第三話
⑩ 君主国の戦力を、どのように推し測るのか
「どのにようにって、軍団兵の数と練度だろう。優秀な指揮官も大事だ」
「正解です」
「問題にもなっていない。我が第五軍団は精強だ」
「なら、エリックと私はどうしたらいいの」
「どうしたらって、俺たちも軍団の一部だ。一緒に戦えばいい」
「それは将軍様の戦力でしょ。私がいいたいのは、エリックの戦力よ」
「俺の戦力?」
「だって軍団兵の指揮権は将軍様が持っていて、エリックは持ってないじゃない。エリックが指揮権を持っているのは、ニースとモンテューニュの兵隊だけよ。二つを合わせても二十人もいないわ。軍団の基準でいえば、最小単位の小隊だったわよね」
「そうだな。コモンドの頃は十人から二十人程度を率いていた」
「騎士になった今でも、指揮できる人数は昔と変わらないわよ。戦力としては弱いわよね。強い敵が襲い掛かってきたらどうするの」
「ならば数を増やそう」
「何人ぐらい増やせる?」
「何人・・・村中からかき集めたとして、三十人ぐらいなら」
「私の方は頑張っても十人いかないわよ」
「そうだな。合計すると六十人程度か」
「少なくない」
「少ないが、これ以上家臣を増やすと俸禄が払えない。払えたとしても畑を耕す人数が減ったら村が貧しくなる」
「そうなるわよね。でも、敵は私たちの都合は聞いてくれない」
「後は修練あるのみだろう。馬も増やしているし、鐙のお陰であいつらの乗馬の習熟も早い。同数の敵であれば引けを取らない」
「同数でなかったらどうする。仮に百人の盗賊団がニースを襲ったら」
「戦うしかないだろう」
「どうやって」
「どうやってと言われてもな。奇襲をかけるか、有利な地形を選ぶか、敵の頭を潰すか、その時になってみないと分からない。出来ることをするまでだ」
「そうよね。でも、マキャヴェリがいうには、一つだけ正解があるらしいのよ」
「正解?どれだ」
「野戦で勝てそうにない場合は、城塞に立て籠もる」
堅固に固められた城塞を堕とすことは難しい。人間は、困難が目に見えているような企てには、必ず尻込みをするものだ。
「・・・まぁ、それも有効な戦法だな。問題は城塞だが」
「うん。うちは作ってる最中だね。取り掛かってるだけ偉いものかも」
ニースでは宿屋と砂糖のギルド本部に教会、エリックの館を連結させた、簡易的な城塞の建設の途中であった。
「教会が完成したら、残りはこの館だけか。どうする」
「マキャヴェリの言に重きを置くなら、馬よりも館の改築にお金をかけた方がいいかもね」
「うーん。そう言われてもな。馬と館とでは掛かる金額が違い過ぎる」
「まぁね。でも、戦力が整う前は、野戦はきっぱり諦めろって書いてある」
「一理ある」
「籠城で大事なのは村の人を守る事」
「当然だな」
「で、村の人を守ろうとすると、村の人もエリックの事を守ろうとしてくれる」
「うんうん」
敵に包囲されて、村が焼かれると彼らは、領主との結びつきをますます強めようとする。村を守るために、家を焼かれ財産を失ったのだから、君主はさぞ我々に恩義を感じるだろうと、信じるからである。
「うん?」
人間というものは、その本性から、恩恵を施しても受けても、やはり恩義を感じるものである。
したがってこの事をよく考えれば、たとえ城攻めにあっても、食料と水を切らさず、防衛の手段に事欠かなければ、村人の心を終始つかみ続けることも難しくはない。
「だって」
「理解はしたが、後ろの方は話が変わった気がする」
「村の人の協力が大事ってことよ」
「まぁ、そうなんだが、何か変な感じだ。上手く言えないが、変な感じだ」
「館の改修も急がないとね。これが完成したら少しは安心できるかも」
「わかった。皆と相談しよう。籠城に重きを置くのなら、武器だけではなく食料も、城塞で保管しなければならないな」
「おっきな倉庫でも建てる?」
「ああ。今の倉庫は木製だから、火を付けられるかもしれない。食糧庫も石組にした方がいいな」
「石材の方は任せて。人手さえ貸してくれたら、領地から幾らでも切り出すから」
「頼む。念のために井戸も増やそう。水がなくなると三日と持たないからな」
「そっちも了解」
⑪ 教会領の場合
「教会は古い伝統的な制度に支えられてるから、じつに強固な体制だって」
「異議なし」
「だから防衛とか民衆の幸せとかも考えなくていい。そんなことしなくても誰も攻めてこないし、誰も離反しない」
「教会に戦を仕掛ける連中なんていないからな。偶に村の教会や修道院が、ならず者に襲われることはあるが」
「うーん。でもなぁ。これ、ちょっと違う気がするのよね」
「何がだ」
「教会の領地だからって防衛しないのは駄目だと思う。そのうち出てくるわよ。教会の領地を襲う人」
「出て来たとしても、直ぐに討伐されるだろう。そのな連中は。教会には神聖騎士団だってついているし、先の戦いではお世話になったじゃないか」
「そうなんだけど。さっき話した、私の国の織田信長は、宗教勢力と戦ったことで有名になった人なの。比叡山を焼いたりしてたし。でも、誰にも討伐されなかったわよ」
「周りの諸侯は黙って見ていたのか」
「黙ってなかったけど、諸侯ごと撃破したわよ」
「そうなのか。しかし、最期は部下に殺されたんだろう」
「うん。皮肉な事に、本能寺っていう教会で殺された」
「神罰が下ったんだろう。神々による討伐だ」
「当時の人も、そう考えたんだろうなぁ」
⑫ 武力の種類。傭兵
「結論からいうね。傭兵は当てにならない」
「まぁ、金で雇われただけの、ならず者みたいな連中だからな。ごく稀に立派な戦士もいるらしいが」
君主が傭兵の上に国の基礎を置けば、将来の安定どころか、現状の維持すら困難である。
傭兵は、無統制で、野心的で、無規律で、不誠実だからである。
仲間内では勇猛果敢に見えるが、敵中に入れば臆病になる。神への畏れも知らず、人としての信義もない。
傭兵が戦場に留まるのは、一握りの給金の為であり、他には何の動機も愛情もない。
しかも、その給金は、君主のために進んで命を落とす気持ちにさせるほどの代物ではない。
彼らは戦が無い間は兵士でいたがるが、戦が始まると、逃げ去るか消え去るかのどちらかである。
「言いたい放題だな。傭兵に何か恨みでもあるのか」
「お給料払ったのに、いざ戦争になったら、逃げ去って消え去ったんでしょうね。それが書記官のお仕事だったのかも」
「それなら仕方がない。俺も傭兵は信用していない」
「前の戦いのときに、雇おうとしたんだけどね。傭兵」
「そうなのか。初耳だ」
「うん。メッシーナ神父に駄目だっていわれた。代わりに紹介してくれたのが、神聖騎士団の人たち」
「神聖騎士団の方々と傭兵とでは、比べるのも失礼だな」
「だよね。時代劇だと、相手が鬼平でも用心棒の先生は戦ってくれるんだけどな。斬られる所までがお仕事でしょうが」
「何の話だ」
「気にしないで。続いて、傭兵隊長には更なる注意が必要だそうよ」
「傭兵の親玉だな。一旗揚げたい平民や、家を継げない騎士の子弟が多いと聞いたことがある」
「へー、そうなんだ。この傭兵隊長が優秀だと、その武力で雇い主を圧迫したり、勝手に別の地域で戦争をしたり、きまって自身の栄達を望むからだって。一旗揚げたいなら、そりゃそうよね。実力のない傭兵隊長は給料泥棒だし」
「決めた。俺は傭兵は使わない。エリカも頼むぞ」
「はぁい」
⑬ 支援軍、混成軍、自軍
「支援軍?援軍の事か?」
「うん。この場合は自勢力とは違う勢力の援軍の事。分かりやすくいえばジュリエットの事ね」
「アマヌの一族には助けられた。支援軍は力になるな」
「私もそう思うんだけど、マキャヴェリは駄目だって」
「何が駄目なんだ。北部戦役が早期に集結したのはアマヌの一族の力のおかげだぞ。王国軍だけでは春になっていた。いや、勝てたかどうかも怪しい」
「そうなんだけど、支援軍はこちらの思惑通りに動いてくれるとは限らないからだって。勝手に動き回られても、指揮官が違うから止める手立てがないみたいね」
「それは・・・まぁそうだな。あの時も俺が直談判をしなかったら、ジュリエットはセシリーがまだ包囲軍の中にいるのに、構わず蹴散らすつもりだったからな」
「嘘」
「本当だ。女は殺さないから、戦いが終わった後で探せといわれた」
「戦いに巻き込まれたら、殺す気がなくても運が悪いと死んじゃうじゃない。あの時はもう暗くなりかけていたし、矢だってどこから飛んでくるか分かったものじゃないわよ」
「だから、ジュリエットと言い合いになった。何とか理解してもらえたからよかったが、彼女を説得できなかったら、セシリーがどうなっていたかは分からない」
「そんなことがあったのね。初めて聞いたわよ」
「人に言いふらすようなことでもないしな」
「なるほどね。確かに支援軍ってのは危険なのかも。仲良くなったジュリエットとすら齟齬が出るのなら、他の人ならもっとひどい事になるかも」
「だが、援軍が無いと勝てないことも多いぞ。その場合はどうするんだ」
「そんなときに使うのが混成軍ね。自分の戦力と援軍を混ぜ混ぜしたのが混成軍」
「ということは先の戦いは、我等第五軍団とアマヌの一族の混成軍での勝利なのか」
「たぶんね。砦と若殿の戦力があったから、勝てたわけだし。ジュリエットだけに頼ってないからね」
「一番重要なのは、自分たちの戦力か。しかしな」
「しかし。なに?」
「すべてを賄う力なんてないぞ。無論相手にもよるが」
「そうよね。これは、あくまでも努力目標って感じかな。仲良くできる所とは仲良くしていきましょう」
「ああ、特にジュリエットとは友好関係でいたい」
「近いうちに遊びに行きますか」
「そうだな。一つ聞きたいんだが、エリカの国はどうしているんだ」
「どうしてるって、国防の事?」
「ああ、騎士がいるのは知っているが、傭兵もいるのか。戦になったらどうしている。支援軍は」
「いきなりたくさん聞かないでよ。騎士っていうか、私の国では自衛官って名称よ」
「ジエイカン?」
「うん。その人たちが騎士みたいなものよ。傭兵はいない・・・はず。少なくとも聞いたことはない。支援軍はいるわね。アメリカ軍が支援軍よ」
「傭兵はいないのか。支援軍は強いのか」
「強いなんてもんじゃないわよ。指先一つでこの世を地獄に出来るぐらい強い」
「ハッハッハ。大げさだな。指先一つで何ができるんだよ」
「私も同じように笑えたらいいのに」
続く
江莉香さんの織田信長の知識は、大河ドラマや江戸時代の講談どまりです。
新しい学説などには一切無知です。
いやぁー。傭兵についてはボロクソでしたね。( ̄▽ ̄)//
マキャヴェリは古代ローマ帝国軍を範として、国家所属の正規軍至上主義者でした。
ルネサンス期のイタリアは、ヴェネツィア共和国海軍という特殊な例外を除いて、各国の軍隊はほぼ傭兵隊でした。
そして、傭兵隊という連中は信用に値しません。雇い主の指示通りになんか動かないのです。給料泥棒などは、まだましな方で、下手をすると寝返ったり、勝手に離脱したり、武器を雇い主に向ける連中でした。
二話で登場したオリヴェロットも傭兵隊長の一人です。
絵にかいたような、人でなしでしたよね。
これら傭兵の害をもっとも被ったのがフィレンツェ共和国だったので、彼の傭兵に対しての嫌悪感は本物といえます。実際、自分の権限の及ぶ範囲で正規軍の編成をした男です。
この傭兵という、お金を貰って武器を振りかざし短期間のみ働く人たち、何かに似ていると思いませんか?
そうです。冒険者です。
なろうファンタジー小説では欠かせない人たちですよね。
なろう小説における冒険者という連中は、本質的に傭兵に分類される人たちになります。
なろうの主役をボロクソにこき下ろす思想家の話を、なろうファンタジー小説で展開出来て、あたしゃ満足です。
(。´・ω・)?お前は何と戦ってるんだ。
\( ̄▽ ̄)/わかんない。