第二話
⑤ 都市を治めるにあたって、征服以前に、民衆が自治の元で暮らしてきた場合
「どういう意味だ」
「たぶん、君主がいない都市を、支配下に置いた時の事を言ってるんじゃないかな。街の人たちの話し合いで運営されているとか」
「君主のいない都市・・・オルレアーノは自由都市だが、それの事か」
「そうそう。オルレアーノって市長さんが、別にいるんだってね」
「ああ、オルレアーノの運営に関しては閣下も口出ししないと聞いた。その場合の話だな」
「うん。こういう都市の維持の方法は、三通りあるみたい」
「聞かせてくれ」
「一つ、その都市を壊滅させる・・・・・・はぁ?なにいってはるんや、この人」
「・・・エリカ。思うんだが、この書記官の頭、少しおかしくないか。さっきから抹殺だの壊滅などと物騒な事ばかり。言っていることが無茶苦茶だぞ。大丈夫か」
「うん。私も自信がなくなってきた。壊滅させたら統治も何もあったもんじゃないじゃない。ともかく一はスルーして。二つ、その都市に君主が移り住む。ああ、こっちは真面だ。良かった」
「初めからこっちでいいだろう。一は要らないだろう」
「同感」
「閣下はオルレアーノに屋敷を構えておられるが、これが理由だったのか」
「なるほど、さすがは将軍様。分かっていらっしゃる」
「新しい領地には、君主自らが住めばいいって事だな」
「そんな感じね。三つ、住人に以前と変わらない暮らしをさせ、貢納を治めさせる。君主と密接な友好を保つ代表を定める。ああ、こっちでも良さそうね」
「そうだな。慣れている者たちに任せる方がいい」
「次は理由が書いてある。壊滅させる理由が」
「あまり聞きたくないが、何と書いてあるんだ」
「うん。読むね」
自治都市では自由や従来の制度が逃げ場となって、絶えず反乱がおきるものである。
この事はいくら歳月がたっても、いくら新君主が恩恵を与えても、民衆の記憶から決して消え去りはしない。
どんな対策を講じても、住人が散り散りになるか一掃されてしまわない限り、自由や旧制度を忘れはしない。必ず自由を求めて立ち上がるのだ。
だから、自治都市の支配を志しながら、その都市を壊滅させない者は、逆に都市から破滅させられるのを待つがいい。
「だって」
「言いたいことは分かったが、反乱がおこるからといって都市を壊滅させるぐらいなら、初めから征服しなければいい。彼らの好きにさせておけばいいじゃないか」
「そうよね」
「そもそも、これは三の否定じゃないのか。どんな対策を講じても必ず反乱が起きるんだったら、親密な者に任せても無駄だぞ」
「おお、鋭い。だから自治都市は壊滅させるか、君主が自ら住むしかないって言ってる」
「自ら住む場合はいいのか」
「そうみたい。反乱が起こっても素早く対処できるからじゃない?」
「用心深いというか、なんというか」
「エリックも自治都市を支配したら引越ししなきゃね」
「しないからいい」
⑥ 自分の武力や力量によって、手に入れた君主国の場合
「優秀な人が力づくで国を奪った場合みたいね。織田信長とかの事かな」
「誰だ。それ」
「私の国の偉人さん。田舎の諸侯からのし上がって天下統一の一歩手前まで行った人よ」
「一歩手前?」
「うん。一歩手前で部下に殺されちゃった」
「それでどうなった」
「他の部下が天下統一した」
「配下が王になったのか」
「うーん。私の国は少しややこしくて、王様は他にいるんだよね。でも王様は権威はあるけど権力はないの。だから実質的には王になったけど、王様ではないの」
「ん?」
「ああ、気にしないで、これを説明しだすと夜になっちゃう」
「良く分からないが、実力で国を作ったのなら安泰だろう」
「実力があるうちはね。一番大事なのは軍事力って書いてあるわ。軍事力を高めて維持しましょうって事かな」
「まぁ、そうなるな・・・話は変わるが、いいかげんモンテューニュ騎士領も配下を揃えてくれよ。今のままだとエリカとクロードウィグの二人しかいないぞ。軍事力が二人って。いくら魔法使いと優秀な戦士でも少なすぎる」
「あーーーー聞こえない」
⑦ 他人の武力や運によって手に入れた場合
「運は場合によるが、他人の武力では長続きしないだろうな」
「そうよね、その人がいなくなっちゃったら試合終了。だからすっごい苦労するって書いてある」
「これはいわれなくても分かる」
「一応解決方法も書いてあるわね」
「あるのか」
「みたいよ。余力があるうちに、統治を維持するための準備を速やかに行え。できれば君主になる前から、基礎ぐらいは固めておけって事ね」
「まあ、正論だな」
「要するに、今、私たちがやっていることが基礎工事って事ね。騎士の段階から君主になった時の為の勉強をしているんだから」
「そう言えなくもないか。それで、具体的には」
「待ってね。・・・・・・うーん。要約すると、自分の軍事力を持て。優秀な部下を育てろ。時には冷酷な振る舞いも必要。時間が敵ですよ。だって」
「冷酷な振る舞い?たとえば」
「場合によっては、部下を真っ二つにしろ」
「またか。本当に抹殺が好きな男だな。この書記官は人殺しが好きなのか」
「そんな事はないと思うんだけど、侮られないためにも、怖い面も見せないと駄目って事なのかな。超好意的に解釈するとだけど」
「そこまでしないと君主になれないのか」
「まぁ、この場合は他人の武力とか、運によって君主になった人の場合だから、エリックは気にしないでいいよ」
「自分の武力が大事という事か」
「そうそう。後は運が尽きない内に、実力を蓄えましょうって事なのよ。きっと」
「それが時間か」
「そうよ。セシリーがお嫁に行っちゃう前に、何とかしないと。時間は有限なんだから」
「うぐ」
⑧ 悪辣な行為によって君主になった場合
「さっきから、碌な例えが出てこないんだが」
「しょうがないじゃない。私は上から順番に読んでるだけだもん。マキャヴェリに言ってよ」
「これは聞くまでもなく、長続きしないだろう」
「悪辣って事は言い換えると、優秀って事でもあるけどね」
「いくら優秀でも、悪辣だと誰も付いてこない」
「ごもっとも」
「この場合も方法があるのか」
「あるみたいね」
「本当なのか。信じられないんだが」
「えっとね。悪辣な行為を行う場合は、加害行為を決然と容赦なく行う事。その全てを一気呵成に行い、後から蒸し返さない事。事が終わったら恩義を施して手なずける事。だって」
「それで相手は納得するのか」
「納得するんじゃなくて、納得させるのよ。力づくで」
「やっぱり長続きしないと思うぞ」
「そうよね。恩義を与えるったって、加害行為を忘れてくれるとは限らないし。ああ、だからやたらと抹殺しようとするのかもよ。抹殺したら反抗できないし」
「そいつが治める領地は血の海だな」
「近づきたくないわね」
「全くだ」
「こんな例えが書いてあるわ」
フェルモの街にオリヴェロットという人物がいる。彼は父を亡くし母方の叔父の元で養育された。長じて軍人になった彼は、人に使われることを潔しとせず、フェルモの征服を考えた。
「因みにフェルモの領主は、育ててくれた叔父さんね」
「なんて奴だ」
彼は叔父に手紙を書き、自分が故郷に名誉ある帰還を望んでいることを伝えた。
「友人や手下を百人ほど連れて堂々と帰国したい。フェルモの市民が丁重に出迎えてくれるように、叔父さんから布告を出してもらいたい。そうすれば自分だけでなく叔父さんの名誉にもなるだろう」
そこで、叔父は甥の為に礼儀を尽くして歓迎した。
数日滞在しながら機会をうかがっていたオリヴェロットは、盛大な宴を催し、叔父さんや町の有力者を招待した。
料理が食べつくされ、余興がひと段落されたころオリヴェロットは「重要な話がある。もっと内密の話ができる所に席を移そう」と言い、一室に引き下がった。
叔父さんをはじめ町の有力者が、その後をぞろぞろとついてきた。彼らが席に着くかつかないかの内に、物陰から躍り出たオリヴェロットの配下が、叔父さん諸共、有力者を虐殺した。
暗殺後、行政府を占拠して、恐怖の内にフェルモの君主に収まった。
君主になった後は、自分に刃向かう恐れのある者を残らず殺し、立場を固めた。
こうして君位を奪って一年もしない内に、近隣の誰からも恐れられる存在となった。
「これは悪辣という言葉で片づけては駄目な気がする。極悪人とか、人でなしとかが適当なんじゃないかな」
「本当にこんな男がいたのか、信じられない。で、この男は最後どうなったんだ」
「さぁ、そこまでは書いてない」
「きっと悲惨な最期を迎えたに違いない。人が許しても神々がお許しになるはずがない」
「でしょうね。畳の上で死ねるとは思えないわ」
「全く参考にならないぞ」
「参考にならないわね。まぁ、こういう狂った奴もいるから気を付けましょうって事よ。きっと」
「実際にいたら、ただでは済まさない」
「はい。次」
⑨ 市民型の君主国の場合
「また意味が分からない言葉が出て来たぞ」
「そうね。私も良く分かんない・・・ええっと、民衆の支持によって君主になれた人を指すみたいね」
「支持は無いよりはあった方がいいな」
「うん。この場合は、民衆の支持をしっかりと保持するための努力を怠ってはいけない。日々の暮らしや、身の安全に配慮してやらなければならない。だって」
「これはその通りだな。ようやく参考になりそうな話が出て来た」
「でも、こうも書いてある。民衆は口先だけでは君主に従うというが、いざという時には頼りにならないって」
「そうか?」
「続きを読むね」
死が遥か彼方にある時は、誰もが我が君の為には死をも辞さないと言ってくれるが、いざ風向きが変わって、本当に君主が力を必要としているとき、そんな人間は滅多と見つからない。
したがって賢明な君主は、いつ、どのような時勢になっても、その君主が民衆にとって必要だと感じさせる方策を考えなくてはならない。そうすれば民衆は君主にいつまでも忠誠を尽くすだろう。
「なんだろう・・・この男は人間不信か何かなのか」
「たぶんね。女の子にこっぴどくフラれたんじゃない」
「だいたい、セシリアが行方不明になった時も、皆、率先して参戦してくれたじゃないか。エリカなんて俺が戻る前に、軍勢を拵えてオルレアーノに駆け付けてくれたし」
「そうだったわね。我ながら無茶をしたわ」
「あの時俺は、若殿からエリカとコルネリア様の参戦を・・・」
「コルネリア」
「えっ」
「だから、コルネリア様じゃなくて、コルネリアよ。いい加減に慣れてよね」
「・・・コルネリアの参戦を若殿から厳命されていて、どうしたものかと頭を悩ませていたんだ」
「そうだったの」
「そうだよ。エリカは戦いが嫌だって言ってたじゃないか」
「言ってた」
「だから、俺はコルネリアと相談して、彼女の参戦を引き出す代わりに、エリカの参戦を免除してもらおうと考えていたんだ。それなのに、先頭切って駆け付けるんだからな」
「セシリアが行方不明なのにじっとしてなんかいられないわよ。それにコルネリアが参戦して、私が家でお留守番なんて恥ずかしくて耐えられない。そんなことするぐらいなら自分で行く。エリックだってそうでしょ」
「ああ、その通りだ。家で待つぐらいなら一人でも探しに行くな」
「ほら」
「この男・・・なんて名前だったか」
「マキャヴェリ」
「マキャヴェリが言っていることと、真逆の事をしたのがエリカだな。普段は戦に参加しないと言っていたのに、いざ、戦になると真っ先に馳せ参じたんだからな。あの頃からエリカは誇り高い騎士だったよ」
「いや、そう言われると照れるな」
「本当の事だ。セシリーだってそう思っているさ」
「えへへ。いや、もう二度と、あんな目には会いたくないけどね。命がいくつあっても足りないわ」
「俺は戦い自体は厭わないが、セシリーの無事を心配するのは辛い。あんな思いは二度と御免だ」
「だよね」
続く
本作は「君主論」を個人的に解釈して構成されています。曲解している部分も多々あります。
異論、反論は遠慮なくどうぞ。( ̄▽ ̄)//
フェルモの領主。オリヴェロット・エウフレドゥチ・ダ・フェルモについての最期について補足します。
彼は、記述の通りの手段で、1501年12月にフェルモの統治権を奪いましたが、翌年、チェーザレ・ボルジアによりシリガッリアで殺害されました。
ただし、正義が悪を成敗した訳ではなく、より強大な悪により打倒されたのです。
詳しくは、チェーザレ・ボルジアで検索検索。
新潮文庫刊行、塩野七生先生の「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」がお勧めです。