第四話
⑭ 軍備についての、君主の責務
さて君主は、戦いと軍事上の制度や訓練のこと以外に、いかなる目的も、いかなる関心事も持ってはいけないし、また、他の職務に励んでもいけない。つまり軍事のみが、本来為政者が携わるべき唯一の職責である。
「・・・エリカ」
「なに」
「このマキャヴェリという書記官だが、話すことが一々極端すぎないか」
「うん。私もそう思う」
「唯一ってなんだ。唯一って。他にもすることはあるだろう」
「だよね」
「村の者たちの喧嘩を仲裁したりすることも、俺の仕事だったりするんだぞ」
「夫婦喧嘩の仲裁は、こっちも疲れるわよね。時間かかるし」
「メッシーナ神父も助けてくれるが、全部を押し付けるわけにもいかない」
「うん。ノイローゼになっちゃう」
「それに、俺の仕事の大半は、ギルド長の仕事だ。エリカが半分やってくれているからまだ動けるが、俺一人だとギルドの仕事だけで一日が終わる時だってあるんだぞ」
「軍事の事だけ考えろは無茶よ。だいたい、ギルドからの収入があるから城塞だって建設できるし、馬だって買えるんだからね。無かったらなんにも出来ない」
「そうだ。むしろ、ギルドの仕事をしているから、軍事にお金が回せるんだ」
「同感。私の国も軍隊で国を守るよりも、経済力で守ってる部分の方が大きいと思う。実際、自衛隊は戦争したことないもん。経済力は軍事力と同等の存在よ」
「そうだ。この二つは切り離して考えても仕方がない」
「あっ、もしかしたら、他にやることないから軍事の事だけ考えるのかもよ。他の領地には砂糖が無いし」
「砂糖が無くても、やれることは沢山あると思うがな。ニースだって最初はカマボコを売って稼いでいたんだ」
「ごもっとも」
「それとも、部下に任せろと言う事なのか」
「うーん。細々した業務は任せてもいいけど、最終的な決定権は君主の元にあると思うわよ。ギルドを設立したときだって、将軍様自らニースに視察に来たじゃない。あれは軍事とは関係ないわよ」
「そうだった。先触れも無くいらっしゃるから驚いた」
「配下の人には、めっちゃ怒られたよね」
「そうだったか」
「うん。あっ、面白い事が書いてある」
アカイアの君主、フィロポイメンが友人と野外に出かけた時。
「仮に敵軍があの丘を占拠して、我が軍がこちらに兵を配置したのなら、一体どちらが有利だろう。どう動けば敵を迎え撃つことができるか。もし、我々が退却する場合はどうすればいいか、敵が退却するするのなら、どのように追撃すべきか」
散歩がてら、部隊に起こりうる状況を逐一友人に提起し、相手の意見を聞き、自説を語り、色々な論拠に立って議論を深めていった。
彼はこうして、反省を繰り返していたから、軍隊の指揮を執った時、どんな突発的な事態が起こっても、一度も対策に窮することはなかった。
「妙な事を考える人がいたのね」
「これはいいんじゃないか。若殿も狩りに出かけた時に、同じような話をすると聞いた」
「ウフッ。誰から。誰から聞いたの」
「どうしてニヤニヤするんだ。セシリーが話してくれたんだよ」
「へーそうなんだ。じゃあ。エリックもやらないとね」
「・・・そうだな。機会があればやってみるよ」
⑮ 君主の毀誉褒貶は何によるのか
「難しい言葉だな。評判の事か」
「そうね。賞賛されたり悪評がたったりすることね」
「悪評は避けた方がいいだろう。例えば海賊騎士ベルトランなんてものが最たるものだろう。あの評判があるから、モンテューニュ騎士領の者たちは隠れ住んでいるわけだしな」
「そうね。でも、存亡にかかわる場合は、悪徳の評判は甘んじて受けた方がいいって。美徳を全うしても滅ぶときはあるし、悪徳に見えたとしても、安全と繁栄につながることもあるって」
「場合によっては悪評を恐れるなって事か」
「そうそう。田舎者とか、成り上がりとか、若造とか、砂糖屋とか、金に煩いとか、融通が利かないとか、頑固者とか、高嶺の花のお嬢様大好き野郎とか言われても、気にする必要はないって事よ」
「・・・マキャヴェリにかこつけて、俺の悪口を言ってないか」
「ゆってない」
「まぁ、金に煩くて、頑固者なのはエリカの方だけどな」
「なっ」
⑯ 気前の良さと吝嗇
「さっきの話の続きみたい」
「気前がいい方が、人からは好かれるだろうな」
「ケチな人が好かれるところは、見たことないわね」
「ああ」
「でも。ケチな方がいいんだって」
「またか。この男は人とは逆のことを言えばいいと思ってないか」
「うーん。否定できない。マキャヴェリがいいたいのは、気前が良すぎると結果として、自分の財産を傷つけるからみたい」
「そこまで、気前のいいやつも少ないと思うがな」
「だよね。気前がいいという評判欲しさに、無茶はするなって事なのよ。きっと」
「まぁ、それなら分かる」
「自分の財産には注意しないといけないけど、他人の財産の場合は遠慮しなくていいって」
「他人の財産?」
「戦いで得た戦利品とかは、大盤振る舞いしろって書いてある」
「戦利品か。そういえば先の戦いで何か貰ったか」
「貰ったって、戦利品? 戦利品は貰ってないわね。別に欲しくもないけど」
「そうだな。俺たちは別に要らないか」
「うん。戦利品どころか、かき集めた兵糧は全部、ジュリエットにあげたし」
「そうだったな。ジュリエットに大盤振る舞いしたのか」
「うん。遠慮なく持っていったわよ。彼女」
「・・・・・・気前がいいな。俺たち」
「書いてあることと、逆のことしてるわね。お陰で借金がなかなか減らない・・・」
「ジュリエットの事はいいとして、今後は少し気を付けよう」
「うん。お財布は傷めないようにしなくっちゃ」
⑰ 冷酷さと憐れみ深さ、恐れられるのと愛されるのと、どちらがいいか
「もう、俺にも分かってきたぞ。どうせ。冷酷で恐れられる方がいいって言いたいんだろう。この男は」
「正解」
「はあ。なんだか疲れて来た」
「では、視点を変えてみましょう」
「視点?」
「うん。エリックから見て将軍様って、冷酷?慈悲深い?どっち」
「どっちといわれてもな。どちらかといえば冷酷かな。いや、父が死んだあと、俺を代官に任命してくれたから慈悲深いともいえるか、判断が難しい。でも、セシリーの事を考えると冷たい一面は持っている。いくら母親が奴隷だからといって・・・」
「なるほど。次はエリックは将軍様の事、愛してる?」
「気持ちの悪い事を言うなよ。愛してはいない。いや、忠節は誓っているぞ。そこは間違えないでくれ」
「ても、愛してはいないでしょ」
「まぁ、そうだな」
「怒られると怖いわよね。将軍様。私は怖いわよ」
「怒られたらな。閣下に対して怒られるようなことをするのは、エリカぐらいだけどな」
「結果発表ー。ドルドルドルドル、ババン」
「なんなんだ」
「将軍様は冷酷で恐れられています」
「・・・強引に持っていったな。まぁ、理解はした」
⑱ 君主たるもの、どう信義を守るべきか
「死ぬ気で守れ。他になにか言うことがあるか」
「ありません」
「よし」
教皇アレクサンデル六世は人を騙すことしか考えず、それだけをやってきた男だが、それでいて騙す相手には不自由しなかった。
この教皇ぐらい、効果的に約束し、物事を大げさに誓約しておきながら、見事に約束を守らない男はいなかった。しかも、彼のごまかしは、思惑通りに運んだのだから、よほど彼は世間のこうした面を心得ていたのだろう。
君主は良い気質を何から何まで備えている必要はないが、備えているように見せつけることは大事である。
大胆に言ってしまえば、立派な気質を後生大事に守っていくことは有害だ。
備えていると思われることが、有益なのである。
例えば、慈悲深いとか、信義に厚いとか、人情味があるとか、裏表がないとか、敬虔であるとか、そう思わせなくてはならない。
君主は、特に新君主は、良い評判だけを常に守っているわけにはいかない。国を維持するためには、信義に反したり、無慈悲に振舞ったりしなくてはならない。
必要に迫られたら、悪に踏み込んでいくことを躊躇ってはならない。
「はぁ。これは、周りでフォローするしかないわね。出来るのかな?」
「何か言ったか」
「んん。なんにも言ってない」
⑲ 軽蔑され、憎まれることをどう避けるのか
「これは難しいな。自分の知らないところで、誰かに軽蔑されたり憎まれたりするかもしれない」
「うん。でも、あんまり難しいことは書いてないわよ」
「そうなのか」
「憎まれないためにはね。臣下の財産や婦女子に手を出さなければいい」
「なんだそれは」
「だから、村の可愛い女の子とか、妖艶な人妻とかに手を出さなければいいの」
「出すか」
「はい。解決」
「本当にそれだけか」
「うん。それだけ。後はエリックの後釜を狙う野心家に注意してればいいって」
「注意といってもな。どうするんだ」
「民衆を敵に回さなければ、どんな野心家も簡単には手が出ないって。まぁ、そうよね」
「そんなに簡単にいくのか」
「ちょっと怪しいかな」
「ああ」
「軽蔑されるひとは、気が変わりやすく、軽薄で、女々しく、臆病、決断力がない人みたい。エリックは大丈夫よ」
「決断力はエリカの方が上だと思うけどな」
「そんなことないって」
「モリーニも、エリカの事を女傑といっていた」
「なんだと。モリーニさんめ。とっちめないと」
「いや女傑は、悪口じゃないだろう」
「あのね。女傑といわれて嬉しい女の子なんていないわよ」
「そうか?」
「そうよ」
「なら、なんて言われたいんだ」
「それは・・・男が考える事でしょう」
「どうしてそうなる」
続く
フィロポイメン。(前253年~前354年ごろ)ギリシャ。
アカイア同盟の指導者。




