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覚醒



「【日輪空破(アトモス・ソレイユ)】‼」



 怒りで我を忘れているマックスは、躊躇なく魔法を発動する。

 直径十メートルを超える大きさの火球が、撃ち出された。



「ルーベル流剣術――【結晶塊】!」



 味方を巻き込むことも厭わない彼の魔法を防ぐため、リツカは刀を抜く。


 ヘレンの氷壁を突き破りキャロルの精霊魔法も防ぎ切った彼女の結晶が、無数に上空へと伸びていった。


 だが、巨大な火球は凄まじい轟音を響かせ――結晶を砕いていく。


――このままじゃ守り切れない……!


 リツカは特別仲間想いというわけではない……友達付き合いは苦手な方だ。


 しかし、近くで倒れているというヘレンやシトラスを救わねばと、無意識に刀を抜いていた。


――アルバノさんの毒気にあてられましたか……。


 意識を失ってなお、エルマを守るために立ち上がった剣士を見て、彼女の中で何かが動いたのかもしれない。


 そんな敵の姿を、エルマは静かに見つめる。



「リツカさん……」



「早く仲間を連れて移動しなさい、落第魔女。長くは持ちそうにありません」



「ですが、あなたは……」



「自分の身くらい自分で何とかできます。いいから、早く行きなさい……もし、余裕があるなら、ヘレンさんとシトラスさんを安全な場所に……」



「ですが、あなた一人に任せるわけには……」



 戸惑っているエルマの肩を、レグが掴む。



「いこうエルマ。キャロルも、ヘレンやシトラスって奴も、このままじゃみんな巻き込まれちまう」



「で、ですが……()()を使えば何とかなるかも……」



「時間がないんだ、急ごう。倒れてる魔術師のところへ案内してくれ」



 強く言い切られ、彼女は駆け出す。


 レグは意識のないキャロルとサナを担ぎ上げ、エルマの後を追う。



「……」



 一人残されたリツカは、刀を振るって結晶を出し続ける。


――……そろそろ魔素が尽きる……安全なところまでいけたでしょうか……。


 自分が心酔した相手以外をここまで気遣うのは、彼女にとって初めての経験だった。


――……やはり、アルバノさんの所為ですね……全く、余計なことをしてくれましたよ。


 リツカの力があれば、あの場から一人逃げることは容易だった。だが、チームの仲間と敵を守るために魔力を使ってしまったため、それももう叶わない。



「リツカ、お前は強い魔術師だから、残念だよ」



 上空で砕けていく結晶を見つめるマックスは、そう呟き。


 両手に魔力を集める。



「だが、あのノーマルを逃がすわけにはいかないんだ……お前ごと潰させてもらう! 【日輪空破】‼」



 業火が放たれた。


 ()()()()()()()()()()()()()()巨大な炎が覆い被さり――リツカの結晶を破壊する。



「っ!」



 終わったと、そう思った。


 上空から迫る豪炎を止める術はない……自分を防御するだけの魔力も使い果たしてしまった。


――すみません、エイム様……私も、まだまだ弱者なようです。


 リツカは抵抗を諦め、膝をつき目を閉じる。


 炎が、地上にぶつかった。





「……?」



 異常な熱を感じるも、体に痛みがないことを不思議に思ったリツカが目を開けると。


 目の前に、少年が立っていた。


 少年の頭上には炎が広がり、光の反射で彼の顔は見えない。


――エイム様……? いや、違う……。


 彼は、マックスが追っていたノーマル――レグ・ラスター。


 レグは、迫りくる炎に向けて()()()()()()()()()()



「――――――――――あああああああああ‼」



 彼の右手首に嵌められた腕輪――「緋玉の腕輪」の下から、赤黒い魔素が流れ出している。



「なっ⁉ 何をしているんですか、あなた!」



 状況を理解できないリツカは驚きの声をあげるが、レグに応えている余裕はない。



「はああああああああああああああ‼」



 結局、レグは演習会までに自力で魔法を習得することができなかった。


 それだけ、人間が魔法を使うというのは無謀なことだったのだが……一つ。

 魔法を使うために、メンデルから託された方法があった。



『いいですか、レグくん。戦闘になったら、相手の魔法に向かって呪いの魔素をぶつけてください。そうすることで、緋玉が敵の魔法と君の魔素を結合し、独自の魔法として変換してくれます。既に魔法となっている魔力を取り込むことで、呪いの魔素を魔法に昇華しやすくなるんです。


 ……ただ、この方法はリスクも伴いますよ。失敗すれば、相手の攻撃をもろに受ける形になりますから……それでもやるというなら、僕は止めませんが』



 この方法は、放課後の特訓で一度も成功したことはなかった。


 演習会当日、今まで嵌めていたイリーナの腕輪を使うか、「緋玉の腕輪」を使うか、最後まで悩んでいた。


 そしてレグは、後者を選んだのだ。


 理由は単純だった。


 その方が、()()()()()()()



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」



 右腕が焼ける。


 少しでも気を抜けば、十メートル級の火球に圧し潰されてしまう。


 彼の頭を巡るのは、走馬灯のような映像。



 呪いの子である自分を育ててくれた魔術師、イリーナの厳しくも優しい笑顔。


 口は悪いが仲間想いな獣人、シルバと切磋琢磨した日々。


 臆病なりに頑張ると決めたエルフ、キャロルが汗を流した努力。


 初めてできた人間の友達、サナの真っすぐで赤い瞳。


 落第組のみんな、メンデルの不敵な笑み。




 一人で生きて一人で死んだ、神内功。



 一人でいることをやめた魔術師、エルマ。





「――――――――――――――――――――――――――――――――‼」





 腕輪が光る。

 伝説の宝玉が、レグの魂に応える。






「【緋炎の剛腕】‼」






 呪いの魔素が、火球を包み込み。


 緋色に染まった炎が、空を切り裂く。



「ぐあああああああああああああ!」



 緋色の炎に巻き込まれたマックスは、乗っていた火球から投げ出された。


 あの高さから落ちれば、相当なダメージを負って戦闘不能になるだろう。



「……」



 リツカは、晴れた空と拳を掲げるレグを見て、ポカンと口を開ける。


 周囲の木々は炎によって黒く焼け落ち、その残骸はレグの放った魔法の衝撃で吹き飛ばされ――辺りは、まっさらな焼け野原になっていた。



「おー、見通し良くなった」



 そんな風に呑気なこと言うレグは、腰を抜かしている彼女の方へ振り返る。



「まだお礼言ってなかったよな、ありがと。お陰で、エルマたちみんな助かったよ」



「……」



 驚きで言葉が出てこない。


――あの魔法を消し飛ばした? 人間が?


 レグは黙ったままのリツカの顔を覗き込む。



「大丈夫か?」



「……大丈夫です。敵に情けをかけないでください」



「敵って言っても、こっちは助けてもらった側だからな……なんか、戦いづらいぜ」



「……でしたら心配ありません。私はこの通り、魔素切れで一歩も動けませんので、降参します」



「……そっか」



 リツカの潔い降参によって、残ったのは三人。


 落第組、レグ・ラスターとエイム・フィール。


 そして。


 魔術師組、エイム・フィール。




「大丈夫か、リツカ」




 頭上から声が聞こえる。



「え、エイム様……」



「無事なようで安心した。マックスの奴が暴走したらしいな……遅れてすまない」



「いえ、そんな、謝らないでくださ!」



 尊敬する相手に頭を下げられ、リツカは慌てて手を振った。



「そこの君が、リツカを助けてくれたのかい」



「……」



 エイムから見下ろされたレグは――静かに。


 彼の目を睨みつけた。


 エルマと瓜二つの、青い瞳を。



「おや、どうやら闘争心剥き出しのようだ。俺としては、リツカを助けてくれたお礼を言いたかったんだが」



「……あんたに礼を言われるくらいなら、死んだ方がマシだ」



「っ! あなた、エイム様に向かって何を……」



「いいんだリツカ」



 レグに噛みつきそうなリツカを止め、エイムは地上に降り立つ。


 そして、レグの目を見つめ返した。



「初対面のはずだが、随分嫌われてしまったようだ」



「ああ。俺はあんたが嫌いだ」



「どうしてか教えてもらってもいいかな。ついでに君の名前も聞いておきたい」



「名前はレグ・ラスター。嫌いな理由は、あんたが妹を大事にしてないからだ」



 その言葉を聞き、エイムは小さく笑った。



「また、妹か……。獣人の彼、シルバくんも似たようなことを言っていたよ」



「……」



「そして俺はまた繰り返すことになる。俺には妹なんていない、とね」



 レグがエイムの胸ぐらを掴んだ。



「……血気盛んだな。君の右腕はボロボロのようだし、リツカも助けてくれた……できれば、戦いたくないんだが」



「無理だ。俺はあんたを殴る」



「そうか。なら戦うしかない」



 エイムはレグの手を振り払い、制服を正す。



「せめてもの情けだ、できるだけ苦しまないようにしてあげよう」



「そうか。こっちは手加減なんてできなさそうだ」



 言って。


 レグは、腰を落とす。



「俺は今、とても怒ってるらしいからな」



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