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呪いの子 001



「……って、あれ?」



 正門を拳でこじ開け、意気揚々と学園内に入っていったはずのレグは――気づけば、見知らぬ部屋にいた。


 縦に長い、円筒の形状をした部屋の壁には、びっしりと分厚い本が並んでいる。その様は特殊な形の図書館を思わせたが……部屋の中央付近に、いかにも高級そうな机とソファ、そこに腰かける老人に、レグは遅まきながら気づいた。



「儂の名前はテネセス・グローバーじゃ。初めまして、人間の少年よ」



 年相応の白髪と白ひげを蓄えた老人は、落ち着いた声でそう名乗る。


 その暖かくも威厳のある雰囲気に飲まれる者は多いだろうが……レグは違った。あの爺さん、金持ちなのかなーと、そんなことを考えている。



「君の名前を、教えてもらってもいいかね」



「俺はレグ・ラスター。爺さんは、こんなとこで何して……いってえ⁉」



 レグが答えた瞬間、後頭部に鈍痛が走る。何が起きたかわからない彼が、咄嗟に後ろを振り向くと。



「爺さんとは何だ。身の程を弁えろ、ノーマル」



 そこには、右手でグーを作っているトルテン・バッハの姿があった。この部屋に瞬間移動したのは、彼が空間移動の魔法を使ったからなのである。



「いきなり殴らなくてもいいだろ、おっさん」



「おっさんではない。学園ソロモン上位魔法学主任のトルテン・バッハだ、馬鹿者が」



「いてえ⁉」



 トルテンは再度、レグの頭を殴った。世が世なら体罰だ何だと騒がれるが、そんなことを言う者はこの世界にはいない。



「あちらにおられるのは、この学園の長、テネセス・グローバー様だ。口の利き方には気をつけろ、ノーマル」



 彼の紹介の通り、ソファに座っている老人は学園ソロモンの学長である。茶色のローブに身を包み、木製の杖を傍らに携える様は、いかにも魔法使いといった面持ちだ。



「若いのは元気な方がよい。トルテンもそこら辺にしておきなさい」



「……わかりました」



 学長に制され、トルテンは握った拳を緩める。階級主義に傾倒している彼にとって、自分より高位の存在の発言は絶対なのだ。



「して、レグよ。見たところ、君は人間のようじゃが……先程の()()は、魔具ではないね?」



 テネセスはレグをまじまじと見つめる。人間が魔法を使うには、魔具の使用が不可欠だ。魔素が可視化される程の魔具となれば、所持しているだけで存在がわかるはずである。


 しかし、目の前の少年からは、そんな気配は感じられない。


 正門前での一部始終を見ていたテネセスは、その不合理を解き明かすため、彼を自身の部屋に招き入れたのだ。



「……む。その腕輪の魔力は、まさか……」



 レグを観察していた彼は気づく――その右腕に嵌められている腕輪と、そこに込められている魔力の異質さに。



「ああ、これ? イリーナさんに貰ったんだ。何か、お守り代わりとか言ってたけど」



「‼ イリーナ……ラスター」



「なっ、あの『辺境の魔女』のイリーナ・ラスターですか」



 学長とトルテンは同時に驚く。


 イリーナ・ラスター。


 かつてオーデン王国第一騎士団の団長を務め、その残虐さから半ば追放という形で騎士団を追われた、希代の魔術師。


 追放後は王国の外れにある「辺境の森」に居つき、自身も「辺境の魔女」と呼ばれ、その存在は表の歴史から消えていった。


――あの魔女と、この少年が知り合い? それに、ラスターという名前……まさか……。


 テネセスは改めてレグを見つめる。レグ・ラスターにイリーナ・ラスター。共に同じ名前を冠する二人は、血縁関係にあるのかと……そう考え、彼の目を見据える。



「あ、あのー……イリーナさんは育ての親というか、森に捨てられてた俺を拾ってくれたみたいで……」



 自分に向けられた好奇の目を察し、レグは事情を話した。レグ、という名前も、その時に付けてもらったものだと。



「……あの性悪な魔女が、人間の子どもを助けたじゃと?」



 彼女のことを直接知るテネセスは、レグの説明を聞いても納得しきれていないようだ。イリーナの現役時代を知る者なら、その反応は至極正しい。




『性悪女で悪かったわね』




 突然、部屋に女の声が響き渡る。


 見れば――レグの腕輪が激しく光り、空中に立体映像が映り始めた。


 紫のローブを羽織り、踵まで届く黒い長髪を晒す女……「辺境の魔女」、イリーナ・ラスターその人である。



「これはまた……奇抜な魔法を使う奴じゃな」



『あなたは相変わらずしわくちゃね、テネセス』



 立体映像の彼女は、当たり前のように会話を始める。


 この場にいる誰もがそんな魔法を知りえなかったが……相手は「辺境の魔女」だ。最初こそ驚いたものの、テネセスは状況を把握して会話を続ける。



「君の方は、最後に会った日から少しも老けておらんのぉ……むしろ若返っておらんか?」



『女は外見が命なのよ。あなたみたいに、枯れた雑草にでもなれって?』



「お、おい、お前! 失礼だろ!」



 学長が罵倒されたのを聞き、トルテンは黙っていられなかった。王国を追放された魔女が、尊敬する相手を馬鹿にするなど、彼に許容できるはずがない。



『うるさいわね。ちょっと黙ってて』



 イリーナはフイッと左手を振る。その動きに連動するように――レグの右拳が、トルテンの顎を撃ち抜いた。



「がっ⁉」



 不意打ちの強打に体勢を崩され、トルテンは後方に吹っ飛ぶ。



「お前、何をするか!」



「え、ごめん。勝手に手が動いたんだよ」



『いやね、拳を握るようには動かしてないわよ』



 彼女の言う通り、レグは自分の意志で拳を作っていたが……わざわざバラさなくてもと、レグはイリーナを一瞥する。



「ほう、ノーマル、いい度胸だ。そこでじっとしてろよ」



「いや、今のはイリーナさんのせいだろ。それに……ノーマルノーマルって、その言い方をまず何とかしてくれよな、おっさん」



「おっさんではない! どうやら、お前には教育が必要なようだな……」



「そこまでじゃ、トルテン。イリーナも、子ども染みた真似はよしなさい」



 テネセスは、今にも魔法を打ち出しそうなトルテンを制止する。その声には、先程までにはない圧が込められていた。



「イリーナよ。この少年……レグは一体何者なんじゃ。それに、君の目的は……。思念体であるとは言え、レザールに姿を現したことは重罪に問われるかもしれないのじゃよ」



 国を追われたイリーナは、生涯人前に姿を見せることを禁じられている。王国の中枢を担う都市に顔を見せれば、罪に問われても仕方がない。



『ま、だからこうして遠隔で話してるんじゃない。私も迷惑はかけたくないし、かけられたくはないのよ』



 学長の脅しを聞いても、彼女はどこ吹く風である。その飄々とした態度は、絶対的な実力に裏付けされたものなのだが……そうであるが故に、読めない。


 彼女の目的……それが読めないというのは、こうも場を不安定にするのかと、テネセスは頭を抱える。



『レグ……この子のことで、お願いがあるの』



 テネセスの圧を受け、イリーナは神妙な面持ちで語り始めた。一瞬だけレグを見やった彼女の瞳には――慈愛と悲しみの情が、映っている。



『この子は、呪いの子。世界の理から外れた……転生者なのよ』




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