0.3. 転生前夜
前世での人生最期の日のお話です。
転生前夜
――カチカチカチカチ
電気が点かない。
何度もスイッチの入切りを繰り返す。
……一向に点く気配が無い。
嫌な予感がした。
まだ夕刻ではあるが、冬場は陽が落ちるのが早い。
既に漆黒に塗り潰されたその部屋を、スマホのライトで照らしながら、見渡してみる。
そこには、ただ……空間だけがあった。
剥き出しのコンクリート壁が囲う空間。
それ以外は……何も無い。
……そんな筈は無い!
ここは、ブラック企業から独立する為、社内虐めにも耐え忍び、生活費を切り詰めて、それこそ草を食むが如く、必死で貯めた開業資金を突っ込んだ店舗……の筈。
先週見に来た時は、業者が工事をしていた。
この建物、この部屋で、間違いない。
共同経営を申し出てくれた、元同僚と選んだ場所だ。
間違える筈が無い。
何故だ。
何故、もぬけの殻なんだ……。
夏から準備して、半年。
オープンは、明日だろう……?
茫然自失。
電池の切れた玩具のロボットのように、ただ立ち尽くす。
頭の中が、濁流に呑み込まれたかのようだ。
目は開けているが、天地が反転したかのようで、視界が歪む。
何が何だか分からない。
機材は……備品は……どこへ行った?
定まらない視点と足取り。
纏まらない考え。
風に舞うレジ袋の如く、フラフラと外に出る。
あ、そうだ。電話だ。
握り締めていたままのスマホを見る。通知は無い。
どういう事か、聞かないと……。
手が、酷く汗ばんでいる。
上手く操作が出来ない。
やっとの思いで緑のマークを押す。
「お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません」
無機質な音声が響いた。
……銀行へ行こう。
膝から崩れ落ちるようにヘタリ込み、どれくらい経っていたのだろうか。
フリーズしていた脳が、少し動いたようだ。
いつの間にか擦りむいていた、血だらけの膝が、気付けに一役買ってくれたのだろうか。
とにかく、確かめないと。
思いに駆られて走り出す。
胸が苦しいのは、階段の所為だろうか……。
「はぁっ……はっ……はっはっ……」
シャッター通り。潰れたデパート。地方の駅チカ再開発地区。少し寂れたこの通りを抜けた先に、メインバンクがある。
共同出資で作った口座。
やっと持てた、夢への第一歩。
息を切らしながらも、あと一息だ。
そんな時なのに。
何故だか、ふと一人の少年に目が留まった。
冬場の逢魔ヶ刻。
特段、出歩くのに珍しい時間帯でも無い。
それでも、何故か気になった。
ああ、でも、そうか……。
生き別れた息子も、今頃はもう、あれくらい大きくなったんだろうか。
すまん、息子よ。父は今、訳も分からず走ってる。
……叶うならば、全部リセットして、あの頃に戻りたいよ。
――などと、他ごとを考える程には、脳が復活してきたのだろうか。
とにかく、あと少しで着く。
銀行に着いたら、通帳に記帳し直して……
取引履歴を確認して……
残高を……
それから……
どこか息子を想起させる雰囲気を感じた少年の横を、息を切らせて通り過ぎる時だった。
やけに長くてゴツい鉄骨が、大量に眼前に迫ってきたのは。
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