、弟子であるアルベルテュスの家の前で立ちすくんでいた。
呼び鈴を引っ張りたいが、背伸びしても、ジャンプをしようとも、紐に手は届きそうにない。なぜなら今のローシェは、三歳児ほどの身長しかないから。
『幼児体型』とは比喩ではない。誰がどうみても、今のローシェは幼女だった。
なぜ、このような身体になってしまったのかと言えば、話は彼女の前世にまでさかのぼる。
前世のローシェは日本人であり、この世界を舞台とするファンタジー小説のファンだった。
主人公であるアルベルテュスは、妖精の血を半分受け継いだ特殊な存在。人間でありながらも、妖精らしい神秘的な容姿を持ち合わせていた彼は、幼くして奴隷商人に捕らえられ、悪魔のもとへ売られてしまう。
悪魔によって大きな鳥かごに閉じ込められた彼は、鑑賞品として辛い年月を送ることになった。
そして、アルベルテュスが十八歳になった日。妖精としての力が目覚め、悪魔を封印して自由の身を得る。
それから彼の、冒険のストーリーが始まるのだ。
その小説の世界に転生してしまったローシェは、悪魔に売られる前に『推し』であるアルベルテュスを救い出そうと決意する。
幸いにも十五歳にして天才錬金術師であったローシェは、錬金術を駆使して奴隷商人からアルベルテュス――当時三歳を助け出すことに成功。
彼が一人でも強く生きられるよう、弟子としてアルベルテュスを厳しく育ててきた。
しかし、厳しく育て過ぎたせいでアルベルテュスにはすっかりと嫌われてしまい。三年前のある日、彼は忽然と姿を消してしまう。
必死に探した結果、彼の居場所は見つけられたが、新たな問題が浮上。作中に登場した悪魔が、十三歳のアルベルテュスに付きまとっていたのだ。
『推しを守らなければ!』という使命感で、ローシェはこの三年間で幾度となく、悪魔との闘いを繰り広げてきた。
そして今日。
ついに悪魔を封印することに成功したのだが、悪魔を封印する直前にローシェは呪いを受けてしまった。
「私からアルベルテュス様を奪うなんて許せないわ! 絶対に二人が結婚できないよう、呪いを掛けてやる!」
ローシェにとって推しは、保護し、守るもの。歳も離れているし、結婚したいなどとは一度も考えたことがなかったが、悪魔の嫉妬によりローシェは、三歳児になってしまったのだ。
アルベルテュスが住む森の奥で、そのような不運に見舞われたローシェ。
ぶかぶかになった服を脱ぎ捨て、マントを身体に巻きつけ。錬金道具が入ったカバンを引きずりながら、トボトボと歩き出した。
三歳児が持つには少々重いそのカバンは、途中で木の根や石にひっかかり、そのたびにローシェは転んで、すり傷だらけの、汚れまくり。
あまりに使えないこの身体が悔しくて泣いたりしながら、やっとの思いでたどり着いたのが、弟子の家だった。
この幼児体型では遠く離れた自宅までは到底、帰れそうにない。
弟子に助けを求めるしか選択肢がなくなってしまったローシェは、途方に暮れながら玄関を見上げている。
別に呼び鈴の紐をひっぱらずとも、扉を叩けば気がついてくれるはず。弟子と再会するだけならば、さほど苦労はしない。
けれど、嫌われて出て行った弟子に助けを求めたところで、門前払いされるだけではなかろうか。ローシェはそれが怖くて、扉を叩けずにいた。
「……誰ですか?」
突然に後ろから声をかけられて、ローシェはびくりと震えあがりながら後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、買い物帰りかと思われるアルベルテュスの姿。