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氷雨 対 妖精 004



絶対凍土(リミテッドアイス)


 ヘレンの用いる中で最大出力の氷魔法。


「隔絶」の性質を持つ巨大な氷の壁が、森を囲むような円形になって現れる。


 間もなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()完成した。


 壁の高さは優に五十メートルを超え――この氷壁を内外から越えるには、相当の魔法が必要になる。



「くそ、あのエルフのためだけに使う馬鹿がいるか!」



 【絶対凍土】は魔術師組が仕込んでいた作戦の一つで、シトラスが地表に張り巡らせた水を媒介にして発動する。



 壁の中に敵チームを複数人捕え、逃げられない状態にしたところをエイム・フィールが叩くという作戦だったのだが……それをすべて無視した形で魔法を使ったことになる。



「あのエルフちゃんは逃がさない! 【アイスイーグル】!」



 「移動」の性質を持つ氷の鳥を生み出したヘレンはそれに跨り、キャロルを追った。



「うそ⁉」



 一方のキャロルは、突如出現した巨大な氷壁に気づき、掴んでいた岩から手を離す。しがみついたままでは、氷と岩に挟まれてしまうのは明白だったからだ。



「きゃあああああああああ!」



 本日二度目となる落下……だが今回は、真下にクッションとなる木を見つけていたので、そこ目掛けて飛び降りる。


 運動神経の無さを憂いている彼女ではあるが、何とか枝に手を伸ばした。



「あ、危なかったぁ……」



 思惑通り木を緩衝材にすることに成功したキャロルは、無事に地上まで降りていく。


 そして、自身を阻んだ氷の壁を見上げる。



「これ、あの女の子がやったんだよね……すごい……」



 逃げることなど忘れてしまう程、見事な魔法に圧倒されていると。




「【アイスアロー】!」




 上空から、無数の氷の矢が降り注ぐ。



「きゃああ!」



 不意を突かれたキャロルは回避が間に合わず――左足に攻撃を受けてしまった。


 ビキビキと、左足が凍り始める。


――ま、まずい!


 彼女が事態の深刻さを理解したのと同時に……目の前にヘレンが降りたった。



「どうも、エルフちゃん。地味に手こずらせてくれたわね。ここで終わりにしてあげる」



 彼女は勝ち誇ったように笑う。


――ああ、ここまでなのかな……。


 この絶望的な状況を前にし、キャロルの頭の中に諦めの感情が渦巻き出した。


 左足は付け根まで完全に凍りつき、歩くことはおろか立ち上がることすらできない。



「どうせあなた、逃げてればいつか仲間と合流できるからそれまで頑張ろうとか、そんなこと考えてたんでしょ」



 無様に転がるキャロルを見下しながら、ヘレンは吐き捨てるように言う。



「自分は弱いくせに他人に頼ろうとか、虫が良すぎるんじゃない? 弱い奴が頑張ろうとしてる姿って、ほんっっっとダサいわ。そういう暑苦しいのは、嫌いなの」



 彼女は冷たく言い放ち。


 右腕を――振り上げる。



「あなたみたいな落ちこぼれのエルフは、この学園に必要ないわ……精霊魔法も使えないみたいだし? 何熱くなって頑張ってるのか知らないけど、そんな時間の無駄はやめた方がいいわよ」



「……」



 ヘレンの言葉を聞いたキャロルは、黙って目を閉じる。


――時間の無駄かぁ……。


 確かに、彼女の言う通りだった。


 チームのためを思って必死に逃げて、自分自身で魔法を食らってまで逃げて………その結果がこれだとしたら、何も言い返せない。


――ちょっとは頑張れてたと思ったんだけどなぁ……。


 演習会が始まるまでの一週間、彼女は真剣に強くなろうと努力した。


 でも、蓋を開けてみたらこの様で。


 時間の、無駄だった。


――やっぱり、私じゃ無理なんだ。都会で暮らしたいなんて理由だけで頑張るなんて……そんなの、強くなれるわけなかったんだ。


 キャロルは覚悟を決める。



「じゃあ、しばらく凍ってててね、落ちこぼれのエルフちゃん」



 ヘレンの右手から冷気が溢れ出す。


――みんなごめん……。


 最後に思い出すのは、チームのメンバー。


 私は、みんなの役に立てなかったよ。


 必死に逃げたのも、全部――時間の無駄だったよ。




「無駄なんかじゃないわ、キャロル」




 ふと。


 そんな声が聞こえた気がした。



「【巨刀斬(エニグマ)】‼」



 勝利を確信していたヘレンの頭上に――巨大な銀の刀身が振り下ろされる。



「ちぃっ!」



 間一髪のところで斬撃を躱した彼女に向け。


 魔法が放たれた。



「【魔女の悲鳴(ヘクセ・ムンク)】」



「ぐあっ!」



 甲高い悲鳴に似た音を立てて発された衝撃波が、ヘレンの体を吹き飛ばす。



「大丈夫! キャロル!」



 そう声を上げながら駆け寄る人影は――燃えるような赤い瞳をした、サナ・アルバノだった。



「サ、サナちゃん……」



「お二人とも、まだ安心できません。()()()()()()()



 そう冷静に状況を分析するのは――静かな青い瞳をした、エルマ・フィールだった。



「エルマちゃんも……」



 待ちに待った仲間との再会。


 一人きりで慣れない戦闘に身を投じていた不安から解放された安心感と。


 何もできずにいた自分への情けなさから。


 キャロルの目に、涙が浮かぶ。



「ごめん、私、何もできなくて……役立たずで、ごめん……」



 泣きじゃくる彼女の頭に、サナが優しく手を置いた。


 エルマも、二人の近くに寄り添う。



「そんなの気にしないで。私たちの方こそ、助けにくるのが遅れてごめんね」



「キャロルさんは役立たずじゃありません。一人きりで、魔術師相手に戦い抜いた……それだけでも、充分立派なことです」



「……えっぐ……ひぃっぐ……サナちゃん、エルマちゃん、ありがとぉぉぉぉぉ」



 抑えていた涙腺が決壊し、キャロルは大粒の涙をこぼす。



「……ほんとはこのまま慰めてあげたいんだけど、そうもいかないらしいわ」



 敵の気配を察知し、サナは森の奥を見据えた。



「どうやら先程吹き飛ばした方も意識はあるようですし……まだ気を抜けませんね」



 エルマは水晶を握りしめ、臨戦態勢を整える。



「ここからは私たちに任せて、キャロルはゆっくり休んでて頂戴……いけるわね、エルマ」



「もちろん、サナさん」



 落第魔女と剣士の少女が。


 共に――背中を預け合う。



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